米国のアイデンティティー政治と歴史学 | 歴史ニュース総合案内

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発掘も歴史政治も歴史作品も

 冷戦終焉後の歴史語りで一大争点になったのは、少数民族と多数派民族(宗教も)、男性と女性の対抗に注目するアイデンティティー・ポリティクスだ。歴史学もまた、4半世紀の間その渦中に立たされてきた。

 歴史物語や偉人伝の世界では白人男子の偉業を称える作法がまだまだ健在だが、歴史学ではそんな偉業よりも庶民の日常を再現する研究の方が主流だ。これまで自明の前提で主役だった美形の白人男子はそこで、自分たちが制度的に優遇されていて、女性や非白人男子に経済的に深く依存しているにも関わらず、自ら以外を怠け者に仕立て、勤勉で禁欲で文明的だと美徳を独り占めし、威張り散らして平然と殴り、自助独立のアメリカンドリームの物語から排除してきた罪を問われる役回りに立たされる。

 国史や英詩など白人男子の文化に基づく教科の出来で入学の可否が左右される大学は、長らく白人男子(学校を出てもすぐ働かない)の専有物となっていた。それを是正すべく、アファーマティブ・アクションで非主流派を主流派よりも優遇する措置が導入された。

 

 アイデンティティー政治の物言いは、2008年にバラク・オバマが大統領になった頃に頂点に達した。白人男子を脇役にしても支障なく循環するほどアメリカ史は研究が蓄積され、女性か非西洋の出自でないと相手にしてもらえないという感覚が、学歴のない普通のアメリカ白人の間に広まった。大学入学のアイデンティティー政治では非主流派が勝った訳だが、白人男子はこれを自分たちへの逆差別と呼び、撤廃を求めている。

 そうした鬱憤を晴らしてくれると思わせたのがドナルド・トランプだった。明らかに道徳者でないトランプは1950年代的な白人文化への郷愁を掻き立て、実は他者との敵対を地道なキリスト信仰よりも好む福音派の熱狂的支持を獲得。彼らトランプ信者は今回の大統領選でも鉄板の支持基盤となり、ジョー・バイデンへの敗北を受け入れず、ワシントンの連邦議会を占拠した。白人ナショナリズムを代弁してくれるから共和党なら、国際社会の理解を得られなくても妥協の余地はない訳だ。

 

 白人男子の偉業からなる従来型の歴史物語は、最後まで彼ら信者の拠り所であり続けるだろう。しかし、その歴史物語を支える研究過程ではここ20年以上、西洋文明と白人男子の天下を非西洋への無慈悲な侵略に塗り替えるのが本流だった。当代の西洋が非西洋よりも優っているLGBTの人権保護に対しても、こうした白人男子は敵意を向ける。