「はーい。じゃあみんな席についてー」
 麗奈は部室の扉から向かって対角線上の位置に置かれた長テーブルの椅子に腰を下ろす。世間ではその場所をお誕生日席と言われている。だがこの部室ではその椅子を部長席としている。
「瑠璃とひなにこれ渡しておくわ。あ、海斗にも渡し忘れてたわね。はい、これ」
 紙が三人に渡っていく。俺と仁太も空気を読み昨日渡された紙を鞄から取り出す。こっちに入れといて良かったぜ。
「日程決まったんですよねー! 踊り場でも見ましたよー!」
「へーイブの日なんだ。はい海斗くん」
 最後の一枚をひなが海斗に回す。
「ありがとうございます」
「全員に渡ったわ? じゃあここでみんなに言っておくことがあるわ! 心して聞きなさい!」
 部員一同その発言に目が奪われる。
「私たち天文部は体育館で演奏をすることが決定したわ!」
 晴れやかな輝きを放った笑顔。
 一瞬の沈黙の後に、
「え? 講堂でやるんじゃないのか?」
 仁太の意見に同意だ。俺もそう思っていた。
「前回も去年も確かバンドを組んでいたグループは講堂で演奏していたはずだろ」
 付け加えるように言うと、
「あんた達教科書通りのやりかたがそんなにいいの?」
 部長席を立ちあがり腕を組み、眉根を寄せ俺と仁太に視線をぶつける。
「今までのやり方がダメなら変えないといけないじゃない。だから今までのバンドグループは一位になれてないのよ」
 期待と好奇心に胸を膨らませる冒険家のようにこう続けた。
「変化を恐れては夢は叶わないってことよ!」
 二人ほど面を喰らっていると明るい声が耳に入ってくる。
「麗奈先輩しびれますぅぅぅ! かっこいい! よ! 大統領!」
 瑠璃なんだ大統領って。
そしてそこ照れるな。
「あ、仁太先輩またお勉強ですか? 偉いですねー」
 こちらの視線に気づいた瑠璃はひなから貰ったキャラメルを口に入れ、微笑んでいる。
「明日も試験だからね。揃うまで勉強してるんだよ。瑠璃ちゃんは勉強いいのかい?」
「はい! たぶん! 大丈夫です」
 広い部室の中でも響き渡る声で答える。
 こいつこそ勉強してない奴だと思うのだが、赤点は取らないんだよな。……影で努力してるってことか?
「それぐらい元気なら大丈夫だな」
「ですよねー。あははは」
「あははは」
 二人して笑いながら茶化す。
「透先輩みたいにはなりたくないですからねー」
「確かにそうだなー」
「瑠璃の言う通りだよ」
 三者三様同じことを言う。
「おい、そこの三人。俺はだからな、やればでき――」
「お待たせ―! みんな揃ってる?」
 又しても俺の言葉を遮り、ドアが乱暴に開かれる。
またか! 何かの陰謀が働いているとしか思えん!
「みなさん、こんにちは。おや、どうやらお揃いのようですね」
 我が部長麗奈に続き、甘いマスクをかぶる海斗が入ってくる。
「あれ? ひなじゃん! 久しぶり」
「お久しぶりです。 西野先輩」
 優雅に笑い会釈をする。
 麗菜はテーブルに置いてあるお菓子に気が付くと、
「ひな、またお菓子持ってきたの?」
「そうなんですよ。西野先輩もいりますよね」
 ポケットに手を入れたひなは俺達にあげたのと同じキャラメルを取り出す。
 いつの間に入れたんだよそれ。
「どうぞ」
「ん、ありがとう」
 二つ取り出していたらしく、
「はい。海斗くんも」
「これはどうも。ありがとうございます」
 爽やかな笑みをする海斗。
 それぞれキャラメルを口に入れ、キャラメルなんて久しぶりに食べましたよ、もうひとつちょうだい? などと声が聞こえてくる。
 俺は憮然とした態度でキャラメルをまたさらに小さくしていた。
「あ、そうそう。透これありがとう」
 マフラーを外し、俺の横に置いてくる。
「何よ、そのぶすっとした顏は。そんなにこのマフラー気に入ってたの?」
「……いや。何かな、タイミングが良すぎて、悩んでたところだ」
 へーそうなんだ、と興味がない簡潔な返事をしながら歩き始める
「えっと、どこだったけかな?」
 玄米茶の葉を探そうと海斗のロッカーに向かうひなに声をかける。
「おい、たしかほ――」 
「こんにちわー! 遅れてすみませーん!」
体育会系の部活にも負けないくらいの挨拶とともに勢いよくドアが開いた。
瑠璃のご登場だ。
「あれれ?」
ドアを開けたまま固まっている。
 瑠璃はきょとんとしている顏からだんだんと恍惚に似た表情になる。
「ひなぁぁぁー!」
探し物がやっと見つかった子供のように黄色い声を上げる。
「るりぃぃぃー!」
 玄米茶のことはどっかいってしまったらしくこちらも歓喜の声を出している。
「今日休んでたから部室に来ないのかと思ってたよ!」
「ごめんねー。サボっちゃった」
 感動の再開を果たしたかのように話す二人は向かい合い手を取り合う。オクラホマミキサーの曲が流れたらすぐに踊りだせそうなかんじだな。
「来るなら言ってくれればお菓子買ってきたのにー」
「今日部室行くことひなに会ったら伝えてってお兄ちゃんに言ったんだけど忘れてたみたい」
 自分の兄の出来なさを呆れるひな。
「せっかくのお菓子物々交換タイムが先輩に奪われるなんてー!」
 心底残念がる瑠璃。
お菓子を交換するのがそんなに楽しいのか? 俺には分からんな。
「今度からは部室行くときはちゃんとメールするよ」
 最初からそうしてくれ。ここにオーディエンスがいたら満場一致の賛成だろ。
「瑠璃にもキャラメル上げる」
「うあーありがとう!」
 テーブルから高校生女子の和気藹々としたやり取りを頬杖つきながら見ていると、
「微笑ましい光景だな」
 仁太が手を止め言ってくる。愉快げな顏で言うな。
「俺は踏んだり蹴ったりだけどな」
 口の中で小さくなったキャラメルを舌で転がす。
「え?」
 素っ頓狂な声を上げる俺に、
「言ってないの!? あーもう、今日のお菓子が少なくなっちゃったじゃん! 瑠璃も持ってくると思っていたのに!」
 最大積載量の限界が垣間見えているエコバックからお菓子を取り出すひなが言う。
「お兄ちゃんが言うと思ってエコバック一つだけにしたのに」
「本当にひなちゃんはお菓子が好きなんだね」
 ノートと参考書をテーブルに広げながら仁太は話しかけている。
「その前に何で俺が今日瑠璃に会ったという設定で話してるんだ?」
 実際には会ったんだがな。
「昨日瑠璃が朝早く学校に行って先輩に会いにいくんだってメールで言ってたから。会ったんでしょ?」
「確かに、会ったな」
 だから今朝走ってたのか。あの時間帯は朝早いとは言えない時間だしな。急いでた理由はそれか。
「そもそも、学校で直接お前が言えばいい話じゃないのか?」
「サボっちゃった♪ てへ♪」
「てへ♪ じゃないだろ!! テストはどうしたんだよ!?」
 この兄にしてこの妹ありなんて言うなよな。
「明日受けることになったー」
 ころころと笑う仕草は余裕の笑みにしか見えない。
「楽勝だと思うけどね。勉強は家でもしてるし」
 お菓子の袋を開けるとキャラメルをほうばるひなに続き、
「確かにひなちゃんはあまり学校きてないけど成績は悪くないらしいね。先生から聞いたよ」
「出席日数がギリギリでも大丈夫ってことだよ。お兄ちゃん」
 既視感。朝に見た笑顔と同じ笑みを見た。
「そんな話よりもお菓子食べようよ」
「そんな話とはなんだ。ちゃんと学校には来るようにしろよ」
 キャラメルを二個取り出し、
「分かったよー。なるべく来るようにはするよ」
 テーブルの方に近づく。
「はい、工藤先輩。甘い食べ物は頭に良いんですよ」
「ありがとうひなちゃん」
 受け取り、口に含めるとまた勉強を再開する仁太。お前は本当に勉強が好きだな。まあ部室に来てるだけこっちのことも考えてくれてるみたいだな。
 キャラメルを口に入れながらの俺がじっと見ていることに気づき、
「ああ。みんな揃ったらドラムもセットして準備するから」
 俺の視線の意図を過剰に捉える優等生。
「お菓子食べながら待ってようよ。海斗くんの玄米茶飲みながらさ! 玄米茶ってお肌に良いらしいしね」
 あの色男め。こういうところでポイント稼ぎか。だから玄米茶なのか。
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『文化祭で一番になるための部活を作るわよ!』
 ゴールデンウィークをまだかまだかと首を長くして待っていた俺に何の前触れもなく麗奈のその一言が全ての始まりだったと言える。
『部活の名前はもう決まってるの! 文化祭でてっぺんを取って、この日常をひっくり返すの!』
 日本語を話されていることは分かったが俺はこいつが何を言っているのか理解出来なかった。
『それも名付けて天文部よ!』
 桜が散る季節に新たな蕾をつけるようなその言葉は、当然俺のゴールデンウィークを満開には咲かせてはくれなかった。
 これが『天文部』が作られた最初の会話だ。
懐かしい記憶を呼び起こしているとひなの声が俺に向けられていた。小さな手がストーブのプラグをコンセントに差し込んでいる。
 部室の手前には大きい長テーブルが縦に置かれ、教室と同じプラスチック製の椅子が並んでいる。木製の本棚と壁に取り付けられているホワイトボードに各部員用のロッカーがある。奥にはドラムセットが置かれており、この部室の広さを有意に使っている。