「風疹」という病名を聞く度に | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

風疹の勢いがおさまらない。

妊婦が風疹にかかるとお腹の子供が心臓や、聴覚機能に障害を持って生まれてくる危険性があるので
非常に恐ろしいね。

確かに昔は「三日麻疹」と言っていた。

「風疹」が原因だろうか、6歳下の弟は生まれながらに4つの心臓障害を持っていた。

医者からは小学校高学年まで持つかどうかと宣告されていた。

兎に角、少しは体を楽にするためか「漢方薬」を飲んでいた。

電力会社勤務の父親は、かなりの出費だったようで、我々兄弟に「無駄使い」を戒めていた。

お袋の話では、お腹にいる時に「三日麻疹」見たいな症状があった様だ。

医学の進歩が必ずあるということで、小学校に上がる前に、静脈血が逆流するのを防ぐ手術をすることになった。

当時、東京女子医大の榊原教授が、心臓関係の権威で、両親は東京へ行くことも考えていたようだ。

それよりも、今考えると、6歳の子供が良くぞ心臓手術を受けることを承知したと思う。

「元気」になれる/なりたいという気持ちがそうさせたのだろう。

手術自体は成功だったようだが、1ヶ月後に「敗血症」でなくなった。

手術に使った血液が原因だった。

当時は、まだまだ日本はそんなに豊かな国ではなかった。

手術に使われた血液は「売血」という血液供給のもの。

経済的に豊かになり、身の回りも便利なものが溢れる時代。

しかし、「風疹」という病名を聞く度に、ふと思い出す。