NHKのラジオ番組に「深夜便」というのがある。
寝つきが悪い時や、朝早く目が覚めた時に聞くことがある。
医者で作家の久坂部洋氏が「明日へのことば」で、医者でもあった父親の最期を語っていた。
タイトルは「医者の父が目指した”明るい最期”」。
話のイントロで父親の幼少時代に触れていた。
「一人っ子」だった。
自分の家に競争相手がいないので、「競争」に弱かった。
兄弟の多い従兄弟の家に遊びに行くが、そこでの「競走」には勝てない。
負けて悔しい思いをするのだが、訓練をしていないから勝つことはない。
そこで彼が考えたのが、「勝ちを譲る=負け」と言うことだった。
欲望・執着を抑えると、負けても悔しくないと言う事を悟ったとか。
この「欲望・執着」がキーワードに聞こえた。
医者だった父親は、自分の病気のことを解っていたらしい。
ヘビースモーカー、甘いものが大好きだったらしく、晩年は重度の糖尿病をわずらたそうだ。
人間はこの地球に棲む生き物である以上、「死」をいつかは迎える。
病院で何か治療をすれば、何らかの苦しみも増す。
面白いことに、人間は死を受け入れると死なないと。
「死」に対する無欲と言うことが肝要みたいだ。
末期は認知症を発病し、妄想が出ていた。
家族としては、「明るい妄想の環境」つくりをされたそうだ。
妄想の出た人を責めるようなことを言うと、「自分は認められていない」「嫌われている」と本人に不信感を植えつけてしまう。
「妄想」を否定すると険悪になる悪循環を作らない。
親孝行とは何か?
「親が望むことをやってやること。
子供が考えた「親に良いこと」ことをやることではない」のだそうだ。
「有難う、幸せな人生を」
これが最期の言葉なら、きっと素晴らしい人生と話を締め括った。
私の父親も既に他界している。
肝臓癌だった。
モルヒネで痛みを散らすしか無い状態になり、家族にできることは痩せて細くなった手を摩ること。
肺に転移しており話ができない。
筆談用のホワイト・ボードを取ってくれと合図をする。
取ってやると何かを書いた。
「死にたくない」
だった。
私の父親は、生きると言うことの欲望・執着が抑えきれていなかったのだろうか…。
フト思った。
15年ほど前の思い出である。