1983年か84年に、北米に出張した。
この出張は結構珍道中だったので、思い出しながら書いていくことにする。
5人で約2週間の旅。
北米における電子基板組み立てと検査の最新技術の調査と言うのが名目。
4人は同じ会社の、生産分野の技術者。
もう一人は、商社の若い社員。
ルートは、サンフランシスコ→ダラス→シカゴ→フィラデルフィア→ボストン→ロサンジェルスだった。
サンフランシスコ行きの飛行機の後ろの席にエライ美人が座っていた。
同行の商社の人が、メモを見せてくれた。
美人にもらったそうだ。
名前と住所、電話番号が書いてあった。
それもスペイン語らしい。
そういえば、商社の人は、時々後ろを向いて話をしていたが。
スペイン語が話せるらしい。
美人の正体は、大阪で開催された美人コンテストの出席者。
コロンビア代表だった。
隣にいた女性は母親だそうだ。
両人とも大変な美人。
サンフランシスコに到着。ここで国内線に乗り換えて、ダラスに向かう。
しかし、入国審査で待たされた。
長い行列が出来ていて、前に進まない。
理由は、コンピュータが故障したので、入国者をリストで確認している性だった。
出迎えの方(商社の駐在員)の案内で、国内線のターミナルへ移動した。
結構、歩いた気がする。
ダラスへの国内線では、席がバラバラになった。
大して英語も出来ないので、ただ沈黙のみと思いきや、隣のアメリカ人が話しかけてきた。
(つづく)