また、"勝手にしたら"と思わせられた | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

腸炎で入院したのを切っ掛けに、リハビリを希望するのでケアマネさんを紹介して
もらい、ケアプランを作成してもらった。

月に2回往診をしてもらう計画も組んでもらえた。

ところが、母親は



「その病院は医者が良くない、看護婦が良くない。

自分が長くかかっていたのは内科だ。

あそこは外科。

膝で行く整形と同じだから、私の病気が解るはずがない。

内科の先生は国立大の医学部を出ているが、今度の先生は私大らしいから危ない。

あんたは、ここに住んでいないから、その辺のことが分かっていない。

金儲けをしようとしている人たちに良いように利用されている。

あの病院もはやらないから、往診とかやることでやっと生き残っているだけ。」

と言い出す。


何回も説明しても、理解できないみたいだ。

外科だけでなく、胃腸科もやっている医院だから何の問題もない。

母親のかかっていた内科の先生とは、連絡を取って話をしているそうだ。

内科の先生の話では、投薬だけで特段の治療は必要はないと。

だから医院を変えても何の問題はない。

なにより二ヶ月に一回、母親を医院に連れて行く方が大変。

この前までは、薬をもらうから医者に行かないとと言うと、

今日は天気が悪いから、

今日は糖尿病の患者を特別に診断する日で長い時間待つから、

病気を移されたら困るから

と行かない理由を付けていた。

確かに、冬場は風邪やなにかを移されても困る。

往診してもらえれば、こっちの負担も少なくなるから、願ったり叶ったりだ。

しかし、母親のがまた我が儘を言い出すと、こっちも

「勝手にしやがれ!」と言いたくなる。

今回は、心の中で言わせてもらった。

いくら話をしても理解できないというか、私の言うことを信用していない。

軽度の「認知」何だろうと思って聞き流す。

こう言うことを、繰り返しながら、そのうちに私にも手が負えなくなる時が来るのだろ。

今日のニュースで、百歳以上の老人が五万数千人と言っていた。

女性が五万以上で男性が数千人。

いや皆さんどんなお世話をしているのでしょうか?