さぁ!新年を迎えて相模鉄道の勉強を進めているところに・・・
ポチってしまった小田急電鉄の2600系6両編成が入線しました。
そういえば、Bトレで2004年(平成16年)と2012年(平成24年)に5000系(2600系)として販売されていたんですね。
さらに2011年(平成23年)には5000系(5200系)の4両セットとしても販売されているミスター小田急顔の名車です。
さて、今回入線した小田急の2600系ですが、すでにデカールが貼られていました。
編成は「2651×6」(小田急では新宿方からの両数を表記するんですね)
編成の車番はこちらの番号でした。2851+2751+2801+2701+2601+2651
行先も貼られていて、みんな大好き「向ケ丘遊園」行きでしたwww

さて、それでは早速、1両ずつ車体を分解して調整・整備を楽しむことにしましょう。

毎度の事ですが、中古車体については丁寧にバリ取りされている場合が多くて下回りの整備が中心になります。

今回、手持ちの旧塗装車にも車番を割り当てるので、車体とは別にデカール類も入手しました。
旧塗装車の2600系は4両編成なので「2666×4」としました。(実車は5両編成です)
車番はこちらにしました。2866+2716+2616+2666
まぁ~デカールにこの番号しかなかったから仕方ないんですけどねwww
行先は古い方ならご存じの往年の行先。「新原町田」と「新宿」にしてみましたw
ちなみに手持ちの5000系は弊社の江ノ島線専属車両なので「藤沢」と「江ノ島」になっていますw

これで、古き良き時代にいつも慣れ親しんだ小田急電車が大集合。
いやぁ~、やっぱり小田急電車の「顔」といったらこの顔でしたよね~
「新原町田」をはじめ「大秦野」もありますよwww

今ではすっかり新型車両に置き換わってしまって時代の流れを感じますね。

=小田急電鉄の歴史=
1910年(明治43年)親会社となる鬼怒川水力電気株式会社が創立されます。
東京市内の郊外鉄道の将来性に着目して鉄道網を次々と企画して免許を申請したんですね。
1923年(大正12年)子会社として小田原急行鉄道が創立されました。
1927年(昭和2年)小田原線が全線開業して、10月には全線の複線が完成しています。
1929年(昭和4年)江ノ島線が全線複線で開業してほぼ現在の路線網が確立されました。
1934年(昭和9年)多摩川の砂利採取事業を開始。多摩川の砂利は良質なので相鉄も含めて各社が事業を展開していたんですね。
※こちらは1955年(昭和30年)頃に廃止しています。
1940年(昭和15年)帝都電鉄(井の頭線)を吸収合併して路線網を拡大しました。
1941年(昭和16年)戦時下になり、電力が国家管理体制となって鬼怒川水力電気は基幹の電力事業を日本発送電に統合されます。
仕方なく小田原急行電鉄を解散して、鬼怒川水力電気は小田急電鉄と改称して新発足することになりました。
1942年(昭和17年)しかし、大陸に進出していた中国・山東半島での鉱業事業の失敗。
さらに陸上交通事業調整法の趣旨に則り、小田急電鉄は京浜電気鉄道と共に東京横浜電鉄に吸収合併されます。
この時、数々の会社を合併した東京横浜電鉄は東京急行電鉄と名称変更していわゆる大東急時代となります。
1948年(昭和23年)東京急行電鉄から小田急電鉄が独立します。
井の頭線を京王帝都電鉄に移管されたが、箱根登山鉄道と神奈川中央交通を譲受しました。
さらに江ノ島電鉄の持ち株も譲受、のちに買い増しして系列下に収めています。
1951年(昭和26年)東京急行電鉄(五島慶太)の指示で相模鉄道の株式を大量に買い増(約30%)して筆頭株主になる。
これに相模鉄道が反発、公正取引委員会に審査の申立てを行います。
国鉄総裁が仲裁に入り株式を売却する覚書書を交わして事態が収拾されました。
2021年(令和3年)には筆頭株主から外れ、2025年(令和7年)には保有する全株式を売却しました。
最近では長年、箱根山戦争を繰り広げた西武鉄道とも営業資産での協力関係を果たし、共通商品の開発にも乗り出しています。
=小田急の駅名=
デカールを貼っている時に車両のみならず、小田急線の駅名ってすっかり変わっていることに気が付いてしまいました。
当時に覚えているのは下記の4つの駅くらいでした。
・新原町田 (しんはらまちだ)「現:町田(まちだ)」
※国鉄横浜線の「原町田」駅と離れていたんですよね。
・大根 (おおね) 「現:東海大学前(とうかいだいがくまえ)」
※(だいこん)じゃなくて(おおね)ですよww
・大秦野 (おおはたの) 「現:秦野(はだの)」
※「はたの」が「はだの」になっちゃったんですね。
・六会 (むつあい) 「現:六会日大前(むつあいにちだいまえ)」
※静岡県にあるJR東海道本線の「六合(ろくごう)」駅と似ているんで、間違えた事がありますw
折角なので調べてみたら、開業時からの駅名が変わった駅が「22駅」もあったので並べてみました。
・南新宿 :1942年(昭和17年)改名← 小田急本社前:1937年(昭和12年)改名← 千駄ヶ谷新田
・代々木上原 :1941年(昭和16年)改名← 代々幡上原
・世田谷代田 :1946年(昭和21年)改名← 世田ヶ谷中原
・登戸 :1958年(昭和33年)改名← 登戸多摩川 :1955年(昭和30年)改名← 稲田多摩川
・向ケ丘遊園 :1955年(昭和30年)改名← 稲田登戸
・生田 :1964年(昭和39年)改名← 東生田
・読売ランド前:1964年(昭和39年)改名← 西生田
・町田 :1976年(昭和51年)改名← 新原町田
・相模大野 :1940年(昭和15年)改名← 通信学校
・小田急相模原:1941年(昭和16年)改名← 相模原
・相武台前 :1940年(昭和15年)改名← 士官学校 :1937年(昭和12年)← 座間
・座間 :1941年(昭和16年)改名← 座間遊園 :1937年(昭和12年)← 新座間
・厚木 :1944年(昭和19年)改名← 河原口
・本厚木 :1944年(昭和19年)改名← 相模厚木
・鶴巻温泉 :1958年(昭和33年)改名← 鶴巻:1944年(昭和19年)改名← 鶴巻温泉:1930年(昭和5年)改名← 鶴巻
・東海大学前 :1987年(昭和62年)改名← 大根
・秦野 :1987年(昭和62年)改名← 大秦野
・東林間 :1941年(昭和16年)改名← 東林間都市
・中央林間 :1941年(昭和16年)改名← 中央林間都市
・南林間 :1941年(昭和16年)改名← 南林間都市
・長後 :1958年(昭和33年)改名← 新長後
・六会日大前 :1998年(平成10年)改名← 六会
※戦前の林間都市計画や戦時下の軍事的な駅名改称など、いろいろと翻弄された歴史を感じることが出来ました。
=2600系の概要=
2600系は小田急初の全車両が20m級で製造された通勤車両です。
そもそも、小田急では1954年(昭和29年)に初のカルダン駆動車として2200系(2200形・2230形:全長17.5m、電動機出力75kW)、2300系(2300形・2320形:全長17.5m、電動機出力75kW)がABFM車(制御装置の名称:発電併用併用直並列複式)として登場していましたが、当時は日本全国高度成長の時代です。
沿線人口の急増で、毎年のように10%を超える輸送需要の増加に対応するため、輸送力の増強が切迫していたんですね。
そこで各駅のホーム延長工事を行いながら次々と新型車両を導入しています。
1959年(昭和34年)から2400系(全長:先頭車16m、中間車19.3m、電動機出力120kW)がHE車(High Economical car)
1964年(昭和39年)から2600系(全長:20m、電動機出力130kW)がNHE車(New High Economical car)
1966年(昭和41年)から4000系(全長:20m、電動機出力:吊り掛け93.3kW、カルダン:120kW)
※カルダン車は廃車となった2400系から流用されています。
1969年(昭和44年)から5000系(全長:20m、電動機出力135kW)
その後は地下鉄千代田線との直通運転を機会にさらに車両の置換えが進みました。
ステンレス車両や省エネルギーなインバータ車両の導入で懐かしい「小田急顔」の電車も次々と淘汰されてしまいました。
・2400系:1963年(昭和38年)引退・廃車。
・2600系、4000系:2004年(平成16年)引退・廃車
・5000系:2012年(平成24年)引退・廃車されました。
こうして今ではすっかり小田急電車の「顔」も変わってしまったんですね。
=2600系の諸元=
製造所:東急車輛製造・日本車輛製造・川崎車輛
製造年:1964年(昭和39年)~1968年(昭和43年)
製造数:132両
運用開始:1964年(昭和39年)11月
廃車:2004年(平成16年)
編成の変革:5両固定編成「登場時から1968年(昭和43年)まで」
6両固定編成「1967年(昭和42年)から全車廃車まで」
8両固定編成「1992年(平成4年)から2001年(平成13年)まで」
軌間:1,067mm(狭軌)
電気方式:直流1,500v(架空電車線方式)
最高運転速度:100km/h
設計運転速度:130km/h
起動加速度:2.8km/h/s
減速度(常用):4.0km/h/s
減速度(非常):4.5km/h/s
車両定員:144名(先頭車)、162名(中間車)
全長:20,000mm
全幅:2,900mm
全高:3,875mm(非冷房制御車・付随車)、4,125mm(非冷房電動車)
3,995mm(冷房付制御車・付随車)、4,150mm(冷房付電動車)
台車:FS360・FS360A・FS060(住友金属工業)、TS-818A(東急車輛製造)
主電動機:MB-3095-AC(三菱電機)
主電動機出力:130kW(直巻整流子電動機・端子電圧500v)
駆動方式:WN駆動方式
歯車比:6.13
制御方式:電動カム軸式抵抗制御・直並列組合せ・弱め界磁
制御装置:ABFM-176-15MRH(三菱電機)
制動装置:回生ブレーキ併用電磁直通ブレーキ(HSC-R)
保安装置:OM-ATS
=2600系の編成表=
・5両固定編成「1964年(昭和39年)~1968年(昭和43年)」
←小田原・藤沢 新宿・片瀬江ノ島→
クハ2650+デハ2600+デハ2600+デハ2600+クハ2650
・2851+2801+2701+2601+2651
・2852+2802+2702+2602+2652
・2853+2803+2703+2603+2653
・2854+2804+2704+2604+2654
・2855+2805+2705+2605+2655
・2856+2806+2706+2606+2656
・2857+2807+2707+2607+2657
・2858+2808+2708+2608+2658
・2859+2809+2709+2609+2659
・2860+2810+2710+2610+2660
・2861+2811+2711+2611+2661
・2862+2812+2712+2612+2662
・2863+2813+2713+2613+2663
・2864+2814+2714+2614+2664
・2865+2815+2715+2615+2665
・2866+2816+2716+2616+2666
・2867+2817+2717+2617+2667
・2868+2818+2718+2618+2668
・2869+2819+2719+2619+2669
・2870+2820+2720+2620+2670
・2871+2821+2721+2621+2671
・2872+2822+2722+2622+2672
・6両固定編成「1967年(昭和42年)~1992年(平成4年)」
←小田原・箱根湯本 新宿・片瀬江ノ島→
藤沢・小田急多摩センター
クハ2650+サハ2650+デハ2600+デハ2600+デハ2600+クハ2650
・2851+2751+2801+2701+2601+2651
・2852+2752+2802+2702+2602+2652
・2853+2753+2803+2703+2603+2653
・2854+2754+2804+2704+2604+2654
・2855+2755+2805+2705+2605+2655
・2856+2756+2806+2706+2606+2656
・2857+2757+2807+2707+2607+2657
・2858+2758+2808+2708+2608+2658
・2859+2759+2809+2709+2609+2659
・2860+2760+2810+2710+2610+2660
・2861+2761+2811+2711+2611+2661
・2862+2762+2812+2712+2612+2662
・2863+2763+2813+2713+2613+2663
・2864+2764+2814+2714+2614+2664
・2865+2765+2815+2715+2615+2665
・2866+2766+2816+2716+2616+2666
・2867+2767+2817+2717+2617+2667
・2868+2768+2818+2718+2618+2668
・2869+2769+2819+2719+2619+2669
・2870+2770+2820+2720+2620+2670
・2871+2771+2821+2721+2621+2671
・2872+2772+2822+2722+2622+2672
・8両固定編成化改造終了後「1995年(平成7年)~2004年(平成16年)」
←小田原・箱根湯本 新宿・片瀬江ノ島→
藤沢・小田急多摩センター
クハ2650+サハ2650+デハ2600+デハ2600+デハ2600+クハ2650
・2852+2752+2802+2702+2602+2652
・2853+2753+2803+2703+2603+2653
・2861+2761+2811+2711+2611+2661
・2862+2762+2812+2712+2612+2662
・2863+2763+2813+2713+2613+2663
・2865+2765+2815+2715+2615+2665
・2867+2767+2817+2717+2617+2667
・2868+2768+2818+2718+2618+2668
・2869+2769+2819+2719+2619+2669
・2870+2770+2820+2720+2620+2670
・2871(Ⅱ)+2771(Ⅱ)+2821+2721+2621+2671
(2866 +2766)
・2872+2772+2822+2722+2622+2672
・8両固定編成「1992年(平成4年)~2001年(平成13年)」
←小田原・唐木田 新宿→
クハ2650+デハ2600+デハ2600+デハ2600+デハ2600+デハ2600+デハ2600+クハ2650
・2874+2824+2724+2624+2804+2704+2604+2654(Ⅱ)
(2851+2801+2701+2601) (2651)
・2875+2825+2725+2625+2805+2705+2605+2655
(2856+2806+2706+2606)
・2876+2826+2726+2626+2806(Ⅱ)+2706(Ⅱ)+2606(Ⅱ)+2656(Ⅱ)
(2864+2816+2716+2616+2814 +2714 +2614 +2664)
・2877+2827+2727+2627+2807+2707+2607+2657
(2858+2808+2708+2608)
・2879+2829+2729+2629+2809+2709+2609+2659
(2859+2810+2710+2610)
・8両固定編成「1995年(平成7年)~2000年(平成12年)・VVVF車」
←小田原・唐木田 新宿→
クハ2650+デハ2600+デハ2600+サハ2650+サハ2650+デハ2600+デハ2600+クハ2650
・2886+2736+2636+2686+2766(Ⅱ)+2716(Ⅱ)+2616(Ⅱ)+2666(Ⅱ)
(2860+2760+2757+2759+2758 +2756 +2755 +2660)
=まとめ=
神奈川県下の鉄道網は大東急時代(五島慶太)によって合併・統合されて大きな路線網を確立したわけなんですね。
その後、終戦に伴い戦災で荒廃してしまった沿線の輸送需要に答えるため、各社が独立して復興需要を支えたんですね。
そういえば、現在でも井の頭線との乗り換え駅となっている小田急(下北沢駅)・京王(明大前駅)を利用する時に、不思議な感覚に陥るのはこういった歴史があるからなのでしょうか?(単なるマニアだからwww)
線路の軌道幅が違うのも、電車を待っている駅でホームが継ぎ足しで延長されているのを眺めるとさらに感じちゃいますよね。
(単なる「超」がつくほどのマニアだからでしょうねwww)
まぁ~そんな感覚を味わいながら、これからも新しい電車に乗って乗り鉄を楽しめるのも悪くはないですよね。