菅兵衛に尽きた年だったかな? | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

今朝の西日本新聞23面に、「今も生きる藩祖の教え」と言う記事が出ていた。

如水の教え4つを紹介している。

現在にも通じる教えだそうだ。

時代は変わっても人間の生き様、本質はそんない変わらないと言うことかな。

1)我、人に媚びず、富貴を望ます。

 私心、私欲がないから秀吉にも意見が出来た。
 また、心穏やかに、自分の信念や哲学を貫く性分。

2)主君の罰より臣下百姓の罰恐るべし
 
 領国統治の心構えを示す言葉。
 一揆で滅んだ国や、家臣に裏切られて滅んだ人を教訓にしているらしい。
 如何にも情報通だった官兵衛らしい言葉だそうだ。

 長男、長政に残した言葉とも。
 上に立つ者は下の者への感謝を忘れないことが大事としたものという解釈もある。
 上司の顔色を窺い、失敗を部下のせいにする人がいるが、自分を支えてくれる人を大切にする
 ことは、自分自身をも生かすことにつながった。

なるほどね、しかし、現実はなかなか出来なんだよね。
私利私欲の程度の問題だけではないまのなあ。
特に、組織での地位が上になると、当然それに伴う「権力」も強くなるけど、裏腹の「責任」は
結果を見てどうにでも理屈が付けられるし…。
時代が変わっても、人の本性はあまり変わらないと言うことの典型だね。

3)子の「かしずき」とする士の人物をよく選ぶべし

  「かしずき」とは?
  こどもの養育、教育係のことだそうだ。
  朱に染まれば赤くなるというから、周囲いる人間、とくに教育係り、影響を及ぼす人物の
  大切さのこと。

4)おもひをく 言の葉なくて ついに行く 道はまよわじ なるにまかせて

  「思い残すことはない」と言う時世の句。
  自分がどのように行動したら世のためになるのか、との視点があったそうだ。

官兵衛ドラマが時代に受けた分析があった。
  
足が不自由な官兵衛は、力強さを求める高度成長期には迫力不足だったが、共生や成熟が求められる現代には彼の生き方がハイライトされ受け入れられると。

「文武は車の両輪の如く、一もかけてはかなひがたきよし」と言う言葉も残している。

現代の危機管理の大切さに繋がる言葉だそうだ。

「治世に武を忘れず、乱世には文捨てざる」と続く。

ものごとが治まっているときに、もし世が乱れたらどうするかを考える。

世が乱れているときこそ、心を落ち着ける。

官兵衛は両方ができた点が大将の器だったのだそうだ。