「馬」か「午」か | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

来年は「馬」年。

干支の暦では「午」と言う字だ。

この「午」と言う字である話を思い出した。

東北を旅行した時に、観光バスのガイドさんがしてくれた話しだ。

東京から新幹線で仙台まで行き、そこから高速東北道で岩手、秋田をめぐるバスツアーだ。

ただ、観光バスは岩手のバス会社。

仙台を出発してすぐ、ガイドさんが紹介したのが、「宮城と岩手は余り仲が良くない」という話。

確かにどこでも隣の県と親密な関係と言う話しは余りないが。

宮城と岩手の話しは、江戸時代以前にまで遡る話しだ。

宮城は「伊達藩」、岩手は「南部藩」。

両藩の境を決めようと言う話しになったが、その方法として「伊達藩」から提案されたのが
次の内容だったらしい。

「同じ日の同じ時刻に居城から「牛」に乗って出発し、お互いが出会った場所を藩の境とする」

南部藩もこの提案を受け入れ、「牛」で出発した。

ところが、伊達藩と南部藩が出会ったところ、伊達は「馬」で来ていた。

南部藩は、「牛」で出会った場所ならわかるが、「馬」では約束が違うと猛烈に抗議した。

伊達藩の答えは、書状をよく見て欲しいと。

南部藩がよく見るとそにあったのは「牛」ではなく「午」だった。

確かに縦の棒が突き出していない!

言ったかどうか解らぬが「ジェジェジェ」。

それ以降、南部の人は伊達の人間を信用しない様になってしまったと言う話しだった。

知恵もの「伊達」と言うことだが、同じ漢字を使う日中だが、似たような話が結構ありそうだ。