久しぶりに学校の先輩と夕食をした。
お袋の介護生活では、外で食事をすることがこの半年数えるまでもなく「ない」。
母親の世話も大変だと言う話から、先輩のお母さんの話になった。
先輩の妹さんが、母親の世話をしていたが、遂に体を壊したそうだ。
結局、施設に入居することになったそうだが、それもすんなりとはいかなかったらしい。
先輩に言わせれば「煮ても、焼いても食えない」と。
話を聞けば聞くほどに、我が母親とうり二つだ。
先輩のお母さんも大正13年生まれだそうで、どうもこの時代の女性には共通した人生観があるのかもしれない。
私も、お袋に「そろそろ親父が迎えにくるんじゃないか?」と聞いて、「そんなことを言うもんじゃない。自分が私と同じ歳にならんと解らんかもしれないが」と偉く叱られた。
その話をすると、先輩も同じような経験をしたそうだ。
お母さんに「いままで長生きしてきて良かったね」と言ったところ「私は100まで生きるつもりだ」と答えたそうだ。
それを聞いた先輩が「えっつ、100までも生きるつもり、それは大変だ」と言ってしまい、怒られたのだそうだ。
家に帰って、同じような人の話を聞いたとお袋に聞かせたら、
「私はそんなことはない、その人は相当に変わっている」
のだそうだ。
大正13年生まれ。
青春時代は戦争だった世代だ。
絶滅危惧の世代に違いないが。