日本の将来を考える。 -7ページ目

日本の将来を考える。

日常の気になったことを書き連ねていきます。
過激な発言からどうでもいいことまでありますが、気にしないでください。

「成績を上げます。」

これをうたい文句にする塾が多い。

学習塾として正しいことだろうか?


塾とは成績を上げることを目的とするところではない。

目的を達成するために勉強するところが塾だ。

政治塾がいい例だ。

政治塾は政治について学ぶところである。


学習塾はどうだろうか。

成績を上げることが目的なら、塾に行く必要がないと思う。

家で学校の授業の予習復習を徹底的にやればよい。

塾に行く必要がない。


塾へは根本的に学力をつけるために行くところだ。

自宅ではできない勉強法で勉強するのが塾である。


大手の塾では、一つの教室にたくさんの生徒を集め、一斉授業する。

先生は決められた道具を使い、決められたことを教える。

授業する先生は、その塾のマニュアルを使い教えるだけ。

マニュアルで成績はあげられるが、学力は付くとは言い難い。


高校に行ったときに、学力が付かない生徒が多い。

大学に行ったときに、論文をコピーするしかできない生徒が多い。

社会人になったときに、マニュアルがなければ行動できない社会人が多い。


それは現在の教育システムとなっている、マニュアルで指導する塾が作り上げた結果ではないだろうか。


私の住む町を日本全国に誇れる町にしたい。

今のままでは、悪くなる一方な感じだ。

必要な公共施設を造らず、お金のかかる建物を造り、自分の実績にする。

本当に、地元のことを考えるならば、地元の現状に目を向けなければならない。


主要な産業だった繊維は10年以上前から廃れ、誇れる産業がない。

遊園地や、歴史的建造物など観光地もない。

商店街はシャッター通り。

ビルもなく、駅前は寂れている。


これでは、良くなるはずがない。

一から作り上げていかなければ地元の将来はない。


しかしそれは政治家や役人が自分のためにならないからやらない。

寂れた産業にある利権を捨てて、新たに産業を構築するべきではないだろうか。

中学校は今年度から新指導要領になった。

学習内容が増えた。

正確には学習内容がゆとり前に大幅に戻った。


学校の授業に臨む前に、ある程度勉強してから臨もう。

復習だけでは追いつかない。

なぜなら学習する量が増えたからだ。


一日当たり1~2科目去年より多く学習する。

復習だけでは、理解する前に学校の授業は進んでいく。

そうなると、わからないが山積みになっていく。


復習だけの一斉型の塾にも気をつけよう。

みんながつまづくところだけを復習するからだ。

自分のわからなかったところは、塾で出された宿題でワークを使って勉強するだけで終わりになる。

塾の宿題にも追われるから、予習をする時間がない。


わからないところを塾でやらないならば、塾に行く必要はない。

本屋で問題集を買ってやればいい。

そのほうがはるかに安い。


まあ、なにが言いたいかというと、「学校の授業を受ける前に、必ず予習をして臨もう」ということだ。

復習だけでは、学年が進めば進むほどわからなくなるから。



大学に進学したい。

でもお金がないよ。

よし奨学金をもらって、大学に行くぞ。


4年後。

さあ、大学卒業だ。

就職先で頑張るぞ。

奨学金を働いて返すぞ。


あれ?

奨学金は借金じゃないのか?

社会人一年目から借金を背負ってしまった。

親から借金は絶対するなと言われたのに・・・

二百万円もの借金返せるかな…

中学生たちよ、自分で考えよう。

中学生たちよ、人にすぐに答えを求めないようにしよう。

中学生たちよ、なぜそうするかを考えよう。


大人になったら、答えがない勉強をし続けるのだよ。

いわれたことしかできない人は、後から来た人に簡単に抜かれるよ。

考えて、新たなことをやる人が成功しやすいからね。

わからなくても、できなくても自動的に学年が上がる。

自動的に小学校から中学校に行くことができる。

中学校から高校も、試験を受ければ必ずどこかに行くことができる。


学年はどういう意味があるのだろうか?

小学校1年生で学ぶべきことがある。

小学校2年生で学ぶべきことがある。

小学校3年生で学ぶべきことがある。

小学校4年生で学ぶべきことがある。

小学校5年生で学ぶべきことがある。

小学校6年生で学ぶべきことがある。

中学校1年生で学ぶべきことがある。

中学校2年生で学ぶべきことがある。

中学校3年生で学ぶべきことがある。


しかし今の日本では、学ぶことが理解していなくても、次の学年に行くことができる。

学年とはどのような意味があるのかを考えさせられる。


海外の国によっては、その学年の内容が理解できなければ、留年させられる国がある。

私も日本で取り入れる気だと思う。

しかしそれは、まずできない。

反対する人が多いからだ。


留年したら、下の学年と同じ扱いをさせられてしまうのは、子供がかわいそう。

留年で、同じ学年を何度も続けるのは、子供がかわいそう。

先生の仕事が今以上に増えて、たいへんになる。

などなど。


どれも子供たちの将来を考えた理由ではないと思う。

現実社会、大人になって働き出したら、さっきの理由は理由として通用しない。

子供たちに甘やかすことばかりしていて、子供たちのためになるのだろうか。

学習塾の合格実績は当てにならない。

大手ほど当てにならない。


なぜなら全部で何人受けたかを誰も知らないから。

いくつもの校舎がある塾は、一つ一つの校舎の合格実績を載せない。

載せたら実績をごまかしていることが、ばれてしまうからだ。


私の地域では、高校を受験する際、中3生は公立と私立を最低一つずつ受けることができる。

大手の塾では公立と私立の合格を別にカウントしている。

その結果、のべ合格者数が中3の生徒数の2倍以上になっている。

視覚的効果からしたら、数が多いからすごい実績があるように感じられる。

実際のところ、子供たちやその親さんたちをだましているような書き方だ。


子供を一人の人間としてみるなら、その子がどの高校に進学したかを掲載したほう良いと考える。

そうしたほうが、その子の努力を伝えられると思う。


地元トップ校に進学した子、必死に勉強して合格が難しい学校に合格した子、3年間勉強と部活を両立できた子。

そうした子供たちを全てまとめて、合格者の一人としてみる。

それは子供たちに失礼だと思う。


子供の努力は数字では表せない。

しかし努力で得たものは、その子の心情に残せたり、文章で書き表わせたりできる。

それなのに塾は合格した人数の“1”としか残さない。

それは生徒を一人の子供として見ずに、一人としか見ていない。

要は、子供=金である。


合格実績は、生徒集めの方法としては効果的ではある。

しかし消費者をだますような書き方で生徒集めする塾は、子供のためになる塾であるだろうか?

中学生から高校生になったらテストの点が下がる傾向になる。

これは当たり前のことだろうか?

実際のところ中学の成績を維持する高校生もいれば、中学よりも上がる高校生がいる。

この違いはなんだろうか?


それは勉強のやり方の差ではないだろうか。

定期テストに向けたその場しのぎのような形で覚えて、テストに臨み高得点を取る。

このやり方は効率よく定期テストで点を取ることができる。

しかしそれは、ただ丸暗記だけ取れた結果で、内容を理解して取れた結果ではない。


中学校の内容は高校の内容に比べて、比較的基本的なことが多い。

基本的なことだから丸暗記で覚えて定期テストに臨むことができる。

しかし高校に行くと中学内容の応用から、中学内容を越えたものまである。

そのため丸暗記しきれず、定期テストに臨むことが多い。

もし丸暗記できて定期テストで高得点が取れても、校外模試では点が取れないことが多い。

要は、その内容を理解していないことを表している。


ではどうしたら点が取れるだろうか?

その解決として中学の勉強の仕方を変えることがある。

丸暗記することではなく、理解することを求めて勉強する。

理解できていると、いろいろな変化にも対応できる。

その勉強法は、定期テストの範囲の問題をたくさん解くことである。

塾に通っている場合、塾の先生にお願いしたら、用意してもらえるから利用しよう。


中学の時に通う塾の期末対策で過去問をもらい、それを使って勉強する生徒はたいへん危険である。

その勉強法はただの丸暗記にすぎないからだ。

力をつけて点を取りたいなら、テスト範囲の問題をたくさん解くことが理解につながる。

過去問を配ってそれを期末対策とする塾は、生徒に理解をさせようとする塾ではない。

生徒をお金とみて、ただマニュアルに従って動く人をつくるだけである。


自分の将来を真剣になって考えてくれる先生(塾)のもとで勉強することが、自分の将来のためになるのではないか。

もうすぐ新年度が始まる。


今年は中学校の指導要領が大幅に変わる年だ。

一気に学習内容が増えるので、授業準備に中学校の先生たちの苦労がうかがえる。

今年一年は部活動をいつもの年より減らして、授業の準備に打ち込んでほしい。

そうして中学生に内容を濃い授業を提供してほしい。

今年の変更は中学生に勉強させる良い機会だ。

中学生には、たくさんのことを学ばせるべきだ。

それが将来の日本が良い方向に進んでいくから。


学校の成績が上がらない原因は何だろうか?

やっても上がらないのか、それともやらないから上がらないのか、まずそこから始まる。


やっても上がらないの場合は、継続してやり続ければいい。

マラソンのタイムだって、あるタイムまできたらほとんど変わらなくなる。

勉強も同じである程度いくと上がらなくなる。

だからといってそれは、悪いことではなく、むしろ良いことである。

その姿勢は今やっている勉強以外のことを勉強するときにとても役に立つからだ。


やらないから上がらないの場合は、答えは簡単だ。

勉強すればいいのだ。

しかし、やらない。

というよりやろうとしない。

そういう人の大半はやらない理由を他人のせいにしたり、周りの環境のせいにしたりすることが多い。

それでは上がることは絶対ない。

なぜなら自分でやらないからだ。


中学生の親さんで、この違いを理解している人は少ないと感じる。


塾に行っても成績が上がらない。

その塾のやり方が自分に合っていない可能性がある。

しかし、その可能性をいうには、その塾のやり方で勉強していることが条件となる。

塾で勉強していれば、間違いなく成績は上がる(上がらない塾はない)。

成績が上がらない最大の理由は、子供がやらないからだ。


「塾に行っても成績が上がらない」と思う前に親がすることがある。

それは自分の子供が、その塾の勉強をしているかを見極める必要がある。

そして塾の勉強をしていなければ、させなければならない。

塾任せにせず、親がやるように躾なければならない。


それをしないと塾を変えても、学校の成績が上がることはまず無い。