1985~6年北京に出張した。
合弁会社を作るためのネゴだが、相手の企業は一応「国益企業」とはいえ、全く社会主義国の組織だった。
現地営業から、至急打ち合わせをやりたい申し入れがあったと言うことで、急遽出張しても、何と日程が確定しない。
背景を聞くと、上層部からの了解待ちだという。
何の了解待ちなのか良くわからないが、仕方が無い。
突然、日程が決まるので、帰国する訳にもいかず、無駄な時間が過ぎていく。
そんな時に、誰かが「北京の銀座、『王府井』に行こう」と言い出した。
営業さんの話では、北京で一番にぎやかな場所で、「銀座と言えば銀座」だそうだ。
昼食も兼ねて出かけた。
何か買いたいねということで、御茶を売っている店に入ったが、「人民元」でないと売ってくれない。
当時の中国は、外国人には「兌換券」、中国人民には「人民元」の2つの通貨を使っていた。
こういう2制度というのが彼らの十八番なのかもしれないが。
しかたなく、食事を取ることにした。
地下街のレストランへ行く。
「兌換券」で食事ができないと最悪となるが、ここのレストラン街は「兌換券」が使えるらしい。
一安心。
メニューを持ってきてもらう。
こういう時は、漢字文化だと実に好都合で、料理の内容が何となく理解できる。
「これ」と料理を注文すると、ウエイトレス「没有」(ありません)。
「あっ、そう、だったらこれ」、再び「没有」、結局、用意できる食事は限られていた。
水餃子みたいなもので昼食が終了。
営業事務所に戻って、「王府井」の出来事を話す。
「銀座と言ってもね、でも、地下街のレストランはさすが首都だね」
営業さん、曰く。
「あれは核シェルターの跡ですよ」
2002年、べトナムの客さんの接待で北京に行った。
ガイドの案内で久しぶりに「王府井」へ。
様変わりした「王府井」にびっくり。
各自自由行動となり、ぶらぶら歩いていると、見目麗しい中国美人に声を掛けられた。
英語だ。呑みに行きましょうと誘ってきたが、丁重にお断りした。
ホテルに戻り皆にこの話をしたら、皆さんも同じ様に声を掛けられたと。
なあ~んだ、お上りさんがばればれだっただけだ。
しかし、光陰矢のごとしと言うが、中国の矢の速さは恐ろしく早そうだ。