>一つ仕事をやり終えた感覚で話す妹に恨めし気に視線をぶつける。
 その視線に真正面から目を見据えられる。
「そもそも西野先輩がそんなこと許すはずがないじゃん。文化祭で一位になることは生徒会と同じ権限を持つんだよ? ルールを作れる立場になれるってことだからね」
 そう。文化祭で一位になれば生徒会と同じ権限、発言権が与えられる。学校内での待遇が良くなる上に、学校の規則に着手することができる。
「だけどな冷え症のためにっていう名目で通るかもしれないじゃないか」
 悪あがきだと思いつつも抵抗を試みる。
「その中に不純な動機が含まれるからダメなんだって。西野先輩にそれを話したらどうなるかお兄ちゃんが一番わかるんじゃないかな」
 こんな時に限って麗奈のことばかりだな。その性格を知っているならお前の持ってきた大量のお菓子は何なんだ。
 てこでも動かないひなの意見に同意するかのように、
「まあ透の案は夢想に近いってことだな。さっきは何で協力するとか自分で言ったのか不思議に思えてくるほどだ」
 そう話す仁太は大名を裏切った家臣に似ていると言わざるを得ない。
「ふん。いつか実現してやる」
 他愛もない話に花を咲かせ、俺の不純だと言われた野望が遠のくとひなが切り出す。
「話が一段落したところでそろそろ部室に入らない? 暖かい部屋に入りたいし、早くお菓子食べたいんだよね」
 漠然と煮え切らずもやがかかった状態だったが、早く暖かい部室に入るという提案には賛成だ。
「そうだな。さっと入るか」
 ひなが部室のドアノブを回し、開けるとそのドアがどれだけの年月その役目を担っていたかが分かるような音が響く。

 『天文部』

 上に掲げられたプレートにそう書かれている部室へと俺らは入っていった。
ラブレターが欲しい。チョコが欲しい。大声でそのようなことを言っている様を自分の妹に聞かれていた俺は羞恥心の渦に苛まれる。今更になって場の認識を改めた俺がいた。
恥ずかしすぎる。
「はは、だけどひなちゃん。透の言ってることは少なからず当たってかもしれないじゃないか」
 助け舟を漕ぎ出す仁太に乗っかる。
「そうだそうだ。下駄箱に扉があればモテ期がくるかもしれないんだぞ」
 こちらの言葉と同時に反応して丸く大きな瞳が細くなり、長いまつげが上下する。
「もし仮に工藤先輩が好きな女の子がラブレターを渡したいと思っているとしますよ。ならその女の子はどんな形であれ気持ちを伝えたいと思うはずです」
 俺ではなく仁太に悟すように話しかける。
「考えてみてくださいよ工藤先輩。まず貰えるならすでに貰っていると思うんですよ」
「う、うん」
 待て。二人で船を漕ぎ出すな。俺も居るんだぞー。
「だから下駄箱の扉を付けようが変わらないってことです。それに下駄箱に扉を付けてモテようとするよりも、女心を分かる努力をしたほうが何倍もいいですよ」
 優しく微笑みかけるひな。
「仁太先輩は頭がいいからそんなこと分かってましたよね? お兄ちゃんに唆されただけですよね」
「えっと……」
 躊躇するように目が泳ぐ我が相棒。カエサルのあの有名な言葉を吐きたい気持ちで俺はいっぱいだった。
「大丈夫です。恋愛相談ならいつでも言ってください」
 仁太には天使に見えるかもしれない笑顔だが、俺には小悪魔の小さな翼があるようにも見える。
「うーん。よく考えたらひなちゃんの言う通りかもしれないな」
「仁太、お前もか!」
 揺らぎすぎる仁太にツッコまずにはいられない感情を表に出す。
「相談するときは是非よろしく頼むよ」
「はい。いつでもどうぞ」

>
ボクサーが試合開始前に行うような挨拶を俺らが交わしていると幼くも軽やかなソプラノ声が耳に通る。
「あーあ。馬鹿な二人発見しちゃったよ」
 唐突に後ろから聞こえる。
 声がした方向に視線を向けやや下を見る。肩にエコバックをかけているが、買い物の量が多いのだろう、びっしりとお菓子が詰まれているのがその膨らみで外からでも分かる。
「ようひなちゃん!こんにちは!」
 興奮の余韻が残っている声を上げる。
「こんにちは工藤先輩」
 昼間の挨拶を笑顔で交わす二人。
「ひな。兄貴にむかって馬鹿とはなんだ。馬鹿とは」
 父親が娘に馬鹿にされたような口調で言う。娘の反抗期に立ち向かう父親の気持ちが少しばかり分かるような気がする。
 肩を窄めるその仕草は呆れたように言いまわす。
「だってあんな話聞いたら普通そう思うでしょ? それにお兄ちゃんは本当に馬鹿だからいいとして。工藤先輩はそういうの考えたらダメですよ」
 ここまで露骨に馬鹿と言われると俺の立場がないぞ妹よ。
「というか今の話聞いてたのか?」
「うん。最後のほうだけだけど、三階から上がってくる時にね。大きな声で話してるから階段のところまで聞こえてたよ。ラブレターがどうとかチョコがどうとか」
「正解だ。それはある意味正解だ。だからこそお前が言っていることをさらに良い正解にしようじゃないか」
 頭から否定はしない。相手が自分とは全く違った意見を言っていてもだ。否定するなら柔らかく、そしてそこに提案を入れる。
「どういうことだ?」
「それはモテないと思っているだけだ。さっき言った冷え症ということを思い出してくれ。今朝俺は下駄箱で上履きに履き替え、その上履きの冷たさに冷え症な自分が嫌だったのさ」
 納得したようで首肯をする。
「確かに冷え症の俺じゃなくても上履きの冷たさは分かるな」
「その冷え症を少しでもおさえるところに正解がある」
 少し間を置く。
「つまり下駄箱に扉を付けるということさ。そうすれば多少は緩和されるだろ?」
 何かに気づいたように仁太はか細い声を上げる。
「まさか」
 俺は勝ち誇った顏で言う。つまりドヤ顏だ。
「そうだ。モテないからじゃない。俺らが今までラブレターやチョコやらを貰えなかったのはあの下駄箱に扉が付いていなかったからだ!! 俺らに上げたかった淑女たちはこの学校にいるはずなんだ!!」
漫画で得た知識も披露出来たし、完璧だろう。キャラを少し変えた甲斐があったな。
考え込むように視線を斜めに向けている。
「……確かにそうだな。扉が付いていれば貰える可能性も高くなるかもしれない」
 おお、納得してくれたか!
「これが『下駄箱の中も心も暖かくしてくれるよ』作戦だ! 俺はこれを文化祭一位の特権に活かしたいと思っている!」
 瞬く間に会話が弾み友情が芽吹く。
「そうなれば俺も協力する!」
 連絡通路を渡り、いつの間にか部室の前まで辿り着いていた俺らは拳と拳を合わせている。仁太がこういう話に疎くて助かるなと思う俺はいないはずだ。たぶんな。
「早く話せよ」
 何か話を切り出す前に意外性に特化したことを初めに言うと相手の聞く姿勢をこちらに傾けられる。ラポールの一つだ。漫画で勉強したことがこんなところで役に立つとはな。
「なあ仁太。お前はラブレターを貰ったことはあるか?」
「え? いやないが」
 語り出す時は質問も混ぜる。べらべら喋り相手に聞かせるよりもこちらが聞く姿勢になってやる。その方が相手も聞いていて多少苦ではなくなる。これもコミュニケーションの方法の一つだ。
「少なからず貰いたいは貰いたいだろ?」
「まあそうだな」
「チョコレートも欲しいだろ?」
「男ならみんな女の子から貰ったら嬉しいもんだろ」
 やっぱり多少は異性に興味があるようだ。こういう話が出来るのは初めてかもな。
「そうだよな。嬉しいものだよな。欲を出せばどちらも欲しいって思わないか?」
「そりゃモテたいのはみんな一緒だろ」
 こちらが投げかける言葉に相手がイエスと言うようなことを何度か質問していく。そうすれば心理的に相手は前向きになり、ここからの質問にイエスと言いやすくなる。
「何か話がずれてると思うんだが、ラブレターとバレンタインのチョコがどうやったら冷え症に繋がるんだ?」
「そう。そこでだ」
 大学の教授が生徒にクイズを出すような言い方で問いただす。
「なぜその二つが貰えないと思う?」
「簡単な答えだろ。モテないからだ」
 返答しやすい良い答えが返ってくる。>