決して俺と妹が仲が良いわけではないし悪いわけでもない。と俺は思っている。朝の会話から分かるように必要最低限+αの会話しかほとんどしないのが俺と妹の関係である。その+αが仲が良い証拠だと言われてしまえば、夕食時の音楽番組のCD売上チャートランキングが出来レースだろこれはと思うぐらいの事実なのかもしれない。まあ、俺が考える兄妹の仲というのはだなそもそも……これは今度の機会でいいだろう。そうしよう。
 制服に着替え、鞄を肩に掛けながら一階に降りると、ひながコップに牛乳を注いでいる姿が目に入った。同時にいつの間に着替えたんだと言いたくなったが聞いたところで面白い返答があるわけでもないと思い、聞かずにいた。ひなはすでに学校指定の制服に身を包んでおり、冬用のセーラー服がその年齢にふさわしくない容姿を少しはカバーしているのだろうかと考えていた。牛乳を飲んでいる姿がこちらに気付くと、
「……行ってらっしゃい」
と小さく聞こえた気がした。妹はコップに口をつけて喋っているため、あまり上手く聞き取れなかった。容姿は本当に高校一年生か?と職務質問させてほしいくらいに幼い顔立ちであり、背丈も今の高校生の女子平均身長よりだいぶ低いと思われる。しかも、この容姿にマニアックな奴らがいるのか、噂でだがファンクラブがあると海斗から聞いたのを覚えている。新学期早々になぜかファンクラブが出来たらしい。その名も『ひな様親衛隊』というファンクラブである。兄としては心配ではあるが、親衛隊と言うのだからどこかで大丈夫だろうと安直に考えていた。

「……」
ジト目で見てくる妹はまさか? ね?と言いたそうな顔つきで溜息をついた。いや、何だ、その黄色く長い物体は決して俺が用意したわけじゃないぞ。しかも二本も。俺が魔法使いならこれをお前が喜びそうなチョコレートに変えてやりたいが、生憎ながら俺は契約をまだすましていないのだ。すまない。もしその時に、一つ願いを叶えるとしたら朝食をもっと豊かにしてくれと頼もう。それが一番だよな? 我が妹よ。
「まあ、いいけどさ。何で二本なのかな?」
「それはお前にもっと育ってほしいんだろうよ。俺は一本だから、これ以上育たないで、食費を抑えたいのよ、と言われているのだと思う」
 それは被害妄想だと思う、と妹が言い出したので、突き出していた二本ばななを妹に渡した。きっと三本あった時の優千順位の結果だろうと思いつつ、学校に行く準備をするため二階に上がろうとした時後ろから、
「げぇ……何これ……ハートマークとか書いてあるんだけど」
 妹の朝から何かにひいているのを確認しながら、二階に上がっていく。朝ごはんの文字の後に可愛いハートマークがついているのを先程見たが、相変わらずひなという文字はひらがなで書くのかと思った。
「昔から変わらないな」
 部屋のドアを開き、窓が半開きになっているのに気づき、ああまた窓を閉め忘れたのかと思いつつ、クローゼットから制服を取り出すのであった。

どうやら、当人は慌てて出て行ったらしく、気づいた時には、え?もうこんな時間? と焦った姿が想像できそうな光景がそこにはあった。昔からこんな性格なのだろうかと、辺りを見回す。そういえば、誰かから人の脳は十八歳からが折り返し地点という話を聞いたことを思い出した。人の脳は一歳から十八歳までは衰えず成長を続けていくが、あとは衰えるだけだと聞いたことがあった。だから脳には折り返し地点があるのだということ。つまりあの人も衰えていったのか? と疑問が浮かんだが、やはり昔からあの人は変わらないだろうという一周したらまた同じ駅に辿り着ける某電車のような式に回答が導きだされると、お腹が空いていることに気づいた。
さてさて今日の朝食は何かなと呟きながら台所に向かう。そこには、ばななが三本だけが置いてあった。台所の上に。しかも、その一本には『透さんの朝ごはん』と書いてあるばなながあった。ばななに……直に黒のマジックペンで。もう二本のばななには別の名前だがそれぞれ同じ名前が書いてあった。あいつには二本用意されているのか。
ボキャブラリーがあまりにも底辺な俺にとってはリアクションに困るような物を見てしまった。だがこの際、贅沢なんて言っていられない。このご時世の中、飯を食わして貰えているだけありがたいと思うのが当たり前だろう。そんな模範的思考青少年を気取りつつばななの皮を剥き、半分まで食べて口の中でむしゃむしゃと食べていると、二階から階段を下りる音がしてくる。トタトタと足音を立てながら、左手を壁に沿えて降りてくる姿が見え、その姿がこちらを向くと、
「おはよう。いないよね?」
 俺が何かをしたかのような疑いのような目で見てくる。やれやれと思いつつ、
「ああ。いないぞ」
 そう言いながら、残りの半分のばななを口に含み、皮を生ごみ用ゴミ箱に捨てた。えっと、朝ごはんはどこかな? と探している素振りに気づき、台所に置いてあるばななを二本をそいつの前に突き付けてやった。まさに異議あり! のような突き付け方をしてみて自分に酔ってみたかったのだ。
>
  人の声がする。……何やら周りが騒がしい。レム睡眠とノンレム睡眠の揺りかごから覚醒するのはいささかためらいがある。仕方ない。
寝ぼけ眼でおもむろに意識を覚ます。
「……ん?」
暗くぼんやりした屋内が視界一面に広がった。溢れんばかりにいる人々が声を張り上げて揺れている。
そして薄い暗闇の中、目を凝らす。
ここは――体育館か?
そこが見覚えのある建物だと冷静に気づいた自分を褒めてやりたいものだ。
微かに見えるバスケットゴールや憂鬱な気分になる朝礼で時折視界に入った天井が俺の記憶装置と適合していた。
体育館には制服を着た人、私服姿の人が俺を見上げている。そう見上げている。   
そこで俺はやっと自分が舞台に立っていることに気づいた。
あっけにとられた俺は視界と思考が右往左往するしか対処法を見つけられなかった。
「透!」
見慣れた制服とは違う華やかな衣装をまといそいつは俺を呼ぶ。俺は声も体もその声に応えることは出来なかった。気づけばエレキギターを持っている俺。
そうか。弾けというんだな。
コードを押さえ、ピックで音を奏でる。
だが音は空を切るかのように鳴り響かず、無音。
アンプは繋がれているし、何が原因だ? 何度も試してみるが無駄のようだ。笑いが込みあげてくるのはなぜだろうか。
「仕方ないわよね」
 その声は落胆したようでどこかわかりきっていたような言い方だった。
「待ってくれ! 今弾けるようになるから!」
 無音の空間で俺はピックを懸命に弾かせる。
「今回も一位になれそうにないわね」
黒のドレスを翻す。
 視界がぐにゃりと曲り、世界が傾く。足を取られ、転倒する。
「大丈夫だ! 何とかする!」
 振り向きもしない背に向けて叫ぶ。
「何とかするから!」
 視界に暗幕を下される。
 手で上体を浮かせ、転倒した体を起こそうと力を入れ目を開くと見慣れた天井を目にしていた俺は固まった。
「夢か」
 夢オチなんて初めてのことだ。しかし、リアルな夢だったな。

 一階で忙しく準備をしている音がする。毛布を抱えながら目を擦り、テーブルにある時計を見ると短針が七の数字の左上を指し、長針が五と六の間を指していた。目覚ましがかかる前に起きてしまったらしい。
「今日は出るのが遅いのか」
 ふいに後ろのカーテンが揺れ、朝日を包むように膨らんでいた。そちらに目をやると、その包まれた朝日からこぼれた光が頬をでているようだった。明日の天気は何週間ぶりの快晴だとテレビのお天気キャスターの人が昨日言っていたことを思い出した。そのキャスターは話題の新人男性キャスターであり、細身の整った顔立ちでお茶の間の主婦に人気がある。妹からそんなことを聞いた。
寝ぼけた体には十二月のこの風は堪える寒さだ。昨日窓を半分開けたまま寝てしまったらしく、そのせいで少し鼻水がでる。
ティッシュを有意義に使い、鼻水も少しは大人しくなってきたかと思い、時計を見た。ちょうど先程の長針が九の上に乗りかかるのを確認して、ベットから起き上がり一階に降りた。
一階に降りるとリビングの真ん中にあるテーブルの上には乱雑された雑誌の山と新聞が折り重なっていた。横にあるテレビには今朝のニュースはというテロップが流れており、若い男性アナウンサーが、寝ぼけた頭に入ってこない文字を読み上げていた。……つけっぱなしか。コップに麦茶を注ぎながら思う俺であった。

「それにしてもよりによってイブの日か」
「透は別にイブなんて関係ないでしょ?」
 俺はとぼけた顔をしながら
「自分はあたかも関係あります口調で言うな」
「仁太は日程大丈夫よね?」
 無視をされた。
「ああ、イブは関係ない男第二号だ」
「おい、誰が第一号だって?」
 今日は一段と扱いがひどい気がする。
「そういえば海斗と実梨にはもう話したのか?」
 仁太がいう海斗と実梨とは俺達の仲間の名前である。
「明日学校で渡すつもり」
「あと三週間後か……緊張するな」
 俺は伸ばした脚を交差し、天井を見上げた。
「透はまず今週のテストを考えなさいよね」
「まず漫画本は数学のテスト範囲じゃないからな」
 聖奈が仁太の顔を見ながら、あんた何言ってんの? と言っていた。聖奈の強い口調と仁太の言い訳は予想通りであって、二人らしいと思った。
俺は一応のつもりで、持ってきておいた数学のテキストを広げ背中からソファーに突っ伏した。ペンを筆箱から取り出す。俺はやればできる子なんだ、と自己暗示をかけながら、ペンを走らせた。三週間後の俺達の初ライブのために。