これが「統失」ね、今更でもないが | 『昭和23年に生まれて』のブログ

『昭和23年に生まれて』のブログ

堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

63歳の弟の病歴は長い。

今は亡き父親がまだ現役の時に初めて診察を受けた。

私は、大学の4年、彼は予備校だった。

父親からは、弟のことは心配しないで良いから、自分の道を行けと言われ、東京の会社に就職した。

大学病院で診察を受けた結果では、心配することもない、適切な治療で治ると母親は安心していた。

それから45年経過して、彼の病気は「固まっている」と主治医は言う。

弟の病院歴も45年になるが、この間保険適用をせず100%自己負担でやって来たと驚かされた。

母親の話では、発病当時は父親の会社の健康保険適用だが、会社に息子の病気が漏れると社会的に困るからと言う判断だったらしい。

直ぐに治ると言われたこともあって、そうしたのかもしれない。

彼は9年かけて大学を卒業し、就職するが長続きしなかった。

父親が面倒を見た中小企業の社長に頼んで就職し、そこに26年勤務した。

そこでも100%自己負担だった。

理由は同じで、会社に病気のことがバレルからだ。

8年前に退職し、国民保険になったが、それでも100&自己負担を継続。

理由は、近所に市役所勤務の人がいて、そこから病気のことがバレルからだ。

すべて母親の認識と判断。

1年前に手足の自由が効かなくなった母親の介護で実家に戻り、この話を聞いて保険適用にするように話をしたが、世間体とか何とか言って拒否。

先月、やっと保険適用にすることになった。

3割負担だから、弟本人も支払いが激減して驚いていた。

ところが、最近こういう事を言い出した。

「いままで病院と薬局に治療費をぼられていた。人の病気でそういうことをやる医者はダメな医者だ。薬局もグルになっている。以前は病院で薬を出していたのに、薬局にしたのもそういうことだったんだ。人を馬鹿にしている」

これが病気の実態だ。

今更思い知らされたが。

癌で言うところの、「末期的症状」だろうか?