久しぶりの「テト」 | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

2005年8月までの約5年8ヶ月勤務したベトナムの旧い友人に「久しぶりのテトは如何ですか」と誘われ、18日から23日までベトナムに行った。

実家福岡からもベトナム便があるが、今回は福岡から成田経由ホーチミンのJAL便を使った。

福岡から成田へはJAL・ジェットスターの共同便。

ジェットスターの機材。

外国人の団体さんの数が多いな~と思いながら搭乗すると、私の予約席にはすでに人が座っている。

どうもダブった様だ。

客室乗務員さんに、ここに座って待っててくださいと空いている席に案内される。

搭乗券は持っていかれた。

最終の搭乗者が乗り込んできても、まだ席が決まらない。

どうも団体の外人さんとダブっていたみたいだ。

JALとジェットスターの予約システム間で情報のやり取りにミスがあった?かな。

今回の旅は幸先が悪い?

一寸そんな予感がかすめる。

成田のJALカウンターでチェックインをする。

その時、受付の方が

「今日の便は満席に近い状況です。通路側の席なら前方の席もご用意できますが…」

と案内された。

どうせ預けた荷物を受け取るまでに時間がかかるから、事前予約の後方の席のままにしてもらった。

搭乗して自分の席に座る。

確かにほぼ満席状態。

しかし、日本人の姿は皆無。

ベトナム語が飛び交っている。

ベトナム航空との共同便だから、ベトナム人が多いのは問題ではないが、えらく多いように思えた。

出発時刻が遅れるというアナウンス。

夕方のこの時刻に20~30分の遅れは仕方がないなと思う。

結局、1時間強の遅れで成田をテイクオフ。

タンソン・ニャットには、予定時刻より30分遅れで到着。

どうせ何時ものように外人用のイミグレは長い列だろうと思いながらイミグレに…。

おいおい、どうしたの!

外人用のブースはガラガラ、ベトナム人向けのブースは長蛇の列!

「テト」で帰省しているベトナム人なんだ、この列はね…。

イミグレを通過し、荷物の出てくるターンテーブルに降りて行く。

ほとんど人がいない。

荷物が出始めた。

オイオイ!

大きな段ボールの箱ばっかり。

それを引き取る乗客がまだ来ていないので、ターンテーブルの上に乗ったまま。

従って、次の荷物がターンテーブルに出てこれない。

ここでやっと理解できた。

今日のフライトは、アメリカン航空も共同便になっていた。

機内にいたベトナム人は米国からの帰省客だ。

そしてこの夥しい段ボールの荷物も彼らの荷物なんだ。

成田からホーチオミンまで、偏西風という逆風のなか満席の乗客と腹一杯の荷物を積んだJAL、B777は、エンジン全開で必死に飛行したのだろう。

ご苦労でした。

次回は分からないが、テトの時期、ベトナムに旅行する機会があれば、JALは避けたほうがよさそうだ。

久しぶりのホーチオミン市、丁度テト・カウントダウンの花火が終わったところ。

そこをタクシーで通過したが、ものすごいバイクの数だった。

翌日は、バイクの音もほとんど聞こえず。

静かなホーチミンの朝。

ベトナム・コーヒーを堪能した。

やはり、アジアは月齢の旧正月なんだろうね。

季節感とか、生活感とかから言えばだが。