煮ても焼いても | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

小学校の同窓会での話題は、高齢な親の介護話。

何かと大変だと言うことだが、既に親を見送った同級生からは、「亡くなったら寂しいよ」と言う
話があった。

私の場合はそういう気持ちにはならないと思っている。

今日は、医者が母親の往診に来てくれる日。

11時過ぎに医院から電話があって、母親の様子を聞いてきた。

電話を切って、後で往診に来てくれると伝えると「どこも悪くないからこなくても良い」と言う。

リハビリと組んである往診だからと、また前と同じ説明をしないといけない。

一応納得するが、今度はベッドの布団を綺麗にしろ、テーブルの上を片づけろ、玄関を開けろ、などなど指図が始まる。

そのうち上着を脱ぎ始める。

医者が来るのは11時半過ぎだから、慌てないで良いと言うが、ちゃんと準備していないと、恥をかくのはアンタたちだと。

前回の採血の結果、「いたって健康ですよ」と医者から話があった。

医者が帰った後に、血液検査の結果は良かったねと言うと、「あの医者の言うことは信用できない」と言う。

更に、

「病院が増えて、患者が減ったから、往診でもしないと病院をやっていけないだけだ」

それで話が済まない。

以前、かかっていた整形外科の先生に話が飛ぶ。

「長崎大学の医学部まで行った人が、ここで病院を開くのはオカシイ。

きっと何か訳があるに違いない。

きっと、奥さんの実家がここで、金持ちだから病院が開業できたんだろう。

その程度の医者だ。」


90歳と言う高齢から来る「認知」なのか、それとも「三つ子の魂100まで」なんだろうか?

寂しい気持ちになった。

煮ても焼いても食えないと言うことを今日もまた思い知らされた。