人生のコンシェルジュ
お疲れ様です
皆様お元気にされておりますでしょうか?
今日は不思議と神戸青年会議所の方々の来店が多い一日でした。
しかもだいたい同じ時間帯にいらっしゃいつつも、ニアミス的な感じでして
あら、いらっしゃい先ほどねAさんがね。
あら、いらっしゃい先ほどBさんがね。
あら、いらっしゃい先ほどねCさんがね。
そんなリレーが行われ最後にお米屋さんの「いずよね」の川崎さんが納品にいらっしゃり
納品後の世間話の中で
川崎さんとも面識のあるAさんが新しい支店に
転勤なされる話を何気なくしたわけです
僕
「Aさんが新しい赴任地の地の利を知らないため
川崎さん誰かその方面に知り合いいませんかね?」
川崎さん
「あ、いますよ、じゃあセッティングしますね」
何気ないことと感じるかもしれませんが
二つ返事をするところがすごいんです
前も書いたかもしれませんが
人脈が広いことを自慢する人はたくさん知っていますが
大体そういう人って人脈を他人にあげないといいますか
やたら、もったいぶったり恩着せたり
「紹介してよ」と頭を下げても「そのうちね」で終わる人がほとんどなんですよね
「水やお金と一緒で人脈も動かさないと腐るのにな」
とか思ったり
「会う人々によっていちいちキャラクターを変えてるのかな?」
とかんぐってしまいますが
山ほど知り合いのいる川崎さんはそうじゃない
こんな人知りませんか?
こんな店知りませんか?
こんな情報知りませんか?
すべての問いかけに対しタイムリーにそして必ず答えを導き出してくれるわけなんです
それが僕の友人つまりほぼ他人に対してでも即座なんですね
多くの人が自分の時間を割くのに必死な中
他人のためにメリットがないのに時間を費やす
これできる人ってなかなかいません。
世の中希薄で何の情緒も義理もないなと思うことが多々ありますが
そんな中川崎さんのこの人間関係に対する真摯な姿勢を見るたびに
「世の中捨てたもんじゃないな」
と思うわけです
僕は友人が決して多くありませんが
少ない中でも人生のコンシェルジュな仲間たちが多くて幸せです
いつも感動をありがとうございます
そんな話
追伸 ゴクウ元気か?
とちくるうだうん
お疲れ様です
今週もまたあけてしまいましたね。
今週どころか今年もはや4分の一が過ぎようとしておりますが
皆様いかがお過ごしでしょうか?
例年のパターンなのですが
弊店は二月が忙しく三月が極端に暇になります。
三月は期末であったり何かと物入りでサラリーマンのかたがたの財布が
ぎゅっと締まるのでしょう。
やれ入学式やれ卒業式、やれ新社会人の研修になんやらかんやら
加えて月半ばなので皆様は更なる金融引き締め政策を実施し
いったい株価2万円目前の余波はどこにいっているのかまったく分かりやしません。
加えてさきほど税理士の先生から電話があり
今年の消費税の金額を知らされました。
ぐふ
さすがに8%になったんだなぁと改めて実感し
先生からは「しばらく飲みにいくのやめたらいかがですか」と忠告されまして
素直にそうですねと心の中でつぶやきました
世の中の零細企業経営者の皆様はきっと同じ思いをされていると思います。
以前でしたら僕の懐が冷え込むこの時期
いやいや 個人が金を使わなければ町の景気はよくなりまへん
金は天下の回り物
なんて嘯いていましたが
最近はそんなミッションを感じることがなく極力目立たぬように付き合いを減らし
ただただ温泉に行き安酒を買い込み家で読書しながら経済的に生きております
これは安い!
嘯いていた僕でさえそうなんですから
世の中はもっとシビアになって当然なんですね
政治家の皆様、大企業の皆様、大手メディアを含めた意識と
われわれ末端の意識があまりにも乖離しすぎていて
なんとなく第二次世界大戦末期の情報統制ってこんな感じだったんだろうな
特に渡辺新聞。
ひどい。
っまいいや
そんな中でも唯一 アエラのぐっさんのコラムだけがなんだか信頼できそうな気がするのですが
日本が「国内のみのロシア化」しているので狙われないように気をつけてもらいたいものです
あるごぜんりずむ
お疲れ様です
今日の神戸は朝から曇りで夕方からしとしと雨が降っており
なんだか町中に負け組な雰囲気が漂っていますが
皆様いかがお過ごしでしたでしょうか?
昨夜は早いこと布団に入ったせいか
今朝は4時に目が覚めてしまい
普段なら再び寝るためにコップいっぱいの焼酎を飲むのですが
なんだか勉強したくなり
布団に包まりながら学習塾を経営する友人がプレゼントしてくれた
中学生向けの数学の問題集のチャプター1をといておりました
数学と接するのは20年ぶりでしたが
うれしいことに正解率は9割を超えまだまだ俺もできるじゃないかと一人悦に入っておりました
なぜ数学の問題集をやりだしたかというと
何年か前に元電通の佐藤雅彦さんが記事の中で
「仕事上がりの帰宅後は必ず数学の勉強をする」
とおっしゃっておりまして
その感覚とはどうゆうもんじゃろと思っていたのですが
最近それをふと思い出し今朝やってみたしだいであります
さきほども申し上げたとおり社会人になって
いな大学に入ってから数式にまったく触れていない僕にとって
大学時代から現在に至るまでいわゆる玉虫色な問題に接してきました
たとえば恋愛から始まり卒論や就職活動や営業方法や結婚、仕事にいたるまで
すべてにおいてすべての答えがあるわけではなく
今日正解だったことが明日には不正解になっていたり
今日悪だったことが明日には正義になっていたり
清濁併せ呑んだり
そんなこんなですっかり中庸な38を迎える大人にとって
この数学というものは
世のなかに不変的なものとしてのものがあるという
青春の日々の感覚を
再度取り戻させてくれるものでした
その作業中はまったく孤独な感覚になるのですが
そこがまた陸上選手にあるあるダンディズム的なね
100%文系の僕の周りの理系な友達たちは
僕のことを常々理屈っぽいっといっておりますが
この「答えはひとつ」環境に身を置いた彼らが
そつなくスピーディーに理屈抜きに仕事をこなす理由もわかり
「あーでもないこーでもない」という僕に彼らがいらつく理由もわかり
かつて不思議に思った「帰宅後に数学の勉強をする佐藤さんの気持ち」も少しわかりました
気晴らしにおすすめです、ぜひ