日韓の歴史 | 『昭和23年に生まれて』のブログ

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堺屋太一の名づけた『団塊の世代』のど真ん中、昭和23年生まれ。
自分の人生を振り返りながら、気の向くままの思い出話。

韓国バーに行った昔話。

昔々私が働いていた職場に、語学の達人がいました。

特別に勉強はしていないのだが、耳学問の天才、聴いて覚えるのだ。

偶にはどうですか「ハングルは?」と韓国バーに誘われた。

ママさんは韓国人だが、流暢な日本語を話すお店。

在日のようだった。

何度か行ったが、ある日一寸早かいかもしれないけど行きますかと、足を運んだことがある。

やはり早かったのだろう、店は伽藍としていて女の子の気配が無い。

兎に角、ビールを頼んで飲み始めた。

そうこうしていたらママさんがテーブルに来て、今日は店じまいと。

御代は良いからねと。

追い返すように店から出された。

店を出ていたら、上の階から女の子たちが数人出てきて、店の外に行ってしまった。

理由がわからない。

まだ時間が早い、どうする?

別の店に行きましょうと、彼は歩き始めた。

通りの奥のほうを抜けて1軒の飲み屋に入る。

普通の飲屋。

年寄りのおばさんと何か話している。

どうもハングルにしか聞こえない。

何でも、今晩手入れが入ると言うことで、韓国系の飲み屋さんは商売をしないと言うことを聞き出した様だ。

一体何の手入れ?と聞くと、「不正就労」とか。

店で働いている韓国の女性は、在日の親戚訪問で入国できているが、実際は働いていることが多く、その手入れが今夜当たりあるという情報が入ったからだそうだ。

ここの店には、そういう女性はいないので今晩はもやるから安心して飲めるとのこと。

なるほどね、フィリピンの女性の就労ビザが、シンガー、ダンサーだからフィリピンパブではショータイムがつき物と聞いたことがある。

韓国バーでの不正就労が可能なのも、日韓の歴史的遺産かもしれないね。