205系が入線しました。 | GSX-R125遊び!

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新型の車体(GSX-R125)と遊ぶことになりました。
バイク遊びは楽しいよぉ~w

前回のE231系よりも少し時代を遡って今回は205系をゲットしました。

入手したのは京葉線の205系です。

京葉線と言えば路線のラインカラーがスカイブルーからワインレッドに変更されているんですよね。

1990年(平成2年)京葉線東京駅開業に合わせて路線カラーが変わりました。

さて今回入手した車両もとても丁寧に製作されていたのでバリトリ等も一切不要であっという間に整備完了です。

(ちょっとくらい手を加えられる程度の車両がいいんですけど・・まぁ~それはちょっと我儘過ぎですよねwww)

さて前面を見ていると・・あれ?当時京葉線を走っていた205系と前面がちょっと違っていたかも??

ググってみたら1990年(平成2年)京葉線・1991年(平成3年)武蔵野線へは投入車両は違っていました。

前面の一部がFRP成形品で覆う丸い感じの通称メルヘン顔という車両が投入されていたんですね。

その後、通常の車両も投入されていたので205系のイメージが違っていました。

やっぱりどうも205系って言うと最初に投入された山手線のイメージが強いんですよね。

さらに1991年(平成3年)からサハ204の6ドア車が10号車に増結されてそれまで10両編成だった山手線が11両になりました。

この山手線投入当時は中央総武緩行線への投入計画もあったようですが実現しませんでした。

しかし調べてみたらなんとこの205系が2編成だけ走っていた時期があったんですね。

それは1988年(昭和63年)12月に発生した東中野駅列車追突事故(3回目)です。

ちなみにこの東中野駅追突事故って過去、1964年(昭和39年)1月と1980年(昭和55年)10月に2回発生しています。

この事故により2編成運用が不足してしまい当時埼京線用に製造されていた2編成を急遽仕様変更して三鷹電車区に配属しました。

そして中央総武緩行線用として1989年(平成元年)8月1日から2001年(平成13年)11月27日まで運用していたんですね。

また、この時に投入された205系が中央総武緩行線で初のステンレス車体だったので地下鉄東西線との相互運用区間(三鷹-中野間、西船橋ー津田沼間)で「銀色の電車が東西線」「黄色い電車が総武線」の原則が崩れて誤乗問題が多発してしまいました。

そこで地下鉄乗り入れ用の301系・103系の黄色帯を青色帯に変更して「青帯の電車は地下鉄東西線」と現在のアナスンスに変更されたキッカケを作った配属だったんですね。

さて、205系の概要です。

1985年(昭和60年)から1994年(平成6年)まで実に1461両も製造されています。

201系・203系で採用されていた電機子チョッパー制御が高コストで量産が厳しく界磁添加励磁制御になりました。

ところが車体の方はそれまでの普通鋼から初のオールステンレス構造になって軽量化を果たしています。

ちょうど国鉄分割民営化の時期に増備されていて国鉄時代に製造されたのが前期型(客室扉窓が小さいタイプ)と呼ばれ

民営化後のJRになってから増備された車両は後期型(客室扉が従来同様の大きさのタイプ)呼ばれています。

国鉄時代に製造された205系は山手線10両編成34本(340両)、京阪神緩行線7両編成4本(28両)です。

それぞれJR東日本とJR西日本にそのまま継承されています。

また国鉄時代は東急車輛製造、川崎重工業、日本車輛製造、日立製作所、近畿車輛と各社で製造されていましたが、

民営化後にJR東日本は川崎重工業に508両を一括発注して大幅なコストダウンを達成しました。

またJR西日本も近畿車輛に20両(1000番台)に一括発注しています。

さらにその後もJR東日本では相模線用に500番台を新造しています。

継続して新造車両も作られましたが改造車両が多岐に渡っていてカオスな205系グループを形成しています。

南武支線用に1000番台、鶴見線用に1100番台、南武線用に1200番台、八高線・川越線用に3000番台、仙石線用に3100番台、武蔵野線用に5000番台、日光線・宇都宮線用に600番台とそれぞれの路線に合わせて改造されています。

JR西日本では東海道・山陽本線(京阪神緩行線)、阪和線、奈良線で活躍しています。

今では譲渡や廃車で台数を減らしていますが、2023年4月1日現在:JR東日本に109両、JR西日本に36両が在籍しています。

この205系の譲渡先で有名になったはインドネシアへの譲渡ですね。

インドネシアへは2013年(平成25年)から2020年(令和2年)にかけて実に812両の205系が譲渡されて現在活躍しています。

国内では富士急行(現:富士山麓電気鉄道)に3両編成7本(21両)が譲渡されて富士急行6000系電車として活躍しています。

国鉄の民営分割という激動の過渡期に渡って製造された205系はJR時代のパイオニア的な車両なのかもしれませんね。