"If"物語は… | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

新聞記事から。


「シンガポールビエンナーレ」と言うイベントが開催されているそうだ。


今年で4回目になる。


テーマは、" If The World Changed" 、「もし世界が変わるなら」。


シンガポールは、英領だったが1963年にマレイシアと連邦を作って独立した。


1965年に分離独立して現在に至っている。


独立には民族対立など混乱が続いた経緯がある。


今回のテーマは、もし分離独立していなければということ。


マレイシアで仕事をした時の経験からすると、1965年のシンガポール独立までの経緯を聞くことが

あった。


現在のマレイシアは多民族国家だが、マジョリティはマレー人で60%超、華人は30%、インド系他が

10%。


もしシンガポールが分離独立してなかったなら、マレー系と華人系の比率が半々だったらしい。


マレー半島に多くの華人が住んでいるのは、英領として錫鉱山の労働力や港湾労働力として活用した歴史があるようだ。


インド系はゴム園労働者と言うことらしいが。


その末裔と、中国の共産化より大陸から脱出した人たちと聞いた。


一言で「華人」と言っても、福建系、広州系など様々な出身地らしい。


63年の英国からの独立の名残が、マレイシアの国旗にある。


マレイシアの国旗は、米国の国旗をパックた感じがするが、州の数を表すと言う模様の縞がある。


これが州の数より1本多い。


63年の独立時にシンガポールが一緒だった名残だが、今の説明は首都のクアラルンプール特別区を数えることでつじつまを合わせると聞いたことがある。


また、シンガポールを分離しても華人の比率が下がらない場合は、ペナン島を分離する計画も検討されたらしい。


多民族国家ならではの苦労話だ。


もし、シンガポールが分離独立してなければ、


りー・クアン・ユー首相も出てこなかっただろう。


シンガポールの経済発展もなかっただろう。


しかし、華人がマジョリティを持つ国家マレイシアの発展は遅れたかもしれない。