湯川秀樹の京都の旧宅を京大が改装利用 | 歴史ニュース総合案内

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 物理学者の湯川秀樹(1907~81)が住んでいた旧宅「下鴨休影荘」が改装され、迎賓交流施設として秋から公開される。旧宅を寄贈された京都大学が、改築竣工後の5月18日に構想を発表した。

 旧宅は湯川が勤めた京都大学や下鴨神社の糺の森の近くにある。京都大学の基礎物理学研究所の初代所長だった1957年から亡くなるまで過ごした。数寄屋風に1934年建てられた近代建築の旧宅に、湯川は荘子の雑篇漁夫第三十一から引用して「休影」の名をつけ、平和活動もした湯川スミ夫人と共に住んだ。

 駐留軍の宿舎でもあった旧宅は重要京町屋にもなったが、建築から80年以上過ぎて老朽化した。維持困難と分かると、長谷工コーポレーションが旧宅を遺族から買い取り、湯川記念館史料室のある京都大学に2021年寄贈した。維持と交流施設化のための改修工事には安藤忠雄が関わった。住宅を交流施設にするため増築もしたが、座敷や書斎、庭などは湯川の住んでいた頃の姿を復元した。中間子論でノーベル物理学賞を渡米中の1949年に受賞した湯川の生涯をラウンジで展示する。学校関係者のためのものだが、学外には年に数回ほど公開する計画だ。

 

 佐藤文隆名誉教授ら京都大学の関係者たちが2021年から湯川旧宅市民の会を発足させて保存活動してきた。基礎研究所の発足当初から顔役だった湯川は1970年に定年退官したが、健康な老後は5年ほどだったという。自分の影に追われぬ安らかさを求めてつけた住宅で、この間に岩波講座の『現代物理学の基礎』を監修したりした。平和運動したりする傍らで和歌にも親しみ、歌集として『深山本』や『蝉声集』を出した。

 

 旧宅の歌

 移り住む 庭広ければ 草木に したしむ心 日々に深まる