9頸椎狭窄の90歳になる母親の介護生活も1年半を経過した。
主治医から勧められた手術を「そこまでして長生きはしたくない」と捨て台詞。
主治医からは、
「ご自分の病気を理解できていないと思います。これからは医療の世界でなく、介護の世界ですね」
と宣告された。
コレステロール、高脂血症、メヌエルなどで以前から内科にもかかっている。
その内科医院に診察に行った。
「特段悪い処はないが、薬は引き続き飲みましょう。ただ、一人で動くことが出来ないから、メヌエルの薬は必要ないので止めましょう。介護は大変ですからヘルパーさんを頼むと良いですよ」
と言うことだった。
しかし、母親はヘルパーを頼まなくても良いと言う。
そこまで悪くはない。自分で動けるようになるまで、手を貸してくれればいいと。
それから1年半が経過した。
先週までは、毎晩のように風呂に入っていたが、今週になって急に「風邪気味だから、風呂には入らない」と言い出した。
1日もすればまた風呂に入ると言い出すだろうと思っていたが、そうはならない。
それどころか体温計で体温を測り始めた。
「36度5分~6分」
やっぱり熱がある。
風邪に違いないと言う。
用を足したり、オムツの交換をする時に、匂いがし始めた。
「匂いがきつくなったから、風呂に入るか、タオルで拭いた方が良いのでは」と聞く。
「そんなことはない」と言い張る。
まあ、良いか、そのうち「風呂に入る」と言うだろうと諦めた。
夕食の準備をして食べようとしたら、
「私は腹が空いていない、夕飯はいらない」と突然言い出した。
「後で食べれば」と弟を先に食べた。
弟が、腹が減っていないか?食べないか?と聞いても「腹が減っていない」と言う。
暫くして、また弟が
「どうして食べないのか?」
と聞くと
「飯を食うと、臭い臭いがするから、食べない」
と言う。
それを聞いた弟は、
「兄貴が作る飯が臭くても食べないと仕様がないよ。自分が入っていた病院の飯なんか、物凄い匂いがして食えるもんじゃなかった」
と、全く支離滅裂はことを言い出す。
母親は、昼間私が言ったことに反応してハンガーストライキをうったのだ。
最近、夕方になると昔話を良くする。
それも出てくる親戚や友人の「悪口」だ。
だんだん、認知症が頭をもたげているのだろう。
さあ、どうするかだね。
後藤静香(ゴトウ・セイカ)の詩を思い出した。
「第一歩」
十里の旅の 第一歩
百里の旅の 第一歩
同じ第一歩でも 覚悟が違う
三笠山にのぼる 第一歩
富士山にのぼる 第一歩
同じ第一歩でも 覚悟が違う
どこまで行く つもりか
どこまでのぼる つもりか
目標が その日その日を 支配する
「目標」がなければ、いくら平凡な毎日毎日の生活であっても、その意味は不透明だ。
90歳で頸椎狭窄の母親の「目標」は何だろう?
何を大切に、一日一日を生きているのだろうか?
朝から晩まで、支離滅裂な話を延々とする息子の行く先を、心配しているのだろうか?
母親だから、病気の息子のことを心配しないはずがない。
しかし、一切の対策を講じた形勢がない。
唯一、弟の名義の銀行預金があるだけだ。
しかし、当の本人は銀行が自分の預金を盗もうと狙っている、信用できないと信じ込んでいる。
母親が去った後、自分一人で生活するという事態を想像することも、この病人には無理なのかもしれない。
あまたの中は「昔のこと」で一杯のようだ。