Ⅰ 熱帯風土病のグローバル化
1.グローバル化と感染症
2.環境問題と感染症 台湾におけるデング熱の流行
Ⅱ WHO による「顧みられない熱帯病」概念の提起
1.顧みられない熱帯病とは
2.共通の特徴
3.ミレニアム開発目標との関わり
Ⅲ ブルーリ潰瘍問題の現状
1.顧みられない熱帯病のなかのブルーリ潰瘍問題
2.ブルーリ潰瘍の歴史と医学的現状
人類の歴史は感染症との闘いの歴史ともいわれている。かつてハンセン病、コレラ、梅毒などは、戦争や商業活動のために広範囲に移動するようになった人間とともに感染地域を拡大してきた。とくに、地球規模の産業発展や開発に拍車が掛かった 20 世紀後半になると、エイズや SARS のように、それまで地域的に封じ込められていた一定地域内の疾病(風土病)が感染症として地域外にも脅威をもたらすまでになった。世界保健機関 (WorldHealth Organization:WHO) の報告書(“Strategic and technical meeting on intensifiedcontrol of neglected tropical diseases: A renewed effort to combat entrenched
communicable diseases of the poor” A report of an international workshop 2006)で指摘されているように、とくに熱帯での感染症(いわゆる熱帯病)が驚異的な猛威をふるって
いることは明らかであり、その危険性については、近年、報道等でも注目され、世界的な対策の重要性が認識されはじめてきた。たとえば、2007 年にはアメリカ合衆国のブッシュ
政権も HIV/AIDS 対策費の増額を連邦議会に呼びかけるまでになっている 。しかし、実際
に対策がとられているのは世界で流行している感染症のごく一部に過ぎず、その多くは手付かずのままである。本研究で取り上げる「ブルーリ潰瘍(Buruli ulcer)」も注目される
ことがなかった熱帯病感染症、すなわち「顧みられない熱帯病(Neglected Tropical
Diseases)」のひとつとして、十数年前から一部の専門家によって問題提起がなされてきた
ものである。
顧みられない熱帯病対策の特徴は、“Neglected Tropical Diseases, Hidden successes,
Emerging opportunities”(World Health Organization、2006)で示されているように医
学的問題に留まらないところにある。緊急の対応を迫られている地域がサブサハラ(サハ
ラ以南)のような熱帯貧困地帯に多く、インフラが充分に整っていないことも問題を複雑
化している。都市部ではある程度の対応ができる感染症でも、地方部では公衆衛生のネッ
トワークの鍵となる保健所の配置さえも不十分で、交通網の整っていないことも相まって、
健康・栄養面での指導も困難を極めている。すなわち、開発途上国特有の社会経済的問題
が感染症への効果的対応を遅延させる重要な要因となっているのである。
国際連合は、こうした世界的な諸問題の解決に向けての取り組みとして、2015 年までに
一定の数値目標を達成することを目標とした「ミレニアム開発目標(Millennium
Development Goals)」を採択した。これには、貧困や教育、また感染症の分野などが取り
組みの対象として挙げられ「顧みられない熱帯病」もこの一部に含まれている。
本論で考察する「ブルーリ潰瘍」など「顧みられない熱帯病」の問題は、潜在的な人類全
体への脅威となる可能性が高い。今後さらなるグローバル化の加速や温暖化問題による熱
帯地域の拡大は、熱帯病の流行を招く恐れがある。こうした問題の現状として、ブルーリ
潰瘍問題を事例として考察する。
1 2003 年より 5 年間、世界のエイズ対策に 150 億ドルの支援計画を打ち出しているブッシュ政権は、今後
5 年間の拠出を 2 倍の 300 億ドルに増額することを議会に呼びかけた。
Ⅰ 熱帯風土病のグローバル化
1.グローバル化と感染症
限定的地域で発生する風土病がどのようにして熱帯地域で拡大し、地域を越えて地球全
体に拡大することになったのか、その一般的な病理学的要因に注目する必要があろう。こ
こでは、そのなかでも最も重要な感染経路について論じておきたい。
感染症には、(1)「生物から人」へ感染するものと、(2)「人から人」へと感染するも
のの 2 種類がある。「生物から人」へと感染症が拡大する場合、病原菌を媒介する生物によ
って、被害の規模が決まる。蚊やネズミなどを媒介としているケースでは、媒介する生物
の個体数が多いため、多くの人々へと感染が拡大する。「人から人」へと感染する場合には、
ある程度の人口規模が感染症蔓延の条件として必要である。小集団(例えばアフリカにお
ける未開発の集落)においては、それぞれの集団は分散・孤立して存在するため、集団内
に感染症が発生してもその中では死者は出るが、他の集団へ拡大するリスクは少ない。ウ
イルスが生存するためには、常に集団内において人から人へと循環しなければならず、小
集団内の出生サイクルではこの循環に追いつかず、ウイルスの生存は通常不可能である。
このウイルスの循環を満たす条件には、相互に密接な交流を維持する数十万規模の人口が
必要である 2 。
従来、感染症は、「生物から人」「人から人」の両ケースにおいて、小集団内もしくは小
地域内に留まり、消えていく場合が多く、そのような感染症は「風土病」といわれてきた。
このように限定した地域で発生した感染症が他地域へと拡大した最大の要因は、熱帯地域
の植民地化、そしてその後の国民国家の形成を通して、生物と人々の接触、人々同士の交
流が盛んになったことが挙げられる。
第二次世界大戦後の独立国家形成の動きのなかで、社会的・経済的安定は国の重要課題
であり、国民の健康維持は国家を「統治」する上で、必要不可欠なものとなった。食料問
題も医療問題もその意味で欠かせない国家的事項なのである。しかしながら、アフリカの
みならずアジアにおける熱帯地域は、この世界的動きのなかで取り残され、政治闘争と内
部分裂(ナイジェリアやコートジボアールなどの西アフリカやコンゴなどの中央アフリカ
では顕著である)を繰り返し、社会的・経済的安定など望めない状態が長く続いた。その
ような混沌とした状態の下では、国民の健康維持や医療制度の確立どころか国内発展を促
す経済的発展も停滞するか、後退することになるのである。すなわち、風土病対策は国家
予算の項目に挙げられることもなく、埋没させられてきたのである。
熱帯病が限定された地域での風土病として、一過性の流行病と考えられてきた時代には
注目されることもなかったのである。しかし、エボラ出血熱やエイズのように、感染経路
が人類が共有する生活習慣にまで及び、国境を越えた広がりを見せるようになるされた地域問題から貧富の差や文化的差異に関係なく、人類共通の問題として捉えざるを
得なくなってくるのである。
ブルーリ潰瘍も一過性の風土病のひとつと考えられてきた。しかしながら、その感染地
域の拡大は、想像を遥かに超えるものであり、感染者数は増大の一途を辿っているのであ
る。
1970 年代以降、経済の国際化にともなう移民の増大や内戦による難民問題を背景に、南
北問題と呼ばれる経済格差が注目されるようになる。 3 同時に、それまでの国際支援のあり
方(トリクルダウン理論 4 などに基づく国家支援)に疑問を呈されていく。これに対して直
接支援を含む人道的支援論の登場は、新しい支援の方法として、より現実的な国際支援の
あり方として今日では重要な理論的背景を提供しているのである。食料支援のみを取り上
げても、これまでのように被支援国家のロジスティクに依存するのではなく、支援対象地
域に確実に運搬し、配布する方法も支援現場での経験を反映したものなのである。
近年、人々の交流がさらに活発化した要因として、急速なグローバル化が挙げられる。
交通網が発達したことにより、遠隔地への人やモノの輸送を容易にし、感染症を世界各地
へ拡大させた。なかでも、航空網の発達は野生動物の輸出(密輸含む)を活発にし、感染
症の流行を助長させる。また、流行地から航空機に潜伏したマラリアが非感染地へ輸送さ
れ、空港職員や近隣住民に感染・拡大する「空港マラリア」や給油に立ち寄った地で感染
してしまう「滑走路マラリア」など航空機が発端となり拡大した感染症も多い。 5
グローバリゼーションの時代にあっては、人々の交流は激化し、今までは地域の問題で
あったものが、急速に拡大し、世界規模の問題として表面化していく。こうした地球規模
の現象の背景には市場経済の拡大がある。国民国家という壁を越えて、競争原理をベース
にした市場経済化が進展し、規制緩和による商品・サービスなどが提供できるようになっ
たことや、また株式市場・外国為替市場が 24 時間オープンになったことが大きい。しかし、
このことが国家間の貧富の差を拡大することになった。また、冷戦の終結によるソ連及び
東欧諸国の社会主義体制の崩壊により、これらの国々が市場経済体制へと移行し、資本や
労働力の移動が活発化したことも大きい。 6 そして、感染症のグローバル化が近年大きくこの南北問題あるいは貧困問題をテーマとして社会経済的見地から表されたのである。
4 Trickle Down Theory は、本来はアダムスミスなどの古典経済学派の影響を受けたとされる経済理論で
ある。貧困層への直接支援を重視せず、国家的プロジェクトであるインフラ整備や起業を支援することで、その利益は漸次貧困層に分配され、還元されると考える。しかし、現実には、国際支援は支配者階級に独
占され、独裁者を生む結果になったり、民族支配闘争や支配力の強化のための武器・弾薬の購入に使われ
たりするために、国民全般に広く分配されることはなかった。
ローズアップされてきたことに伴い、改めて熱帯地域における経済的貧困や公衆衛生、健康・栄養面での対策の不十分さが、世界的な問題として捉えられるようになった。
2.環境問題と感染症 台湾におけるデング熱の流行 感染症の拡大は、地球温暖化現象とも深く結びついているともいわれている。例を挙げるならば、台湾におけるデング熱 7 の例がある。デング熱は東南アジアや南アジア、カリブ
海諸国などの熱帯・亜熱帯地域に多く見られるが、近年では、台湾においても感染報告が増加している。台湾ではもともと、デング熱ウイルスは存在していなかったが、約 20 年前
から発生するようになった。
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