新展開か? | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

月一回、弟は主治医の診察を受けにクリニックに行く。

行く数日前から、自分の病気は治ったとか、薬は飲まなくても良いと医者が言ったとか、もうクリニックに行かないで済むんだみたいな話を始める。

先月は、それでも渋々行ったが、休診日が変更になっていて、結局、無駄こいた。

翌日、私が3か月ぶりに自分の家に帰るので、母親に言われて、私を駅に送ってそのままクリニックには行った。

今月はどうするかと思っていたら、私に「何時が休診日だったかね?」と聞いてきた。

自分のことだから、その程度のことは解っているのではと思うが、…

仕方がないね。

「明後日が休診日でしょう」と言うと、

「明日じゃないか?」

と言う。

先月のことを話して、「明日なら休診日ではないから行けば」と言っておいた。

翌日、クリニックに行った。

帰って来て少し気分が良いのか陽気になっている、

「どうだったか?」と聞くと、

「何時もと同じだった」と言う。

クリニックに行ったついでに、デパートの地下に行き、珍しいものを買って来たと言う。

カツオの塩辛と豆腐の味噌漬け。

珍しいものを買ったと言うより、衝動買いじゃないかと思う。

夕方、母親が

「今日病院に行ったんでしょう、先生はどうだった?」と聞いた。


「先生が診察中に口から泡を吹いて、救急車で運ばれた。あの病院は、もうやっていけないのではないか」

と言い出した。

そんなことがあったなら、私が聞いたときに何故言わなかったのか?

と思う。

夕食後に母親が、また

「救急車で運ばれた先生は大丈夫かね」

と言うと、

弟は

「誰が救急車で運ばれた?」と聞き返した。

母親が

「アンタをみてくれていた時に、あの先生が救急車で運ばれたと言ったじゃないか」

と言う。

「ああ、デパートに買い物に行ったら、救急車がクリニックの方に行ったので、そうじゃないかと思っただけだ」

と答える。

おいおい、全然話が違うじゃないか?

そうだね、君は「病気」だった。

しかし、いくら「妄想」「幻覚」「幻聴」と言っても、いままでこういう話はしなかったが。

相当に症状が悪化しているのか?

それとも、この程度のことは老化現象と一緒になって頻繁に起こるのか?