さあさあ、女の子たちお立ち合い
僕の言うことをよく聞いて
僕は君の便利屋だよ
勉強の出来る男じゃないけど
ちゃんとした恋の便利屋さ


壊れた心を治します
お任せあれ 

傷ついた君の心の修理が必要なら

治せるのは僕だけ


優しい言葉で治してあげるから

友達にも宣伝してね

そうすれば千客万来さ


僕が言いたいのは

そう言うことさ

24時間いつでもどうぞ


壊れた心を治します

お任せあれ


さあ、いつでもどうぞいらっしゃい

さぁ、さぁ、さぁ

いつでもいらっしゃい

失恋した女の子に大人気さ


僕が言いたいのは

そう言う事さ

24時間いつでもどうぞ


壊れた心を治します

僕は君の恋の便利屋さ


さあ、いつでもどうぞいらっしゃい

さぁ、さぁ、さぁ

いつでもいらっしゃい




「 京都人の密かな愉しみ Blue 」

という番組が好きだ

京都で暮らす若者達がそれぞれの仕事で奮闘しながら、京都独特の文化を学び継承していく姿を演じている

主人公の林遣都 若林ケント幸太郎と

元カノの吉岡里帆 宮坂釉子


庭師で修行中の幸太郎ははっきりしない性格で

陶芸家の釉子は嫌気がさして別れる

それでも二人は友達として時々会ってお互いの悩みを相談する仲だ


ある日、釉子は街を歩いていて路上ミュージシャンの弾く「 ハンディマン」を聴いて幸太郎の事を思い出す



幸太郎の母の店で一緒に食事していた二人

突然

「 もう一度やり直す?」

と聞く釉子に

「 釉子がそうしたいのなら」

と答える幸太郎に

「 冗談やがな」

と笑って誤魔化す



あいつは本当にハンディマンやなぁ…





「 ハンディマン」

コミカルなようでなんか悲しい歌だなぁ

と思って調べてみたら

ジミー ジョーンズという人が1959年にヒットさせてその後沢山の人がカバーしている

有名なのがジェームス テーラー

聴いてみた


いい曲だ

洋楽は好きだったのでいろいろ聴いていたが

これは知らなかった

うん、深いな

これは…











   

ゴールデンウィークの間に友人と足助の香嵐渓までドライブしてきました。
天気も良かったせいか、車やバイクが多かったですね。
香嵐渓の近くの駐車場に車を止めて、香嵐渓を歩きました。
秋には紅葉が美しい名所ですが、いまの季節は新緑がいいですね。
かなりの人手で驚きました。
いつもは食事を出してくれる店が閉まっていたり、テイクアウトだけだったり、すごい行列だったりして園内で食事するは諦めました。
川沿いを歩いたり、露天店を見て回ったりして散策を楽しみました。
川には鯉のぼりが泳いでいて五月らしい風景に笑顔になれました。 


 

お腹が空いてきたので香嵐渓を出て足助の町並みを歩いてまわり、昼食のできる店を探しました。
手頃な蕎麦屋があったので入りました。
注文したのがこのランチ。
これで800円。安くないですか?

 

お腹が満ちたりたので、足助の古い町並みを歩いて回りました。

以前来たことのあるマンリン書店を覗きました。



 

この書店の奥に蔵があって、そこを改装して喫茶室とギャラリーとして開放されていました。

喫茶室で500円の飲み物を頼むと、ギャラリーを見学できます。

温かいコーヒーがとても美味しかったです。

僕はコーヒーを飲むと眠れなくなるのですが、次の日も休みなので躊躇なく飲みました。

あぁ、コーヒー美味い!

ギャラリーは洞窟の中に入っていくような異界感が最高でした。

絵やアンティーク風のアクセサリーや陶器などが展示されていて楽しかったです。

僕はずいぶん前にこのギャラリーに来た事があります。

その時は絵本作家の大淵美喜雄さんの原画展をやっていて驚きました。

たまたま偶然に行ったのですが、大淵さんは大好きな作家さんだったのです。




マンリン書店を出て、長い時間をかけて旧足助街道を見てまわりました。

ここは古くから「 塩の道」と呼ばれていたそうです。

何故かというと江戸時代に蒲郡あたりで三河湾の海水から塩を作って、その塩を船を使って足助まで運び、足助から馬に塩を乗せて山を越えて塩尻まで運んでいたそうです。

つまり塩の貿易の中継点だったのですね。

だから昔はずいぶんと栄えて町は繁栄して大きな店も沢山あったのだそうです。

勉強になりました。


民家の間口に飾ってあった猫の作り物。

初め見た時は本物かと思いました。


とにかく沢山歩いた一日でした。

なまった体にいい運動になりました。




夕方から更に山にドライブに行って
帰りに豊田で夕食。
うなぎの店でしたが、自然薯も名物だというので迷いました。
うなぎメインにするか、
うなぎと自然薯の半々のメニューにするか、
迷った末に、半々のメニューにしました。
結果、これは失敗でした。
ご飯の量が多過ぎた。
ご飯でお腹がいっぱいになってしまった。
うなぎだけのメニューにすれば良かった。

でも、いい一日でした。
コロナ禍の中でいいリフレッシュができました。




少し前にBSで大瀧詠一の特集番組を見た。

大瀧詠一の作り出した音楽が好きだ。
大瀧詠一が好きだ。
自分にとって大瀧詠一は日本の音楽界の中では別格の存在だ。

昔から好きだったが、今も好きだ。
朝、起きる時の目覚まし代わりにタイマーを使ってオーディオでかけるCDは「 A  long  vacation 」だし、
車に乗った時に聴く音楽は3日に一度は大瀧詠一だ。

「 我が心の大瀧詠一」は大瀧詠一にゆかりのあるミュージシャンが歌ったり、盟友である松本隆が思い出を語る中身の濃い内容だった。


氷川きよし   さらばシベリア鉄道
BEGIN                  恋するカレン
小林旭     熱き心に
小泉今日子   怪盗ルビィ
横山剣     冬のリビエラ
島津亜矢    風立ちぬ
鈴木雅之    夢で逢えたら
薬師丸ひろ子  探偵物語
TARAKO              うれしい予感
大瀧詠一    しあわせな結末


大瀧詠一が一躍脚光を浴びたのはアルバム
「 A  long  vacation  」だった。
このアルバムは300万枚を越える大ヒットを記録した。
大瀧がこのアルバムで目指した音作りは「 音の壁」を作るというやり方だった。
これはフィル スペクターが実践した音作りで、沢山の伴奏者たちに演奏させることによって厚みのある音の壁を作るという方法だった。
大瀧詠一の深みのある繊細な音の秘密に触れたような話だった。

「 A  long  vacation 」の冒頭を飾るのは名曲
「 君は天然色 」だ

「 くちびるつんと尖らせて、なにか企む表情は、別れの気配を、ポケットに隠していたから 」
「 思い出はモノクローム、色をつけてくれ 」

メロディも抜群にいいが、歌詞も素晴らしい。
まるで目の前に情景が見えるようだ。

しかし、思い出はモノクローム  って…
分かるような分からないような
そんな疑問が松本隆の回想でスッキリした。

大瀧がこのアルバムを作る前に、作詞は盟友松本隆でいきたいと伝えると、彼は直前に最愛の妹を亡くしたショックで詞が書ける状態ではない、と断ったという。
大瀧は作詞は松本以外考えられないと、松本が書けるまで待つと言った。
少しずつ心の整理がついた松本は、妹を亡くした時に、東京の街を歩いた時に周りの風景がモノクロに見えた体験を心象風景として詞に反映させた。

思い出はモノクローム、
色を付けてくれ

松本の心の叫びだったのだ


松本隆の詞の世界が好きだ。
大瀧詠一の音が好きだ。

その二人の作り出した音楽は
1+1=2ではない
1+1= 無限大なのだ。

人は二度死ぬ
と誰かが言っていた。
一度は肉体が滅びた時
もう一度はその人を知る人達の記憶からその人が消えた時

もしそうなら
大瀧詠一はずっと生き続ける
僕らの記憶の中で。