目標のない毎日とは… | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

9頸椎狭窄の90歳になる母親の介護生活も1年半を経過した。

主治医から勧められた手術を「そこまでして長生きはしたくない」と捨て台詞。

主治医からは、

「ご自分の病気を理解できていないと思います。これからは医療の世界でなく、介護の世界ですね」

と宣告された。

コレステロール、高脂血症、メヌエルなどで以前から内科にもかかっている。

その内科医院に診察に行った。

「特段悪い処はないが、薬は引き続き飲みましょう。ただ、一人で動くことが出来ないから、メヌエルの薬は必要ないので止めましょう。介護は大変ですからヘルパーさんを頼むと良いですよ」

と言うことだった。

しかし、母親はヘルパーを頼まなくても良いと言う。

そこまで悪くはない。自分で動けるようになるまで、手を貸してくれればいいと。

それから1年半が経過した。

先週までは、毎晩のように風呂に入っていたが、今週になって急に「風邪気味だから、風呂には入らない」と言い出した。

1日もすればまた風呂に入ると言い出すだろうと思っていたが、そうはならない。

それどころか体温計で体温を測り始めた。

「36度5分~6分」

やっぱり熱がある。

風邪に違いないと言う。

用を足したり、オムツの交換をする時に、匂いがし始めた。

「匂いがきつくなったから、風呂に入るか、タオルで拭いた方が良いのでは」と聞く。

「そんなことはない」と言い張る。

まあ、良いか、そのうち「風呂に入る」と言うだろうと諦めた。

夕食の準備をして食べようとしたら、

「私は腹が空いていない、夕飯はいらない」と突然言い出した。

「後で食べれば」と弟を先に食べた。

弟が、腹が減っていないか?食べないか?と聞いても「腹が減っていない」と言う。

暫くして、また弟が

「どうして食べないのか?」

と聞くと

「飯を食うと、臭い臭いがするから、食べない」

と言う。

それを聞いた弟は、

「兄貴が作る飯が臭くても食べないと仕様がないよ。自分が入っていた病院の飯なんか、物凄い匂いがして食えるもんじゃなかった」

と、全く支離滅裂はことを言い出す。


母親は、昼間私が言ったことに反応してハンガーストライキをうったのだ。

最近、夕方になると昔話を良くする。

それも出てくる親戚や友人の「悪口」だ。

だんだん、認知症が頭をもたげているのだろう。

さあ、どうするかだね。

後藤静香(ゴトウ・セイカ)の詩を思い出した。

「第一歩」

十里の旅の 第一歩

百里の旅の 第一歩

同じ第一歩でも 覚悟が違う


三笠山にのぼる 第一歩

富士山にのぼる 第一歩

同じ第一歩でも 覚悟が違う

どこまで行く つもりか

どこまでのぼる つもりか

目標が その日その日を 支配する



「目標」がなければ、いくら平凡な毎日毎日の生活であっても、その意味は不透明だ。


90歳で頸椎狭窄の母親の「目標」は何だろう?

何を大切に、一日一日を生きているのだろうか?

朝から晩まで、支離滅裂な話を延々とする息子の行く先を、心配しているのだろうか?

母親だから、病気の息子のことを心配しないはずがない。

しかし、一切の対策を講じた形勢がない。

唯一、弟の名義の銀行預金があるだけだ。

しかし、当の本人は銀行が自分の預金を盗もうと狙っている、信用できないと信じ込んでいる。

母親が去った後、自分一人で生活するという事態を想像することも、この病人には無理なのかもしれない。

あまたの中は「昔のこと」で一杯のようだ。