最近、疑似科学というのがにわかに流行りだしてます。
直近ですと、妊婦さんから妊娠菌を分けてもらって妊娠する、なんてのが話題になりました。
あとはホメオパシーというのもこれに分類されてます。ものすごくざっくり言うと、砂糖なんかをひたすら水で薄めれば万能薬になる、というような考え方です。
これちょっと調べると「元の砂糖は分子一つたりとも残ってないんじゃないか」とか「いやいや英国王室御用達だ」とかザクザク出てきて面白いですよ。お時間のあるときに是非。

まあ実際、科学的には全く根拠のない話ですから、ニセモノの科学、疑似科学と呼ばれております。
昔でしたらこういうのも迷信として残ったんでしょうが、今は科学も発展してますから、すぐに否定されて、特に危ないやつなんかは国が注意喚起をしたりしてますね。
とはいえ、ご近所の噂話まで禁止することはできないようで。


「ちょっとお前さん、もうお昼だよ。いつまでもぐうたらしてるんじゃないよ。もうすぐ父親になるんだから、ちょっとはしゃんとしとくれ」
「おめえこそ、もうすぐ母親になるってのに、口を開けばガミガミガミガミよく飽きないね。たまの休みだよ?ちっとくらいゆっくりしてたって罰は当たらねえだろ」
「まー、男なんてな呑気なもんだね。あたしは24時間お腹の中の子供のこと考えてるってのにさ。」
「なんだい、じゃあお前、ガキが出来てから寝てねえのかい?」
「そういうことじゃないよ。お前さんも、子供のこと考えておくれって言ってんの」
「馬鹿言うねぇ、俺だって考えてら。生まれて何時間くらいで喋るかなとか、三日もすりゃあ俺の仕事を手伝ってくれるかなとか」
「化け物じゃないか。全くお前さんは抜けてるんだから……」
「そんなにぽんぽん言うんじゃねえや。そう言うおめえは何かやってるんだろうな?」
「当たり前じゃないか。こないだも斜向いの奥さんに色々教えてもらってね」
「斜向いって……あの、壁に『思考盗聴を許すな!』とか『国は有害電波で奴隷を作ろうとしている!』とかって書いてるところの?」
「そうだよ」
「……大丈夫かあ?」
「いい人だよ、いつも全身にアルミホイル巻いてるけど」
「で、斜向いの奥さんはなんて?」
「今は代替医療ってのが流行ってるんだそうだよ」
「みかんがどうしたって?」
「橙じゃないよ、代替。お医者様からもらう薬なんかの代わりに、もっと効く治し方があるんだって」
「そりゃあいいな。どんなのがあるんだ?」
「まずね、EM菌」
「いーえむ?なんだそりゃ」
「なんでもいい菌の集まりだそうでね、田んぼに混ぜればお米が沢山とれる、水に混ぜればきれいになる、赤ん坊に飲ませれば病気も治るって」
「へぇー!すげえもんだな、そのイーエルティーってのは」
「ELTじゃなくてEM菌!ありがとうって伝えてる場合じゃないんだよ」
「他には何かあるか?」
「あと、赤ん坊には蜂蜜がいいんだって」
「なるほど、甘えし栄養もあるしな」
「でもね、あたし昔『蜂蜜には危険な菌がいるから赤ん坊には食べさせるな』って聞いたことがあってね」
「なんだって、それじゃ駄目じゃねえか」
「奥さんに聞いたら『それ、本当はEM菌だから大丈夫』って」
「はー、EM菌ってのはどこにでもいるんだなあ。他には?」
「あと、子育てに疲れたら、水素水てのがいいんだってさ」
「水素水?あ、そのペットボトルのやつか。……ただの水にしか見えねえがなあ」
「なんでも、水素がたくさん入ってるから、飲むとしゃっきり疲れが取れて、若返りの効果もあるんだって」
「ふうん……するってえと、おめえはまだ飲んでねえな。いつもどおりしわくちゃで、若返ってるようには見えねえ」
「余計なこと言うんじゃないよ!」
「他には?」
「赤ん坊って、這えるようになると熱いもんにぶつかって火傷することがあるだろ?」
「まあ親が気をつけなくっちゃいけねえもんだが、ついうっかり、ってことはあるだろうな」
「そういう時は、火傷したとこを温めるといいんだって」
「へぇー!俺はてっきり冷やすもんだとばっかり」
「そうなんだよ、でも今はそれが常識なんだって」
「でもよ、そんなことしたら、水ぶくれが破れて変な菌が入ったりしねえか?」
「『それもEM菌だから』って」
「これもEM菌かよ!?すげえな、全部EM菌じゃねえか!にしてもいいこと聞いたな、誰かに教えてやりてえもんだ……おっ、そうだ、八っつぁんのとこはガキが産まれたばっかりだ、ちょうどいいや教えてやろう」
「お待ち、教えてあげるのはいいけど、あんたそそっかしいんだから。今言ったこと、ちゃんと覚えてるのかい?」
「当たり前だいべらぼうめ。いい演技がミョウガを生やして、吹奏楽が詰まりを取って、赤帽には吉日で焼き芋は明日見る」
「まるで違うじゃないのさ。EM菌が病気を治して、水素水が疲れを取って、赤ん坊には蜂蜜、火傷は温めるんだよ。ああそれと、八っつぁんとこ行くならこれ持ってっとくれ。お祝い渡しそこねてたからね」
「おう、水素水か。こんないいもんやっちまっていいのか?」
「いいのいいの、こないだ贔屓の歌舞伎役者さんの披露宴行ったら、引き出物で水素水生成器もらったから」
「ふうん、ならいいか。じゃあ行ってくらぁ!」

ドンドンドン(戸を叩く)
「おーい!八っつぁーん!八っつぁんいるかーい!」
「おう、なんだ熊さんじゃねえか。どうした?」
「いや、お前んとここないだガキが産まれたろ。それでいい育て方をうちのおっかあに聞いたからよ、おめえにも教えてやろうと思って」
「へえ、熊さんにしちゃ気が利くじゃねえか。そういうことなら大歓迎だ、上がっとくれ」
「邪魔するよ、と、おかみさんは台所かい。おめえにはもったいねぇ、働き者のおかみさんだな」
「へっへっ、ありがてえ話だよ。で、いい育て方ってななんだい」
「おう、まずはこれよ」
「なんだよ、ただの水じゃねえか」
「ただの水に見えるがそうじゃねえ。なんとこの水には、水が入ってんだ」
「水に水入れたって水だよ」
「いやそうじゃなくて、すい、すい、すい……」
「すいすい金魚でも泳がせるのか?」
「いや金魚じゃなくて……あのー……そう、金魚。ほら、金魚がいる場所だ」
「池か」
「そうじゃなくって、祭りなんかで金魚をすくうだろ。すくった金魚がいるのは」
「ビニール袋」
「ビニール袋に入れて、家に帰ってから」
「金魚鉢」
「それもいいけど、もっと本格的に飼うと」
「アクアリウム」
「おめえわざとか?」
「おめえがぱっと言わねえからだろ!」
「アクアリウムの入れ物だよ!」
「アクアリウムの入れ物って、そりゃ水槽だろう」
「それだ!水素が入ってんだ!」
「お前、水素を思い出すのに金魚から要るかい」
「水素が入ってるから、普通の水よりいいんだ」
「へえ、理屈はわからねえが面白いね、赤ん坊に飲ませてやろう」
「おう待て待て待て!水素水は若返りの効果もあるんだ!赤ん坊に飲ませたらおかみさんの腹に戻るぞ!」
「そんな馬鹿なことあるかい」
「まあまあ、他にも色々聞いてきたんだ。例えばだな……」
「キャッ!お、おまいさん!ちょっと来とくれ!」
「な、なんだあ!?台所の方から、おかみさんの声だぜ!?」
「おうおうおう、どうしたおっかあ!」
「あ、あの、うっかり鍋に触っちまって……!」
「てえへんだ、冷やせ冷やせ!ああ、でもこりゃ火傷が痕になっちまうかもなあ……」
「ん?火傷?火傷なら新しい治し方を聞いてきたぞ!」
「何、熊さんそりゃ本当か!すまねえ、手当してやってくんな!」
「えーっと、えーっと、火傷は……そうだ、蜂蜜だ!こうして蜂蜜を塗って、と……」
「なるほどなあ、蜂蜜を膏薬代わりにするのか。確かにこりゃ効きそうだ」
「ありがとね熊さん……ああ……暑いところにずっといたからかね……なんだか頭がぼーっとしてきたよ……」
「火傷の次は病気か!熊さん、おっかあについててやってくれ!俺は医者呼んでくる!」
「病気……病気も治す方法聞いたぞ!病気は、えーっと……そうだ水素水!それ飲ませてやんな!」
「これか!よし、おっかあ飲めるか!……おお、顔色が戻ってきた。奥で横になってな、後は俺がやらあ。」
「はあ、一安心だな」
「いやあ、熊さんのおかげで助かったよ、本当にありがとう」
「よせやい。しかし本当にいい知恵だなあ。俺もたまにはアルミホイル巻いてみた方がいいのかね?」
「なんだい?」
「いやなんでもねえ。それより何か聞こえねえか?猫が踏み潰されたような、セミがぶん回されてるような」
「赤ん坊が泣いてんだよ、ひどい例えをしやがるね。よしよし、どうした?腹ぁ減ってんのか?」
「赤ん坊に食べさせるもの、何か聞いたな……EM菌だったか」
「なんだそりゃ」
「なんだったかな、田んぼがどうとか、米がどうとか……」
「田んぼの米?新しいのが米びつに入ってら」
「おうちょうどいいや、台所借りるぜ。あと水がどうとかも言ってたな。とにかくやってみるか。水に米入れて……煮立たせて……菌ってくらいだから軽いよな。上澄みだけ集めて……よし出来た!八っつぁん、これ飲ませてやんな」
「ほー、これがEM菌かい。なんだか重湯そっくりだね。お、飲ませ方も重湯と同じでいいみてえだ。はは、美味そうに飲んでやがら」
「子供は、となりで笑っていてくれるのならばこれ以上他に何も要らない、なんて言うけど本当だね」
「ん、もう腹一杯か?おうそうかそうか。一杯食って大きくなれよおめえ。飲みたきゃいつだってEM菌飲ませてやるからな。あ、もう寝てやがら。子供ってな罪がないねえ。はあ、なんだか俺もどっと疲れたよ」
「疲れた?疲れには……温めるのが効くんだったな。おめえ湯屋にでも行って温まったらどうだい」
「おう、熊さんにしちゃいいこと言うね。そうさせてもらうよ。今日は本当に助かった。今度一杯奢らせてくれ」
「一杯と言わず、二杯でも三杯でも」
「馬鹿言っちゃいけねえ」

「今帰ったぞ」
「おかえんなさい。どうだった?」
「どうもこうも、おめえに教えてもらったのが全部ぴったり効いて、八っつぁん大喜び。今度酒を奢らせてくれ、なんて言われっちまった」
「そりゃあ良かったね。どうやったんだい?」
「おめえから教えてもらったとおり、火傷には蜂蜜、病気には水素水、赤ん坊の飯にはEM菌、疲れたら温める」
「まるであべこべじゃないか!火傷は温める、病気にはEM菌、赤ん坊には蜂蜜、疲れたら水素水だよ!まったく、なんだってそんないい加減なことしたんだい!」
「そりゃあおめえ、代替医療だっていうから、だいたいでやったんだよ」