1987年から4年弱、マレーシアの海外勤務となった。
工場はケダ州だが、家族はペナンに住んだ。
ペナンは、中国人の街で、家族も住みやすかったと思う。
余り娯楽らしいものがない。
子供が「インディー・ジョーンズ」と言う映画を見たいと言い出した。
日本人学校の友達も一緒に、その映画を観に連れていった。
映画は、英語で上映されていた。
ナチスに追われて気球船に逃げ込んだインディーの父親が、追跡してきたナチスの将校に見つけられた。
父ちゃん危機一髪。
その時、ウエイターに化けたインディーが、その将校を気球船の外に放り出す。
突然、将校が放り出されので、乗客が怪訝な顔でインディーの方を見る。
インディーが、「搭乗券を持ってない」と言うと、乗客全員が急いで搭乗券を指し示した。
このシーンで、映画館に「ドー」と笑いが起こった。
連れていった子供たちも笑っている。
「こいつら英語が解るんだ」と感心した。
映画を観終わって、腹がすいたと言うので、マクドナルドに連れていった。
「英語が理解できる、大したもんだわが子も」と言う嬉しさも手伝って。
そこで、子供達に、先ほどのシーンで笑っていたことを聞いてみた。
「学校で英語を習っている成果だな」
子供たちは、
「何か、解らなかったけど、周りの人が笑っているから、笑っただけだよ」
ギャフーン。