GSX-R125遊び! -29ページ目

GSX-R125遊び!

新型の車体(GSX-R125)と遊ぶことになりました。
バイク遊びは楽しいよぉ~w
鉄道模型はBトレインショーティーで遊んでいます。
ますこっとれいんにもハマってしまいました。

前回のE231系よりも少し時代を遡って今回は205系をゲットしました。

入手したのは京葉線の205系です。

京葉線と言えば路線のラインカラーがスカイブルーからワインレッドに変更されているんですよね。

1990年(平成2年)京葉線東京駅開業に合わせて路線カラーが変わりました。

さて今回入手した車両もとても丁寧に製作されていたのでバリトリ等も一切不要であっという間に整備完了です。

(ちょっとくらい手を加えられる程度の車両がいいんですけど・・まぁ~それはちょっと我儘過ぎですよねwww)

さて前面を見ていると・・あれ?当時京葉線を走っていた205系と前面がちょっと違っていたかも??

ググってみたら1990年(平成2年)京葉線・1991年(平成3年)武蔵野線へは投入車両は違っていました。

前面の一部がFRP成形品で覆う丸い感じの通称メルヘン顔という車両が投入されていたんですね。

その後、通常の車両も投入されていたので205系のイメージが違っていました。

やっぱりどうも205系って言うと最初に投入された山手線のイメージが強いんですよね。

さらに1991年(平成3年)からサハ204の6ドア車が10号車に増結されてそれまで10両編成だった山手線が11両になりました。

この山手線投入当時は中央総武緩行線への投入計画もあったようですが実現しませんでした。

しかし調べてみたらなんとこの205系が2編成だけ走っていた時期があったんですね。

それは1988年(昭和63年)12月に発生した東中野駅列車追突事故(3回目)です。

ちなみにこの東中野駅追突事故って過去、1964年(昭和39年)1月と1980年(昭和55年)10月に2回発生しています。

この事故により2編成運用が不足してしまい当時埼京線用に製造されていた2編成を急遽仕様変更して三鷹電車区に配属しました。

そして中央総武緩行線用として1989年(平成元年)8月1日から2001年(平成13年)11月27日まで運用していたんですね。

また、この時に投入された205系が中央総武緩行線で初のステンレス車体だったので地下鉄東西線との相互運用区間(三鷹-中野間、西船橋ー津田沼間)で「銀色の電車が東西線」「黄色い電車が総武線」の原則が崩れて誤乗問題が多発してしまいました。

そこで地下鉄乗り入れ用の301系・103系の黄色帯を青色帯に変更して「青帯の電車は地下鉄東西線」と現在のアナスンスに変更されたキッカケを作った配属だったんですね。

さて、205系の概要です。

1985年(昭和60年)から1994年(平成6年)まで実に1461両も製造されています。

201系・203系で採用されていた電機子チョッパー制御が高コストで量産が厳しく界磁添加励磁制御になりました。

ところが車体の方はそれまでの普通鋼から初のオールステンレス構造になって軽量化を果たしています。

ちょうど国鉄分割民営化の時期に増備されていて国鉄時代に製造されたのが前期型(客室扉窓が小さいタイプ)と呼ばれ

民営化後のJRになってから増備された車両は後期型(客室扉が従来同様の大きさのタイプ)呼ばれています。

国鉄時代に製造された205系は山手線10両編成34本(340両)、京阪神緩行線7両編成4本(28両)です。

それぞれJR東日本とJR西日本にそのまま継承されています。

また国鉄時代は東急車輛製造、川崎重工業、日本車輛製造、日立製作所、近畿車輛と各社で製造されていましたが、

民営化後にJR東日本は川崎重工業に508両を一括発注して大幅なコストダウンを達成しました。

またJR西日本も近畿車輛に20両(1000番台)に一括発注しています。

さらにその後もJR東日本では相模線用に500番台を新造しています。

継続して新造車両も作られましたが改造車両が多岐に渡っていてカオスな205系グループを形成しています。

南武支線用に1000番台、鶴見線用に1100番台、南武線用に1200番台、八高線・川越線用に3000番台、仙石線用に3100番台、武蔵野線用に5000番台、日光線・宇都宮線用に600番台とそれぞれの路線に合わせて改造されています。

JR西日本では東海道・山陽本線(京阪神緩行線)、阪和線、奈良線で活躍しています。

今では譲渡や廃車で台数を減らしていますが、2023年4月1日現在:JR東日本に109両、JR西日本に36両が在籍しています。

この205系の譲渡先で有名になったはインドネシアへの譲渡ですね。

インドネシアへは2013年(平成25年)から2020年(令和2年)にかけて実に812両の205系が譲渡されて現在活躍しています。

国内では富士急行(現:富士山麓電気鉄道)に3両編成7本(21両)が譲渡されて富士急行6000系電車として活躍しています。

国鉄の民営分割という激動の過渡期に渡って製造された205系はJR時代のパイオニア的な車両なのかもしれませんね。

京王帝都電鉄(1998年から現:京王電鉄)5000系・6000系・7000系が相次いで入線しました。

高校時代は井の頭線通学だったので本線は支線扱いでした(笑)

 

今回の入線車両も前オーナーさんがとても丁寧に作られたようで整備の必要がありませんでした。

 
 

さて、入線車輌を眺めながら勉強させて頂きましょう♪

 

5000系

1963年(昭和38年)の架線電圧1500V昇圧に合わせて投入された車両です。

1963年(昭和38年)~1969年(昭和44年)155両が日本車輛製造(東京支店)・東急車輛製造・日立製作所で製造されました。

それまでの京王線の車輛とは車体色・デザインが一新、京王線のイメージアップに大いに貢献しました。

また、1968年(昭和43年)4月には関東地方初の冷房装置を装備、ロングシートの通勤電車としては日本初でした。

知らなかったんですがこの5000系には中空軸平行カルダン駆動方式と吊掛け駆動方式が混在してしかも混結運用していたんですね。

・中空軸平行カルダン方式+空気バネ台車:4両編成(5701F~5723F)、3両編成(5113F~5125F)

・吊掛け駆動方式+コイルバネ台車   :2両編成(5101F~5112F)
 主電動機・台車・制御器・パンタグラフはデハ2700形を電装解除して流用したんですね。
何回か乗車した記憶はあるんですが吊掛け車が存在している事は知りませんでした。
これだから鉄道車両は奥が深いんですよね~
しかもこの5000系は18m3ドア車として短編成でも運用できることからグループ会社の京王重機整備が積極的に販売したんですね。
その結果、現在でも全国各地でその姿を見かけられるようになったんですね。
・伊予鉄道:29両(※特に吊掛け駆動車両は24両中22両が伊予鉄道に譲渡されています)
・富士急行(現:富士山麓電気鉄道):16両
・一畑電気鉄道(一畑電車):12両
・高松琴平電気鉄道:8両
・わたらせ電気鐡道:2両
さらに伊予鉄道から銚子電鉄へ、富士急行(現:富士山麓電気鉄道)から岳南電車へ再譲渡されています。
これだけ長い間、活躍できるのはメンテナンスも含めてまさに名車の「証」ですね。
 

6000系

都営地下鉄新宿線乗り入れを前提に設計された京王初の20m4ドア車体に初のワンハンドル式主幹制御器を装備していました。

1971年(昭和46年)~1991年(平成3年)304両が日本車輛製造(東京支店)・東急車輛製造・日立製作所で製造されました。

先頭車両の全車と中間車25両が東急車両製造で中間車7両が日立製作所、残りの中間車が日本車輛製造です。

この後、オールステンレス車体となり6000系が京王最後の普通鋼製電車となりました。

京王線のATC更新後、急速に廃車が進み競馬場線と動物園線のワンマン運転化対応車が残っていましたが2011年(平成23年)に運用から離脱して全車が廃車されました。

 

7000系

1984年(昭和59年)~1996年(平成8年)190両が日本車輛製造・東急車輛製造で製造されました。

オールステンレス車体で製造時期によりコルゲート車体とビードプレス車体があります。

増結用に製造された中間車は組み込まれる編成に合わせてコルゲート車体とビードプレス車体が新造されました。

すでに車歴の新しいビードプレス車体でも廃車が始まっています。

京王電鉄では2026年度から新形式2000系の導入を決定しており置き換えが進む事になるでしょう。

 

こんな小さな鉄道模型から当時の思い出を、そして改めて登場した車両の社会的背景から経歴を勉強し直す。

まさにBトレインショーティーは老人鉄ちゃんのほどよい起爆剤ですね(爆)

いやぁ~ホント!今さらなんですけど。

現役で走っている通勤型電車のお勉強を開始しました(笑)

なにしろ30年以上、自動車通勤の会社ばかりだったで古いアタマが追い付いていないんですよ。

たまに出張等で乗っても疲れているからあんまり記憶に残ってないし・・

そこで前回に続いてまたもやポチってしまったのがコチラの先頭車3両。

・E231(500番台):山手線

・E231(500番台):中央総武緩行線

・E233(1000番台):京浜東北線・根岸線

なんとなく今まで落札しているBトレインショーティとは違うなぁ~と思っていたら

なんと!Bトレインショーティinカプセルというガシャポン製品だったんですね!(驚)

2018年7月第4週から発売されていたようで文字通りBトレの簡素版のようです。

まぁ~型も違うかなり省略された車体ですがこれはこれでアリ!でしょう!

勉強素材として保管させて頂きます。

さて現在運用されている中央総武緩行線の電車はE231系(0番台・500番台)です。
中央総武緩行線の車両沿革を調べてみると以下の通りです。
分割民営直後は201系が最新型車両だったのが懐かしいですね。
・101系:1963年(昭和38年)~1988年(昭和63年)
・103系:1979年(昭和54年)~2001年(平成13年)
・201系:1982年(昭和57年)~2001年(平成13年)
・205系:1989年(昭和64年)~2001年(平成13年)
・209系(500番台):1998年(平成10年)~2019年(平成31年)
・E231系(0番台)  :2000年(平成12年)~
・E231系(500番台):2014年(平成26年)~
さて1990年代末期から103系の車両故障が頻発していた事から急激に車両の置き換えが進んだわけです。
209系(500番台)・E231系(0番台)を大量導入してまだ車歴の浅かった201系・205系・209系を転属させて
他線区の103系も一気に置き換えが進んだようです。
その後、混雑率緩和策として1999年(平成11年)から2020年(令和2年)まで209系(500番台)とE231系(0番台)の
5号車に6ドア車が1両連結されていてラッシュ時に活躍していました。
山手線から転属して来たE231系(500番台)も11両編成中6ドア車が2両(7号車・10号車)組み込まれていました。
その後、混雑緩和が進むとともにホームドア設置の機運が高まって6ドア車が廃止されて4ドア車に置き換わります。
6ドア車の2両のサハE230(500番台)は7号車がサハE231(600番台)に10号車はサハE231(4600番台)になりました。
この10号車のサハE230(4600番台)は首都圏の大動脈である山手線に輸送障害が発生した場合ありに田端〜田町間を並走する京浜東北線とホームドアの位置関係を揃える必要があるんですよね。
その後、10号車のサハE231(4600番台)を抜き取った10両編成が中央総武緩行線へ転属して来た訳なんですね。
この時に抜き取られたサハE231(4600番台)はサハE235(4600番台)となって現在も山手線で活躍しています。
面白いのは現在、山手線は11両編成が50本在籍しているんですけどこのE231(4600番台)をE235(4600番台)に改造する期間を確保するために第4編成と第5編成の10号車にそれぞれサハE235-501、502が新造されているんです。
ある意味こちらで新造された500番台はたった2両しかないので貴重なサハE235という事になりますよね(笑)
ところでE231系500番台に追い出された0番台のE231系は2両抜かれた8両編成になって現在も武蔵野線で活躍しています。
(まだ6本のE231系0番台が残っているみたいです)そもそも山手線っていう路線は東京は基より日本を代表的するような路線ですから最新型の制御装置や最新鋭の車両を実験するには最適なんですね。
現在はどちらの路線も安全運行するために自動列車制御装置はD-ATC型という設備になっています。
ちなみに中央快速線と中央総武緩行線の自動列車制御装置はATS-P型なんですね。
そういえば昔は地下鉄東西線へ直通する国鉄車両(JR車両)は中央総武緩行線のラインカラーの黄色でしたよね。
現在は青いラインカラーになっているのであれっ?って思っていました。
地下鉄東西線乗り入れ車両の沿革
・301系(7両編成8本):1966年(昭和41年)~2003年(平成15年)
・103系1200番台(7両編成5本):1971年(昭和46年)~2003年(平成15年)
・103系1000番台(10両編成化補填):1989年(昭和64年)~2003年(平成15年)※常磐線各駅停車から転属
東西線の完全10両化に伴ってこの3車種はお互いに混結運転が可能なので柔軟に連結されて運用されたようです。
301系も103系も車体に黄色のラインカラーでしたが中央総武緩行線に205系が投入されてステンレス車体に黄色のラインだったので地下鉄東西線との誤乗車防止の観点から東西線のラインカラーであるブルーに変更されていたんですね。
これは知らなかったです。
調べているうちに「あ~そういう事なの」って感じが多くてあまりにも乗る機会がないので興味も湧かなかったんですよね。
なにしろ知らない間に6ドア車があってその後4ドア車に統一されてまったくどの路線の車両が転属して来て出て行ったのかアタマの中でゴチャゴチャになっちゃいました(笑)
とにかく時代と共にどんどん進化する首都圏の鉄道網。
将来的に自動運転を見据えてさらに自動列車制御装置も進化・発展をすることになるんでしょうね。
これからは集中指令で路線別に車両・乗務員も一括管理で輸送障害が発生しても柔軟なやりくりが出来るのではないでしょうか?
まだまだだと思っていたの自動運転もいよいよ現実味を増しているので乗務員の役割(運転士・車掌)も大きく変わるんでしょうね。
昨今どこの鉄道会社も人手不足に悩んでいるようで求人しても集まらない状態のようです。
是非、鉄道会社は重要なインフラを支える職業として憧れるような環境と整えて欲しいもんです。

見慣れた国電103系の出品を発見!

へぇ~全部違う路線色の車両が出品されてるなんて珍しいなぁ~

と!なんて何気なく思っていたんですけど・・

誰も入札しないのかな?面白そうなのになぁ~?

なんて見ていたら見事に寝ぼけてポチっちゃっいましたw

まぁ~これも何かの「ご縁」ということで入線してもらいます。

届いた5両は見事にバラバラなのでこれはこれで分解点検の楽しみがありますよね。

まずはこのカナリアイエロー色の中間車ですがこの1両だけちょっと違いますね。

・車体側面の行先表示窓が無い

・客室窓がユニットサッシで無い

・非冷房車

と、言う事で103系0番台の初期車ですので1964年(昭和39年)~1967年(昭和42年)に製造された1039両に該当します。

M化する予定もないのでサハ103-1~225にしましょう。

そこで入線にあたり冷房化工事を実施します。

特に今年の酷暑で模型でも冷房装置は必須ですから!

まぁ~手元に余剰となっていた屋根板パーツがあるので交換するだけなんです。

見た目の涼しさも必要ですからwww

サクッと簡単に工事完了、これでカナリアイエロー色の予備車サハ103が完成しました。

さて、残り4両も分解点検を進めましょう。

先頭車のクハ103がATC仕様で全車の客室窓がユニットサッシなんですね。

これは高運転台ATC車なので1974年(昭和49年)~1981年(昭和56年)に製造された1268両が該当します。

ちなみにATC化を予定していない線区にも高運転台な非ATC車両が製造されました。

外観の特徴としては乗務員室扉と客室扉の間にある戸袋窓があるだけなんですけどね。

ウグイス色とスカイブルー色の先頭車は特に問題なく点検完了。

しかし・・中間車のエメラルドグリーン色とオレンジバーミリオン色は妻板と屋根が合っていませんでした。

これは完成品Bトレ購入でよくある事でクルマでいうとニコイチですねw

それでもそれぞれの屋根板を交換して妻板の方向を組み直しすればアッサリ完了します。

さぁ~これで4色が混ざった4両編成が出来上がりました。

こんな感じでポチってばかりいたので気がつけば・・・

よくもまぁ~中央快速線と総武・中央緩行線を中心に時代を超える車両を揃えちゃったもんですwww

この103系についてですが

1963年(昭和38年)から1984年(昭和59年)まで、実に21年間にわたり3447両も製造されています。

もはや詳細まで調べたら全くキリがないくらい話題が豊富な電車なんですね。

是非103系マニアな方はネットに公開されている賢者の方々の資料を漁ってみると面白いと思います。

自分はいつも漁りまくってしっかり参考にさせて頂いておりますwww

ところで色々な車体色の103系が揃ったので当時の色と路線の関係を調べてみました。

・オレンジバーミリオン:中央快速線・武蔵野線・大阪環状線他

・ウグイス      :山手線・埼京線・八高線・大阪環状線他

・カナリアイエロー  :総武中央緩行線・南武線・福知山線他

・スカイブルー    :京浜東北線・京葉線・阪和線他

・エメラルドグリーン :常磐快速線

そういえば国鉄時代の各路線のラインカラーってJRになった現在では「路線案内色(路線図や駅名標)」と

「車体色(JR車両の色)」に変わっているんですね。

たとえば京葉線はスカイブルーだったのが現在はワインレッドになっているんですね。

そこで現在の「車体色」について確認してみました。

・オレンジバーミリオン  :中央快速線・青梅線・五日市線

・オレンジバーミリオン+茶:武蔵野線

・ウグイス        :山手線

・グリーン        :埼京線・川越線(大宮~川越)

・カナリアイエロー    :総武中央線各駅停車

・ブルー+スカイブルー  :地下鉄東西線直通

・スカイブルー      :京浜東北線・根岸線

・ワインレッド      :京葉線

・エメラルドグリーン   :常磐各駅停車

・エメラルドグリーン+ライトグリーン  :常磐快速線・成田線(我孫子~成田)

・カナリアイエロー+オレンジ+茶    :南武線(川崎~立川)

・グリーン+イエロー(車体上部クリーム):南武線(尻手~浜川崎)

・カナリアイエロー+スカイブルー    :鶴見線

・ウグイス+グリーン          :横浜線

・ブルーグリーン+水色         :相模線

・オレンジバーミリオン+ウグイス    :八高線(八王子~高麗川)、川越線(高麗川~川越)

・グリーン+オレンジ(湘南色)     :湘南新宿ライン(東海道線・伊東線・宇都宮線・高崎線)

・ブルー                :上野東京ライン(常磐線・水戸線)

・エメラルドグリーン+ライトグリーン  :上野東京ライン

・ブルー+クリーム(横須賀色)     :横須賀・総武快速線

・アルパインブルー+リフレッシンググリーン(長野色):中央線

・カナリアイエロー+ブルー       :内房線・外房線・総武線(千葉以東)・成田線(我孫子~成田除く)

                     東金線・鹿島線

・アルーン+ゴールド+白        :日光線

まぁ~それにしても種類が豊富なこと豊富なことwww

JR東日本は国鉄時代よりさらに細分化して路線カラーに車両の色を合わせ継続しているように感じますね。

ところがJR西日本の京阪神地区(アーバンネットワーク)では線区別ラインカラーと車体色の結びつきが薄いので

今では関西本線・大阪環状線・桜島線のみに残っている感じになっています。

・スカイブルー    :東海道本線・山陽本線(京阪神緩行線)(2007年消滅)

・オレンジバーミリオン:大阪環状線・桜島線         (2019年消滅)

・オレンジバーミリオン:片町線               (1996年消滅)

・カナリアイエロー  :福知山線              (2001年消滅)

・スカイブルー    :福知山線(2007年消滅)、阪和線(2018年消滅)

・ウグイス      :奈良線(2022年消滅)、おおさか東線(2022年消滅)

すでにステンレス車体にラインカラーが入っているだけになっている新型電車の車体では車両の共通化を進めるJR西日本と

路線カラーを強調するJR東日本ではこれからも進む方向が違うんでしょうね。

さて103系の話題ですが、地元の中央総武緩行線には1979年(昭和54年)から投入開始されました。

1981年(昭和56年)から中央快速線に201系が投入され捻出された103系が転入し201系の新造車も投入されます。

1986年(昭和61年)には習志野電車区(旧:津田沼電車区)が103系。三鷹電車区(一部、旧:中野電車区)が201系になりました。

1990年代末から2000年代になると103系の故障が頻発するようになります。

そこで続々と車両の置換えが進むわけなんですね。

1998年(平成10年):209系500番台投入。

1999年(平成11年):209系950番台投入。

2000年(平成12年):E231系投入。

2001年1月(平成13年):103系引退。

※2003年(平成15年)東西線直通用に最後まで残っていた103系1200番台もE231系800番台の投入で完全に姿を消しました。

今回は車両のカラーから楽しむ事が出来ました。

これだから鉄道も含めて模型遊びはいくつになってもやめられませんよねwww

「新快速」と言えば関西方面の京阪神地区を鉄道旅行すると必ず目にするJR西日本の看板電車。

私鉄王国と言われる関西圏で競合する私鉄に勝つために投入された最速な快速電車ですね。

1970年(昭和45年)に登場したこの「新快速」は早いもので来年で55周年になります。

そういえば東京から大垣夜行に乗り終点の大垣で新快速西明石行に乗り継いだ事を思い出しました。

まぁ~古い人間なんでやっぱり「新快速」と言ったらこの車両なんですよね!ww

いよいよ車両が到着して車両整備しようと思ったらトイレ窓塗り込み用のマーカーペンが無い!

緊急事態なので至急ヨ〇バシへ「XGM01ガンダムマーカーEXニューホワイト」に発注しましたw

さぁ~塗りますよぉ~w

・モハ153を加工中

・モハ152加工中

そして最後はクハ153です。

いやぁ!いいですなぁ~

国鉄急行型電車が揃い踏み。

(左から153系新快速・169系・153系低運転台)

さて京阪神地区で特急料金不要の最速達列車として1970年10月1日のダイヤ改正で登場したのがこの「新快速」です。

このよく乗った153系車両が初代で117系が2代目だと思っていたのですが・・・調べたら違ってました!!

なんと初代は113系が2年間走っていたんですね。

自分の乗車した頃は153系が主流で117系が投入されたばかりでした。

特に117系は関東地区には存在しなかった転換クロスシートの車両でとても新鮮だった事をハッキリと覚えています。

初  代:113系「1970.10.1(昭和45年)~1972.3.14(昭和47年)」

2代目:153系「1972.3   (昭和47年)~1980.7  (昭和55年)」

3代目:117系「1980.1.22(昭和55年)~1999.5.10(平成11年)」

4代目:221系「1989.3.11(平成元年) ~2000.3.10(平成12年)」

5代目:223系「1000番台・2000番台)「1995.8.12(平成7年)」

6代目:225系(0番台)  「2010.12.1~(平成22年)」

        (100番台)  「2016.7.7~(平成28年)」

そもそもこの「新快速」の名称は当初、首都圏の中央線「特別快速」と同じ名称で国鉄本社の許可を得ていたのですが、

運行直前に大阪鉄道管理局より「フレッシュ感を出したい」との理由で「新快速」になったんですね。

そのため英語表記も1990年代途中までは「新快速」を直訳した「New Rapid Service」でしたが、

現在はJR東日本の中央線「特別快速」と同じ「Special Rapid Service」になっています。

ちなみにJR東海の名古屋地区を走る「新快速」は同じ「新快速」でも「Special Rapid Train」と表示されているそうです。

さて現在の運行形態についてですが

・JR西日本では北陸本線「敦賀」から山陽本線「上郡・播州赤穂」間で運転されています。

 2017.3.4(平成29年)から湖西線経由の上り列車(近江今津・敦賀方向行き)のみ水色のラインカラーに「B」表示の種別幕

 を表示、それ以外の列車(湖西線経由の下り姫路方面を含む)は青色のラインカラーに「A」の種別幕を表示しています。

 2011.3.12(平成23年)土休日の米原駅・近江今津駅-姫路駅間のすべての新快速が12両編成に増強され、平日も12両編成で

 運転される列車が大幅に増加し、2017.3.4(平成29年)からは米原駅-姫路駅間が終日12両編成で運転されています。

 そうして2019.3.16(平成31年)からは12両編成の9号車に有料座席サービス「Aシート」車両を連結されています。

 この12両編成で最長運転される列車は、琵琶湖線系統(A)では米原駅-上郡駅間の233.7 km、湖西線系統(B)では

 近江今津駅-網干駅間の194.2 kmにもなります。

 これはJR東日本上野東京ライン(15両編成)の熱海駅-宇都宮駅間(214.3 km)に匹敵する長距離運転になります。

※実は阪和線でも1972年(昭和47年)から1978年(昭和53年)まで天王寺駅-和歌山駅間で「新快速」が運転されていたの

 ですが、南海本線と比較して天王寺駅-和歌山駅では乗り換えの利便性に劣るために早々に快速に統合されてしまいました。

 またJR東海では1989.3.11(平成元年)から中京圏の浜松駅-米原駅間で「新快速」の運行を開始。

 「特別快速」「新快速」「快速」「区間快速」と停車駅の数によって使い分けが行われ現在も運行されています。

さて、国鉄153系直流急行電車についてのまとめてみました。

・1958年(昭和33年)から1962年(昭和37年)まで日本車輛製造・汽車会社・近畿車輛・川崎車輛で630両が製造。

 最大の特徴はなんと言っても貫通路付の運転台前面窓が側面まで大きく回り込んだパノラミックウインドウですね。

 これはその後の車両デザインに大きな影響を及ぼしていますね。

 この特徴ある運転台の前面窓ですが1961年(昭和36年)以降の製造車両は踏切事故対策で300mm高くなっています。

 クハ153-0~80は「低運転台」、クハ153-501~557は「高運転台」と呼ばれていたんですね。

ところで地元の千葉鉄道管理局幕張電車区にも153系が急行用として配属されていたのを思い出しました。

・153系の編成は中間に165系サロを組み込んだ7両編成が5本と中間車2両(MM`ユニット)の予備車がありました。

 ちなみに当時のクハ153の車番を調べると「低運転台」が8両、「高運転台」が2両だったんですね。

 どちらも田町区と大垣区からの転属なんですがよくもまぁこんな古い車両ばかりを配属されたもんですよ(笑)

 また同時期に165系も配属されていて、こちらも7両編成が5本と増結用の3両編成が5本配属されていました。

 当時は「鹿島」「水郷」「犬吠」「外房」「内房」と5系統も急行列車運用があったのでまさに急行王国だったんですね。

さて車両性能ですが101系通勤型電車をベースとした設計なので主電動機は中空軸平行カルダン駆動のMT46(100kw)。

基本的に編成のMT比は1:1でしたが、使用線区によってはあえて低M比の1:2で使用していたようです。

「新快速」には6両編成(4M2T)20本の120両が投入され、同時に非冷房車だった車両は冷房化工事が施されています。

・特別な運用としては当時東海道本線の花形特急だった「こだま」(181系)の代走として何回も運用されています。

・急行「伊豆」の運用に就いていた1981年(昭和56年)置換えの進んでいた185系と混結運転を行っています。

 その後、同年10月のダイヤ改正で急行「伊豆」は特急「踊り子」となり185系に統一されました。

今でも大活躍中している乗って楽しい「新快速」電車。

関西方面へお出かけの際は是非、ご乗車されてはいかがでしょうか?