何が書いてあるか分からないけど、指を差して頼んだ料理がおいしかった。

このような海外でのエピソードを聞いたことがあります。

でも、私自身はこのようなことをしたことがありません。

なんとしても言葉で伝えたいと思う一方で、通じなくて聞き返されるのがヤダという変則的な心のブレーキがかかるのです。

毎年、海外に行くようになったけど、行き先は英語圏のみ。英語圏以外で唯一観光した国はマイレージが失効しそうになったから行ったにすぎない。

フランスはそのような意味で、例外の国です。

言葉が全く分からない国へよく行ったというのが帰って来てからの正直な感想です。
『暖かい便座に座ると日本に来たことを実感する』と言ったミュージシャンがいる。

自分の場合は、『トイレの紙を使う』と海外に来たことを実感する。

前者は、良い意味での感想だったと思ったが、後者の自分の考えはネガティブな意味が込められている。

日本を離れると、どの国の文化や風習もなるべく尊重し、あるがままを受け入れようと心がけているがトイレの紙だけは受け入れることができない。

長さ10センチ程の紙がとりあえずロールに巻き付けてあるあの紙が嫌いだ。

ただ、海外のトイレの紙が全てその様になっている訳ではなく、日本と同様に一枚の紙をロール状にしたものもある。

世界の電器メーカーがdvdの統一規格を決めたように、世界の製紙メーカーも規格を統一すべきだ。

この場合、どちらに優劣があるかは自明の理ではあるけれど。

こんな考えを持っているのは自分だけじゃないと思う。
ロンドンのホテルでの出来事です。

8階でエレベータに乗ると、後から女性が走ってくるのが見えたので、扉を開けて待っていました。

『7階を。何回も鍵を差し込んだけど開かなくて。自分の部屋が7階なのに間違えて8階で降りちゃった、あはは。』

聞いた訳でもないのに、その女性は顔を赤らめながら言いました。

微笑むこと。欧州だと見知らぬ人とでもホテルの廊下やエレベータで居会わせた時に微笑むことは自然なことですが、今回の旅行までできませんでした。

そのような習慣は日本に存在しないし、同様なことをすると気持ち悪いと思われかねない。それに一体どのタイミングで微笑んでいいかわからない。

それがエレベータでの、この会話の瞬間からできるようになりました。

とても細やかなことですが、、、。