GSX-R125遊び!

GSX-R125遊び!

新型の車体(GSX-R125)と遊ぶことになりました。
バイク遊びは楽しいよぉ~w
鉄道模型はBトレインショーティーで遊んでいます。
ますこっとれいんにもハマってしまいました。

ずっとモータースポーツやレプリカバイクで遊び廻った管理人(1959年生まれ)
定年退職した筈なのに、近くで本物を見ていたくて鉄道関係の仕事へ?(笑)
相変わらずバイクに乗ったり、鉄道模型を楽しんだりして遊んでます。
クルマもバイクも鉄道もやっぱりみんな面白いよ!
まぁ~人生は一回だけ。
やりたいことかって後悔しないように楽しみましょう~(笑)
クルマやバイクに乗ると今までとは違った景色が見えてくるんですよ!
模型で遊ぶと手先を使ってボケ防止になるかもね?(爆)

さて、お遊び用のスマホが届いたので、そこで早速、勤務先での通信速度を計測してみました。

比較した端末はこちらの2台です

・楽天モバイル:Rakuten最強プラン

 「Rakuten Hand 5G:4GB (RAM) / 128GB (ROM)android11」

・IIJmio:ギガプラン データ/eSIM 2GB

 「moto j66g 5G:8GB (RAM) / 128GB (ROM)android15」

 

まぁ~測るまでもなく、とっても悲惨な結果が待ち受けているのは分かってますw

さぁ~それでは結果やいかに?www

事務所①(地下4階レベルにある環境で地下鉄の線路がめちゃくちゃ近いので電車の来ると繋がりませんw)

・楽天モバイル

 ダウンロード(Mbps):1.31・1.88・0.64

 アップロード(Mbps):0.15・0.01・3.96

・IIJmio

 ダウンロード(Mbps):4.81・4.54・4.43

 アップロード(Mbps):2.98・1.95・1.70

事務所②(地上1.5階レベルにある非常に強固な造りのビルです)

※近くになる公共フリーWifiも使えない通信環境です。

・楽天モバイル

 ダウンロード(Mbps):11.5・22.2

 アップロード(Mbps):6.89・7.11

・IIJmio

 ダウンロード(Mbps):9.85・9.82

 アップロード(Mbps):5.55・6.48

=結果=

やはり東京都と言えども区内でメチャクチャ通信環境が異なりますよね~

職場のある江東区内でも、臨海部(有明・豊洲・東雲など)は、新しいマンションが多く、マンションごとの設備に依存しています。(共有回線の混雑状況で速度が低下しています。)しかし、内陸部・下町(亀戸・森下・門前仲町など)は、地下や古い建物で届きにくい環境があるようです。

まぁ〜全くこの通りでしたwww

事務所①はまるでシェルター内の居るような環境なので引き込んで設備を整えないと無理なんでしょうね。

事務所②は海抜ゼロメートル地域なので、非常にぶ厚いコンクリート造りの古い建物なんです。

さらに今更ですが、IIJmioの現在のプランは4Gのみで5G対応していないことが発覚しました。(契約する時に見てなかったw)

また、今回測定を行った休憩時間と通勤時間の操作だけであっと言う間に契約している2GBが終了してしまいましたw

コレでしばらく(今月いっぱい)は超〜懐かしの超低速の300Kbpsで遊びことになってしまいましたww

まぁ~端末だけ買って遊んでいるんだと思えばいいんですよwww



しまったぁ~!!

前回の営団7000系を勉強する前に、こちらの営団6000系を調べておけばよかったぁ!

まぁ~、入手出来たタイミングが違うので仕方ないんですけどねぇ~(泣)

今回入手したのは、営団6000系先頭車(冷房車)の未組立品×1両と、組立済みの営団6000系先頭車(非冷房)になります。

(どちらも安価に譲渡して頂き、ありがとうございました。)

まずは組立済みの先頭車(冷房準備車)から整備します。

さっそく分解しましたが、バリがほとんどありませんでした。

とても丁寧に作られたんですね~

さて?車番どうしようかな?

そうだ!冷房準備車だから4次量産車(6022号車)にしましょう!
(ちょうどデカールに車番があったのでw)

あぁ~・・・やっぱり営団地下鉄(帝都高速度交通営団)のマークはいいですね~w

さぁ!とりあえず満足したところで新製する車両にも手をつけます。

こちらは冷房搭載車でドアの窓も大きいタイプなんですね。

サクッと組立、サクッと完成です。

こちらは、もちろん東京メトロの車両(6122号車)にしました。

東京メトロ(車体更新後)&営団地下鉄(車体更新前)
う~ん!実にいいですなぁ~w

しかし、デカールと屋根板だけでずいぶん車両の印象が変わりますね~

行先もしっかり貼り付けます。

やっぱり「綾瀬」と「代々木上原」は外せませんよねぇ~w

側面の印象はドアの窓でホントに大きく変わっちゃうんです。

いろいろなバラエティーで楽しめるお手軽なモデルでした。

あまったデカールで前回整備した、7000系も飾りましょう。

ところでみなさん!「営団成増」なんてご存じ無いでしょうねぇ~?www

しっかり遊んだ営団地下鉄6000系。

さて、それでは7000系に続いて6000系について、しっかりお勉強でもしましょうかね?

(このあと、それはもう6000系の「沼」にハマって大変でしたwww)

=営団地下鉄6000系の概要=

1968年(昭和43年)から1990年(平成2年)まで試作車・量産車あわせて36編成353両が製造されたんですね。

20m4扉のアルミ合金車体で、なんと言っても制御方式で回生ブレーキ付き電機子チョッパー制御方式といった当時の最新技術を積極的に採用した電車です。

「耐用年数40年以上、新技術の導入、保守の容易化、車両の軽量化」を設計の基本としていました。

1971年(昭和46年)3月の千代田線(大手町駅~霞が関駅間)の延伸開業に合わせて営業運転が開始されました。

この前年「1970年(昭和45年)」に日本初の電機子チョッパー制御車として営業運転を開始したのは、阪神電気鉄道の7001・7101形でしたが、こちらは回生ブレーキのない力行専用の車両だったんですね。

千代田線には、当初から電機子チョッパ制御を採用した6000系を投入する予定でしたが、当時の最新技術であったチョッパ制御の開発・試験には大きく時間を要したことから、千代田線の最初の開業には間に合わなかったんですね。

そこで急遽、東西線用として製造していた5000系をやむなく千代田線へ投入したわけなんですね。

もちろん応急的な対策で、将来の東西線輸送力増強時には転籍させることを考慮していました。

6000系のチョッパ制御と車体スタイルは、後に有楽町線用の7000系や、半蔵門線用の8000系に引き継がれています。

また、6000系の後継・増備系列として、1992年(平成4年)06系の10両編成が1本製造されましたが、その後の増備にはならず、2015年(平成27年)には廃車されてしまいました。

登場した6000系は「21世紀の電車」というキャッチフレーズをそのままに、21世紀となった2000年代に入っても千代田線の主力車両として運用されていました。その後、後継車となる16000系の登場により2010年(平成22年)から廃車がはじまり、2018年(平成30年)に千代田線での運用が終了しました。

 

=受賞=

1972年(昭和47年)3月、「直流電気車用主回路チョッパ制御装置の開発」による業績で、営団地下鉄理事(当時は車両担当)・

日立製作所事業部長・三菱電機事業部長が連名で第18回「大河内記念技術賞」(昭和46年度)を受賞しました。

また、同年の1972年(昭和47年)度「鉄道友の会ローレル賞」も受賞しています。

 

=営団地下鉄7000系の諸元=

製造会社:日本車輛製造、東急車輛製造、川崎重工業、近畿車輛

製造年:1974年(昭和49年)~1989年(平成元年)

運用開始:1974年(昭和49年)10月から

製造数:34編成(合計340両)

投入先:有楽町線、副都心線

編成:8・10両編成

軌間:1.067mm

電気方式:直流1,500v(架空電車線方式)

最高運転速度:80km/h(有楽町線・副都心線内)、110km/h(相互直通先)

最高設計速度:110km/h

起動加速度:3.3km/h/s

減速度(常用):3.5km/h/s

減速度(非常):4.5km/h/s

編成定員:10両編成「1,424(座席522)人」、8両編成「1,136(座席414または408)人」

車両定員:先頭車136(座席48)人、中間車144(座席54または51)人

全長:20,000mm

全幅:2,800mm

全高:4,145mm

車体:アルミニウム合金

主電動機・出力:かご形三相誘導電動機「160kWまたは165kW(更新後)」、直流直巻電動機「150kW(更新前)」

駆動方式:WN平行カルダンドライブ

歯車比:6.53

台車:Sミンデン式台車(FS-388)、SUミンデン式台車(FS-388A・FS-515)

制御方式:IGBT素子VVVFインバータ制御(更新後)、AVFチョッパー制御(更新前)

制動装置:ATC連動電気指令式空気ブレーキ(回生ブレーキ併用)

保安装置:新CS-ATC・ATO、ATC-P・T-DATC、東武形ATS・西武形ATS

 

それでは世界初の「サイリスタチョッパ制御」の車両について、一緒に勉強していきましょう!www

=1次試作車=

1968年(昭和43年)4月、世界初となる「サイリスタチョッパ制御」の実用化を図るため、3両編成のアルミ合金製車両が汽車会社で製造されています。(当初の車号は6001~6003だったんですね。)

運転士からの広い視野を確保するから、非常扉を車掌台側へ寄せることで運転台スペースを広く確保しています。

運転台前のフロントガラスは大型化して、上部に行先表示器・運行表示器が収められています。このため、前面デザインは非対称となって、正面の非常口は避難はしごを一体化した、前倒し式になっていたんですね。

このデザインと構造は日本車輛製造東京支店「蕨製作所:埼玉県川口市(1971年:昭和46年生産終了)」が考案したもので、その後に登場した地下鉄車両に、大きな影響を与えたと言われています。

製造当時は前面・側面共に車体裾部に騒音対策用のスカ-トを設置、しかし保守点検の際に脱着する必要があったため、側面のスカートは撤去されました。その後、前面スカートも取り外されています。

車体の正面・側面には電動式の方向幕が設置されていましたが、側面の方向幕は、路線の延伸開業ごとに駅名を追加する手間がかかることから、将来的に実用化すること、として試験設置のみでした。

ちなみに改番後の6000-1の前面行先表示器は液晶式やLED式表示器の試験的に設置したこともありましたが、本車両は運用区間が限定されて、しかも短距離だったので幕式に戻されています。

乗務員室側開き戸は高さを約2,100mmと高くして、わざわざ室内には車掌用踏み台を設置。車掌が旅客の乗降の安全確認を行いやすいように工夫されています。

車体はそもそも千代田線への導入を考慮して、国鉄(現:JR東日本)常磐線各駅停車および小田急電鉄小田原線との相互直通運転が可能な20m4扉車として、千代田線の開業までは東西線の深川検車区に配置されました。

そのため保安装置は東西線用のWS-ATCとされて、誘導無線も同線用のものを搭載しました。

台車はS形ミンデン式軸箱支持方式として、基礎ブレーキは各車軸の車輪1枚にディスクブレーキを採用しています。

・6001号車には「三菱電機製主電動機を搭載したFS-368A形(歯車比:6.53)」を装備。

・6003号車には「日立製作所製主電動機を搭載したFS-368B形(歯車比:6.19)」を装備しました。

・6002号車には両方の台車を用意して試験する装置によって台車を使い分けていたんですね。

これは三菱電機と日立製作所で主電動機の性能が異なるための措置だったんですね。

補助電源装置は22kVAの静止形インバータ(SIV)が搭載されましたが、機器艤装の問題から2次試作車以降は一般的な電動発電機(MG)になっています。

ブレーキ装置には当時最新の回生ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキを採用。(チョッパ制御時のみ回生ブレーキが使用可) 

運転台について6001号車は従来からのツーハンドルマスコンですが、6003号車には日本では珍しいシネストンタイプと呼ばれる縦軸式のワンハンドル式マスター・コントローラーが採用されました。しかし、2次試作車以降では採用を見送られています。

運転台計器盤は、黒地に白文字表記として視認性に優れ、計器(メーター)は6001号車では水平面に配置、6003号車では正面パネルに配置されたんですね。

 

=チョッパ制御装置=

試験車らしく、6001号車には三菱電機製のチョッパ制御装置(A方式)、6003号車には日立製作所製のチョッパ制御装置(B方式)が搭載。中間の6002号車には抵抗制御装置がそれぞれ搭載されました。

これは地下鉄線内だけではなく、乗り入れ先となる地上線での高速性能と両立が出来る性能にしたためだったんですね。

電機器関係は将来の10両編成での運用を考慮したもので、当時はチョッパ制御の高粘着性能が知られていなかったためで、編成の最終形態は8M2Tでと、考えられていたんですね。

本試作車はチョッパ制御装置に加えて抵抗制御装置も搭載するため、主電動機はチョッパ制御と抵抗制御の両方に対応した仕様で、定格速度を高くすると抵抗器による損失が増加してしまうため、定格速度は35km/hと低く抑えられていました。

この定格速度が低いことから、高速からの回生ブレーキは、弱め界磁制御で所定のブレーキ力を確保しています。

(力行、回生ブレーキとも3段式分流弱め界磁・最弱め界磁率30%)

車両性能は東西線用5000系と同等以上とするため、10両編成の起動加速度3.5km/h/sを確保しました。(試作車の時点では2M1Tで2.7km/h/s)。また、いずれの制御装置も95kWの主電動機を8台制御することが可能で、チョッパ制御と抵抗制御の直接の比較試験も実施されました。ただし、本車は全電動車(3M)ですが、走行時は必ず2M1Tになっていました。

・6001号車のチョッパ制御・6002号車の抵抗制御で運転する場合:6003号車は制御車(Tc:主電動機カット)。

・6003号車のチョッパ制御・6002号車の抵抗制御で運転する場合:6001号車は制御車(Tc:主電動機カット)でした。

チョッパ装置は素子に逆阻止サイリスタを使用したものになっています。

・三菱電機製:二相二重二群(四相)チョッパ方式。 各相の周波数は200Hz、合成周波数は800Hz一定です。

・日立製作所製:二相二重チョッパ方式。 各相の主端数は85Hzまたは120Hz、合成周波数は170Hzまたは240Hz一定です。

※どちらも方式も起動時のみわずかに下げています。

三菱電機が提案した2台のチョッパ装置を位相差運転する多相多重チョッパ方式は、誘導障害対策と装置の小型軽量化に大きな効果を発揮しました。素子の冷却はブロアー(送風機)による強制風冷方式で3次車まで同様になっています。

一方、日立製作所からは高粘着制御について提案され、実車試験を行ったところ従来の10両編成時、8M2Tが必要だったMT比を6M4Tで達成出来ることが判明しました。これは回生ブレーキの実用化と電動車数削減による経済性向上が大きなメリットとなつことが期待されました。

主電動機の定格速度が低いことは回生ブレーキ性能の低下に繋がっているので、空気ブレーキの使用が大きく、期待したほどの回生電力量は達成できなかったんですね。このため、2次試作車では回生電力量を向上させるために、主電動機をチョッパ制御専用として定格速度を高めています。

本来、2次試作車以降はどちらかの装置を正式に採用する予定でしたが、最終的にはどちらの方式も甲乙がつけがたく、共同設計として両社の機器を採用することになったんですね。

 

=抵抗制御装置=

ところで6002号車の搭載された主制御器はバーニア制御を用いた超多段式制御方式で、三菱電機製の電動カム軸式抵抗制御(ABFM-125-15MDH形)が採用されていました。

この装置は日比谷線用の3000系と同等であり、制御段数は力行65段(直列25台、並列30段、弱界磁10段)、制動55段のパターン制御を採用しています。

抵抗制御中はノッチオフ時は戻しノッチ遮断、ブレーキ緩解時は弱め界磁の後に発電ブレーキ主回路を開放することで、加減速時の乗り心地の向上を図っているんですね。付帯機器である断流器や各種継電器類には新しいものを採用して、保守性の向上と小型軽量化を実現しています。

本抵抗式制御装置も10両編成時の起動加速度は3.5km/h/sとしています。(ただし、試作車の時点2M1Tで2.7km/h/s)

抵抗制御の場合は、回生ブレーキではなく発電ブレーキの使用となります。

当時はスカートを配置することから、抵抗器の冷却性能を確保するため送風機を設置しています。

 

=車内内装=

車内配色は、天井を白色に弁慶縞の模様入り、側面を暗いベージュ、床敷物は薄茶色としました。

座席モケットの表地は赤色として、全体的に豪華さを演出したんですね。

新しい仕様として、座席横の仕切りを金属パイプから木目調の化粧板を貼った、板状のものにしました。

その他、試験車両らしく、6001号車には日中の利用時にロングシートの座席を100mm通路側へ引き出してリクライニングする機能を搭載。また6003号車は床下だけでは機器が収まらず、チョッパ装置の一部と静止形インバータ(SIV)を室内に艤装されています。

天井部には大型の扇風機(50cmタイプ)と併用する「振りかけ冷房」と呼ばれる簡易冷房装置の準備もされていました。

もちろん非冷房車ではありますが、将来の車両冷房化を考慮した構体構造になっています。

これは車両性能や主電動機なども含めて、冷房化による重量増を考慮していたんですね。

当時の営団地下鉄はトンネル冷房を推進しており、車両の冷房化は行わない方針だったんですよね。

ただし、将来の乗り入れ先での冷房化を考慮して、1967年(昭和42年)以降の新車では秘密裏に冷房搭載の準備工事を進めていたんですね。(ちなみにこの冷房搭載の準備工事は社外秘になっていたようです)

側窓は大形押出形材を使用して、車両を軽量化するために上段下降・下段上昇式の2段式として開口寸法を小さくしたほか、戸袋窓は設置しませんでした。客室ドアは化粧板仕上げとして、ドアガラスは太いHゴム支持方式になっています。

ドアガラスは東西線の5000系から採用した小さなもので、これは戸袋への引き込まれ事故を防止するためだったんですね。

連結面の貫通路は袖仕切の形状と合わせた全断面の大形貫通路として見通しのよいものになっています。

当時のつり革は丸型が主流でしたが、三角形の形状を採用しています。

さらに、側窓上部にある紙面広告は裏側から蛍光灯で照らし出し、広告の効果を高めるという「照明付き広告」を採用しました。

しかし、これは静電気によるホコリの付着や電気の消費量が非常に大きいことなどから2次試作車では不採用となって、本車両も改造時に撤去されています。なお、この「照明付き広告」や三角形のつり革、「振りかけ冷房」準備などは、同時期に新製されたばかりの銀座線用の1500N形にも採用されています。

連結間の幌は、6002~6003号車間には従来からのナイロン製の蛇腹式を、6001~6002号車間にはウレタンフォームをナイロンで覆うことで防音と断熱効果を高めた新しいタイプを使用しています。

 

=1次試作車のその後=

竣工当時は深川検車区内や東西線の地下区間を走行試験。翌1969年(昭和44年)の東陽町~西船橋延伸開業後は地上区間での各種の走行試験を行った後、1970年(昭和45年)に千代田線へ回送、綾瀬検車区に転属しました。

1968年(昭和43年)5月~9月にかけて信号保安設備、列車無線設備への誘導障害の確認試験が行われています。

その後、CS-ATCを設置。試験用のチョッパ制御装置2台は撤去して、抵抗制御が残されて6001号車は電装解除されて2M1T編成に改められました。なお、車号は量産車と重複するので6000-1、6000-2、6000-3号車と変更されました。

1973年(昭和48年)3月には有楽町線用の7000系に搭載を予定していたAVF(自動可変界磁制御)式チョッパ制御装置の試験を実施。1978年(昭和53年)11月にはVVVFインバータ制御の試験も実施されています。

1979年(昭和54年)12月、北綾瀬~綾瀬間の開業により既存区間と運行系統が異なる同区間に転用されました。

同時に5000系と同じ抵抗式制御装置、主電動機、ブレーキ装置(電磁直通ブレーキ)、補助電源装置「電動発電機(MG):12kVA」を新製して換装されています。また、この時に5000系用の主電動機(100kW)を搭載するため、台車をFS-502形に交換。制御車の6000-1号車は台車の交換はせずに、基礎ブレーキをディスク式から踏面ブレーキに改修したFS-068R形になりました。

車内はそれまで準備工事だった、扇風機、客室暖房器が新たに設置されました。さらに、室内灯の増設、予備等が新設されています。また、6000-3号車のマスター・コントローラーがワンハンドル式からツーハンドル式に変更。ロングシートのリクライニング機構は撤去されました。

その後、1994年(平成6年)に冷房化改造工事と車体更新工事が行われ、車内のリニューアルも施工されました。

この時に、台車は東西線用5000系の廃車発生品のものに交換されています。

1次試作車は北綾瀬駅~綾瀬駅間での運用のみでしたが、2014年(平成26年)5月に05系に置き換えられて運用を終了しました。編成は下記のとおりです。

←綾瀬     北綾瀬→

6000-1+6000-2+6000-3

 

=1次試作車と2次試作車のちがい=

・車両番号は量産車と異なって、6000ー1、6000-2、6000-3に付番されています。系列名は「6000系ハイフン車」と称されます。

・先頭車両の上半分の傾斜が量産車よりやや角度が緩く、前面ガラスも量産車より小さい。(のちに量産車と同サイズに交換)

 これは2次試作車以降、前面傾斜を大きくして車体を40mm延長しているからなんですね。さらに前面ガラスの取り付けを外板

 より深くしたんです。営団の団章「Sマーク」は厚みを持たせて、車両番号位置を非常扉位置に合わせました。

・運転台ワイパーが1本で量産車は2本になっています。アンチクライマー形状が小さく、細い形状でした。

・側面雨樋の位置が量産車より高く、肩部が張り上げになっています。これは2次試作車以降は雨樋も車体の構成部材にしたから

 です。

・座席端部にある仕切りの切り込み部分が通路側に斜めになっています。(量産車は垂直方向)

・側面の車両番号表記位置が幕板部になっています。(現場からの要望で2次量産車から腰板部に変更)

 

=2次試作車=

1次試作車の結果を踏まえて、1969年(昭和44年)8月にオール電動車の6両編成×1本が2次試作車として製造されました。

この編成は主に複数ユニットでの誘導障害試験や回生ブレーキ使用時の問題点の確認などを目的に川崎重工業で造られています。

1次試作車と同様に深川検車区に配置され、東西線の地上区間を中心に各種試験が行われました。

この2次試作車は量産先行車として、4両の付随車を追加すれば10両編成での営業運転が出来るように設計されました。

外観では前面・側面ともにスカートを廃止、当初は1次試作車と同じく前照灯の部分で緑色の識別帯が途切れていました。

車体は軽量化を図るために大形押出形材を有効に活用し、車体制作時における艤装の容易化やデザインの見直しなどを考慮して製造されました。なお、側面の識別帯は太さを150mmから180mmへ太くしています。

車体の軽量化が大きく進められ、台枠に取り付ける機器を最適な配置にして、合わせて電機品の寸法を決定。この結果、機器吊り金具を大幅に省略することが出来ました。台枠側はり、側構えの長桁・軒桁には大形押出形材が使用され、台枠を薄肉化して、その深さを145mmから200mmとしましたが、床下機器の取り付け高さを下げる事ができないため、床面高さを1,150mから1,200mmに上がりました。ドア間の側構えの組立は、完成した一式を車体に組み込むユニット方式にしました。

これらにより、構体重量は1次試作車の5.0tから4.36tと約640kgも軽量化されました。

側窓も完成した一式をそのまま車体に取り付けるユニット方式に変更して、制作の合理化を図っています。

なお、側窓の高さは1次試験車の800mmから750mmとさらに縮小されました。

チョッパ制御による粘着性能の向上により、8M2Tから6M4Tで編成が組成できることが判明、主電動機の出力は145kWに増大しました。これにより2次試験車の主電動機はチョッパ制御専用のものとして、高速からの回生ブレーキを確保するため、定格速度を1次試験車の35km/hから55km/hに向上させました。主電動機の定格速度が高く、弱め界磁を使用しなくても所定の力行性能が得られるため、高速からの全界磁回生ブレーキが可能になっています。これで弱め界磁用の機器を省略し、機器重量の軽減に繋がりましたが、のちの営業運転時には弱め界磁が追加されています。

チョッパ制御装置は三菱電機(2台)と日立製作所(1台)を採用しましたが、総括制御して運転するため、機器の使用は統一されています。誘導障害対策としては三相三重チョッパ方式となり、各相220Hz×3・合成周波数660Hzとしましたが、起動時のみ周波数を下げています。なお、歯車比は6.53と再び大きくとっています。

ブレーキ装置はブレーキシリンダ配管をできる限り直線として短縮、ブレーキ作用装置とは別に台車中継弁を設置することで回生ブレーキ⇔空気ブレーキ間の切り替えが格段に速くなりました。

方向幕は前面のみの手動式として、側面については不採用になりました。その後、小田急線乗り入れ開始時に側面方向幕の増設と電動化が行われています。車内については袖仕切り形状の変更や床敷物がグレーに変更された程度になっています。

なお、本車両でも座席背もたれのリクライニング機構を2両に設置、1次試験車よりも座面の張り出しを50mm大きくして、背もたれも60mm下がるようにしました。残る4両は準備工事のみ実施されました。

客室ドアガラスはサイズの変更はなくHゴムから金属支持に変更され、すっきりしたものになりました。

1次試作車とは異なり、試験終了後の営業運転を考慮して客室扇風機と暖房器は当初より設置されています。

座席端部の切れ込みは「袖」の角より下が、ほぼ垂直となり、切れ込み部分は斜めながら角度が1次試作車よりなだらかになりました。

 

=2次試作車のその後=

この編成は1970年(昭和45年)に量産化改造のため、汽車製造において千代田線・常磐緩行線用のCS-ATC(国鉄呼称:ATC-4)、列車無線、制御装置への弱め界磁回路追加などを実施して、1971年(昭和46年)2月に千代田線に移動されました。

また、T車(付随車)4両を組み込み、落成時の6011~6016号車から6101編成に改番されました。なお、この付随車4両(6501・6601・6701・6801)は1次量産車に分類されています。

その後、1972年(昭和47年)12月には試作車6両の台車の改修が行われ、基礎ブレーキがディスクブレーキ式のものから、量産車と同様に両抱き踏面式のものに変更されました。(FS-368C形→FS-378形)

なお、本編成は両端とも制御電動車になっている点が量産車と異なっています。また、車体側面裾が118mm長く、小田急線の車両限界に抵触するため、小田急線内には乗り入れることが出来ず、小田急線の保安装置も装備されていません。

この編成は千代田線における最後の非冷房車でしたが、1994年(平成6年)9月に冷房化改造を受け、千代田線の全車冷房化が完了しました。1999年(平成11年)1月には車体更新・室内更新・VVVFインバータ化改造が行われ、特徴の車体裾部には切り欠きが入りました。

また、2次試作車の6両(中間増備車4両も同様)、1次量産車の120両は信託車両で導入されたんですね。

信託期間は5年度間「1次量産車:1970年度(昭和45年度)から1974年度(昭和49年度)。2次試作車×6両:1969年度(昭和44年)から1973年度(昭和48年度)」でしたが、期間を待たずに1972年度(昭和47年度)内に全車両の繰り上げ支払いが完了。

同年度末までに信託車両は解消されています。2次量産車の60両は1972年度(昭和47年度)に同じく、信託車両として導入されましたが、落成と同時期に残りの4年度分の割賦支払額を一括で支払っています。

 

=1・2次量産車「1970年(昭和45年)~1972年(昭和47年)」=

1971年(昭和46年)に千代田線初の新系列車両として大手町駅~霞が関駅間の開業に合わせて、1次車となる第02~13編成が。

1972年(昭和47年)には2次車として代々木公園駅の延伸開業に合わせて第14~19編成が投入されました。

車両の製造は1次車が5社(川崎重工業・近畿車輛・汽車製造・日本車輛製造・東急車輛製造)で竣工。2次車は汽車製造を除く4社で製造されました。

車内の配色は2次試作車などと同じで、荷棚は金網式、側窓のカーテンは灰色になっています。座席は試作車と同じ赤色ですが、リクライニング機構は見送られてします。なお、貫通扉のない妻面は木目ですが、貫通扉のある妻面はベージュの化粧板が採用されています。当初、つり革は座席の前のみでドア付近にはまったくありませんでした。側窓は天地寸法の低い上段下降・下段上昇式の2段窓タイプになっています。これは車体の大幅な軽量化を図り、開口部を小さくすることで剛性の低下を抑える事が目的でしたが、残念ながら外観的にも乗客の居住性からも不評でした。

扉間の座席長さは6.5人掛け(2,920mm)として、ラッシュ時には7人、閑散時には6人を目論んで座席の分轄を3人+4人に分けず、中央で分割しています。車端部の座席は3人掛けで、ドア横の立ちスペースは250mmとしました。

当時のこの方法は座席定員に問題点が残りますが、ドア横の立席スペースを一定量確保する目的としていました。

車内の見通しを良くするため、簡易運転台のある5号車と6号車間を除き、断面の大きな貫通路を設けました。このグループは乗務員室側面扉の高さが高くなっています。また、側面方向幕の準備工事が行われ、正面方向幕は2次量産車では電動式となり、小田急線乗り入れ開始時には1・2次車ともに側面方向幕の設置と電動化が行われました。

2次量産車では前面識別帯の上部に手すりが設置、アンチクライマーの下段がステップとなるように大型のものに変更され、従来の車両も改修されました。構体重量は限界まで軽量化が図られ、1次量産車よりも約200kg軽く、約3.9tになっています。

乗務員室内は緑色の配色であり、運転台計器盤は紺色の配色になっています。主幹制御器は回転式ツーハンドル式で、北綾瀬~綾瀬間を除いてマスコンハンドルはデッドマン装置のない国鉄タイプでブレーキハンドルにはノッチが刻まれています。

乗務員室は客室との仕切り壁にATC装置などの機器類を収めるため、乗務員室直後の客用ドア手前まで収納されています。

乗務員室仕切りには客室側から向かって右端に乗務員室扉があり、仕切り壁にはATC装置や列車無線機器などが収められているので、乗務員室扉にある窓から運転席は見えません。当初の1次試作車では乗務員室仕切り中央部に小窓がありましたが、後の更新時に廃止されています。2次試作車以降はATC装置など搭載機器が増大したため、仕切り壁部の窓は廃止されました。

ただし、4次量産車(第22編成)からは運転席後部に小窓(車掌監視窓)が設置されました。

2次試作車と同様の制御装置と主電動機を装備していますが、常磐線・小田急線への乗り入れを考慮して主回路に力行時弱め界磁を追加し(分路方式・地上線での高速性能に対応)、その機器を追加設置しています。さらに周辺機器の小型軽量化を図り、重量換算で約25%軽量化しています。

第02~08編成は三相三重チョッパ方式(素周波数220Hz×3・合成周波数660Hz)、第09編成以降は二相二重チョッパ方式(素周波数は限界に近い330Hz×2・合成周波数660Hz)として、コストダウンを図りました。なお、チョッパ回路以外の主回路は同一になっています。2次試作車では起動時のみ周波数を下げていましたが、量産車では誘導障害対策の強化として完全な660Hz定周波数制御として、さらに主回路配線の高周波対策を実施しています。

主回路の素子は第10編成までは逆阻止サイリスタを使用、第11編成以降は逆導通サイリスタを使用して転流回路の簡素化が図られました。素子の冷却にはブロワーによる強制風冷方式を使用しています。

ブレーキ装置は応答性に優れた電気指令式空気ブレーキを採用、台車はS形ミンデン式のFSー378形になりました。

基礎ブレーキは1・2次試作車は1軸1枚の車輪ディスクブレーキでした。(全車電動車なので)しかし、回生ブレーキは使用しないで空気ブレーキだけで運転する場合は、ディスクブレーキの温度上昇が大きく摩耗量も激しいことから、量産車からは両抱え式の踏面ブレーキになっています。

補機としてはM2車に電動発電機(MG:20kVA)、空気圧縮機(CP)はレシプロ式のC-2000M形を搭載しています。

回生電力有効活用のため、千代田線の変電所内に電力回生用インバータを設置することを検討しましたが、設置しなくても電力料金の節約とトンネル内の温度上昇には問題ないと判断されて、設置は見送られています。これは変電所へ電力回生インバータ(または抵抗器)を設置するのに多額な投資が必要なためと判断されたことによるものでした。

なお、1次量産車のうち、第09・11編成は二相二重チョッパ方式の試験を実施するため、本系列の量産車としては最初の1970年(昭和45年)10月5日(第09編成:三菱電機製)、10月11日、(第11編成:日立製作所製)が搬入されて、11月より千代田線と常磐線においてチョッパ制御による誘導障害などの各種試験が行われました。

それ以外の編成は1970年(昭和45年)10月下旬から、翌1971年(昭和46年)2月下旬に搬入されました。

 

=消費電力=

営団地下鉄はチョッパ制御による消費電力削減効果を検証するため、電力消費量の測定が行われています。

・1次試作車:回生率は10.5%、電力消費量は23.9%(抵抗制御と比較)

 チョッパ制御装置と抵抗制御装置の両方を搭載したため、同一走行条件で測定が行われました。

・2次試作車:回生率は17.8%

・量産車:主回路電力は44%、電力消費量は39%(総合的に電力消費量は約40%の削減が確認されています)

 千代田線で運用している5000系(抵抗制御)と6000系(量産車)を使用して比較検証されました。

(なお、主回路44%の内訳はチョッパ制御で36%、アルミ車体の軽量化で13% ※但し相乗効果が加味されています) 

 

=3次量産車「1978年(昭和53年)」=

1978年(昭和53年)の代々木上原延長・小田急線乗り入れ開始に伴い、3次車として第20・21編成が製造されました。

3次車の製造は川崎重工業と日本車輛製造が担当しています。

当初より小田急線乗り入れ機器(OM-ATS、列車無線装置の設置など)、側面方向幕、通過標識灯、前面ガラスにデフロスター、保安ブレーキなどを装備のうえ落成しています。乗務員室側面扉は高さの低いものに変更され、一部の車両に連結面貫通扉を増設。

火災対策の強化として座席表地の材質変更、消火器の増設が行われました。

制御装置のサイリスタは1,300V規格から2,500V規格(2,500Vー400A)の大容量品に変更、台車は一部改良されました。

乗り入れ機器などの装備は1978年(昭和53年)までに1次・2次量産車にも追加装備されました。なお、通過標識灯は1998年(平成10年)4月に小田急電鉄が使用を停止したため、後年、全車撤去されています。

このうち6920号車と6911号車の2両においては、1977年(昭和52年)より、強制風冷式に代わって試験的にフロン沸騰冷却式チョッパ装置の試験を実施しています。また、この結果が良好であったことから、半蔵門線用の8000系では正式採用されています。

なお、このチョッパ装置は制御装置更新工事が行われるまで残されていました。

 

=4次量産車「1981年(昭和56年)」=

1981年(昭和56年)以降に製造された4次車(第22~28編成)は、千代田線で使用されていた5000系の10両編成×5本を東西線へ転用するための代替(50両)および千代田線の輸送力増強用(20両)として投入されました。

4次車の製造は日本車両・川崎重工業・近畿車両が担当しています。

輸送力増強は1981年(昭和56年)10月のダイヤ改正に伴うもので、朝ラッシュ時の運転間隔を3分20秒(毎時18本)から3分(毎時20本)に増発するための増車になります。

半蔵門線用の8000系の設計が取り入れられて、車内冷房装置の準備車として落成しています。

屋根上には集中式冷房装置が設置できるようにしたほか、車内には冷房用ダクト、補助送風機としてラインデリアが設置されました。さらに冷房配線も施工されていて、冷房装置本体と電源装置を取り付ければ、すぐに使用できるようになっていました。

当初の冷房方式は稼働率制御方式(ON/OFF制御)で、電源は三相交流440V、60Hzを出力するブラシレス電動発電機(MG)が想定されていましたが、実際の冷房化改造時には直流600Vを電源とするインバータ制御式冷房装置とDC-DCコンバータ電源の省エネルギー型システムの採用に変更されています。

客室扉間隔は3次車まで3,500mmでしたが、3,450mmに変更、扉間の座席長さは7人掛けとなり、ドア横の立ちスペースは180mmに縮小されました。車端部の座席は3人掛けでドア横の立ちスペースは200mmになっています。

側窓は従来の2段式窓から天地寸法が拡大された1枚下降窓に変更、窓枠も細くなり側面の印象が大きく変わりました。

各車両の連結面は貫通扉が設置されています。袖仕切りは床に接しない形状に変更、蹴り込み板の形状を斜めにしています。

室内灯に使用されている予備灯は従来の白熱灯からインバータ式で蛍光灯兼用のものに変更されています。

放送装置は自動音量調整機能付き(両先頭車のみ)として、乗客が聞き取りやすいものになりました。

乗務員室仕切り部には小窓が新設され、ドアエンジンは1~3次量産車とは異なり、開閉時に大きな音がする「俗にいう(爆弾ドア)」タイプになりました。側面の行先表示器は8000系と同寸法に変更され、わずかに大きくなっています。

制御装置の素子は逆導通サイリスタ(素子は2,500V-1,000Aにアップ)ですが、冷却方法をフロン沸騰冷却方式に変更して低騒音化が図られています。また、同地は周辺機器も含めた一体形からチョッパ装置×2箱とゲート制御箱×1箱の3分割形になりました。台車は曲線通過性がよいSUミンデン式(U形ゴムパッド付き片板ばね式)軸箱支持のFS-378B形に変更されています。

空気圧縮機(CP)は8000系で採用された低騒音形のC-2000L形になりました。5・6号車の中間車の床下には冷房用電源装置の準備工事が行われています。なお、一部編成のCS-ATC装置は5000系から移設したものを再利用しています。

 

=5次量産車「1984年(昭和59年)~1985年(昭和60年)」=

1984年(昭和59年)から5次車(第29~32編成)が落成しました。これは1985年(昭和60年)3月のダイヤ改正による輸送力増強

に伴うもので、朝ラッシュ時の運転間隔を3分(毎時20本)から2分30秒(毎時24本)に増発するための増車になります。

4次車の製造は日本車両・近畿車両・東急車両製造・川崎重工業が担当しました。

屋根曲線を変更して、車内の天井高さが45mm高くなりました。客室の配色も変更されて、袖仕切りと枕木方向の化粧板をマルメットグリーンと呼ばれる緑色系に、それ以外はアイボリー系の色調に変更されました。客室ドアは窓が若干拡大されたものになり、座席のモケットはグリーン系に変更、同時期に落成した銀座線用の01系量産車と同じエコーラインの区分柄を採用しています。さらに前面展望を考慮して、乗務員室仕切り窓が拡大されました。細かな点では放送装置の自動音量調整機能を4次車の両先頭車のみから各車への設置となり、尾灯や車側灯がLED化されました。なお、このLED化は従来車にも全車に施工されています。

誘導無線アンテナはそれまで両先頭車に分散配置されていましたが、このグループからは8号車である6800形に集中配置されています。空気圧縮機(CP)は01系で採用された低騒音形のC-2000LA形に変更されています。1~4次量産車では基礎ブレーキが両抱き式踏面ブレーキを使用してしていましたが、これ以降の製造次車では片押し式踏面ブレーキに変更され、台車もFS-523形を採用しています。

 

=6次量産車「1988年(昭和63年)」=

1988年(昭和63年)10月ダイヤ改正の輸送力増強に伴なって、6次車(第33・34編成)は近畿車輛で製造されました。

6次量産車は6000系では初めてとなる冷房装置が搭載されました。

冷房装置の出力は48.9kW(42,000kcal/h)で装置キセが角型で、電源はDC-DCコンバータ(130kW)を編成で2台設置しました。

5次車とほぼ仕様は同じですが、化粧板は若干淡い色調に変更され、床敷物は2色のツートンになりました。ドア窓は外側からの支持に変更されています。また、従来は車内妻面壁に設置していた消火器を収納キセに収めるようになりました。

このほか、運転台表示灯のLED化、耐雪ブレーキ取り付け「耐雪ブレーキ自体は1985年(昭和60年)内に全車両に施工されています」が行われ、6100形に搭載されていたパンタグラフを廃止しています。

 

=7次量産車「1990年(平成2年)」=

1990年(平成2年)10月ダイヤ改正に伴う輸送力増強計画により、最終増備車として7次車(第35編成)が東急車輛製造で竣工しました。

制御装置はすでに更新車に採用されていた素子にGTOサイリスタを使用したものになり、冷房化による重量増を考慮して主電動機は155kW出力に増強されました。また、DCコンバータは170kW出力に拡大され、M2車に搭載していた電動発電機(MG)は廃止されました。

外観では、従来のアルミ形材に焼付塗装していたラインカラーをフィルム式に変更、方向幕は緑地から紺色のローマ字入りに変更されました。車内の化粧板は光沢があるものに変更されたほか、枕木方向の化粧板がレール方向のものと同じアイボリー系の色調に変更されています。運転台には故障をモニタリングするユニバーサル表示器が設置されました。

さらに新製当初から車内案内表示器・車外スピーカー・ドアチャイム・自動放送装置が設置されています。

これは同時期に竣工した8000系の第10編成と、前年度に竣工した7000系の第33・34編成と同仕様になっています。

なお、側面の社紋の位置が他の編成とは異なっています。

 

=冷房化改造工事=

在来車の冷房化改造工事は、1988年(昭和63年)3月から1989年(平成元年)6月までに実施されました。

6000形の冷房化改造は、まず取り付けが容易な構造になっている冷房準備車の4・5次車から施工されました。

冷房装置はいずれも出力48.9kW(42,000kcal/h)の集中式冷房装置が搭載されました。このグループの冷房制御はインバータ式で、装置キセは角形、電源は130kWのDC-DCコンバータを採用しています。車内はラインデリア(補助送風機)併用のダクト方式でラインデリアは車体全長にわたり、先頭車に10台・中間車に11台が設置されています。

非冷房車の冷房車化改造は1988年(昭和63年)3月から1994年(平成6年)9月にかけて行われました。

最初に、車体の更新工事と合わせて第09編成をメーカー(川崎重工業)に輸送して実施。その後、在来車の改造が開始されました。最初に施工した第08~10編成はインバータ制御式で、装置キセが角形であり、電源はDC-DCコンバータでした。室内には左右ダクトの中央に冷房吹き出し口がある「サブダクト方式」で、扇風機7台を併用する方式になっています。なお、扇風機は大形の50cmタイプから40cmタイプに変更されています。それ以外の編成では制御が単純な稼働率制御方式(ON/OFF制御)で、装置キセが丸みを帯びた形状になっています。電源は120kVAの静止形インバータ(SIV)で、GTO素子を使用した三菱電機製が採用されています。室内は左右のダクト途中に吹き出し口がある「スポット方式」で、扇風機は6台(冷房装置下部のものは撤去)を併用する方式になっています。この方式は改造コストを抑えるために5000系に採用された方式にも似た形状です。

なお、2次試作車のみ冷房化時に電源装置を集約して、190kVAの静止形インバータを2台搭載しました。

冷房化改造と同時に、屋根上のベンチレーターは撤去されました。また1997年(平成9年)から2003年(平成15年)までの間に、試作車を除いて、6100形のパンタグラフが撤去されています。

 

=編成表=

・2次試作車(10両編成化後)

←本厚木・唐木田・代々木上原                           綾瀬・取手→

6101(CM1)ー6201(M2)-6301(M1)ー6401(M2)-6501(Tc)ー6601(Tc’)ー6701(T1)-6801(T2)ー6901(M1)ー6001(CM2)

※制御装置換装後の編成形態変更改造後

←本厚木・唐木田・代々木上原                           綾瀬・取手→

6101(CM1)ー6201(M2)-6701(T1)ー6601(Tc’)-6301(M1)ー6401(M2)ー6501(Tc)-6801(T2)ー6901(M1)ー6001(CM2)

 

・量産車の基本編成(第02編成以降)

←本厚木・唐木田・代々木上原                                     綾瀬・取手→

6100形(CT1)ー6200形(T2)-6300形(M1)ー6400形(M2)-6500形(Tc)ー6600形(Tc’)ー6700形(M1)-6800形(M2)ー6900形(M1)ー6000形(CM2)

※編成形態変更改造後

←本厚木・唐木田・代々木上原                                     綾瀬・取手→
6100形(CT1)ー6300形(M1)-6400形(M2)ー6500形(Tc)-6700形(M1)ー6800形(M2)ー6600形(Tc')-6200形(T2)ー6900形(M1)ー6000形(CM2)

=編成別、制御装置の特徴=
・チョッパ未更新:7編成(第23・25~27・33~35編成)
・チョッパ換装(三菱電機製) :4編成(第03・05・10・15編成)
・チョッパ換装(日立製作所製):6編成(第06・07・10~13編成)
・VVVF 3レベルインバータ(6M4T)主電動機160kW(三菱電機製) :7編成(第01・04・09・16・18・20・21編成)
・VVVF 3レベルインバータ(6M4T)主電動機160kW(日立製作所製):5編成(第02・08・14・17・19編成)
・VVVF 2レベルインバータ(5M5T)主電動機165kW(三菱電機製) :4編成(第22・24・30・32編成)
・VVVF 2レベルインバータ(5M5T)主電動機165kW(日立製作所製):3編成(第28・29・31編成)
 
=車両更新工事=
7000系で記載したとおり、営団地下鉄では、車齢40年程度まで使用する方針なんです。
「C修工事」:10年程度経過した車両に行う
「B修工事」:製造より20年程度経過した車両に行う
6000系はあまりにも編成毎に修繕工事が細かく行われていたので、制御装置だけについて記載することにしました。
 
=制御装置の更新工事=
1990年(平成2年)から、第10編成を最初にGTO使用のチョッパ制御に更新しています。この時はコスト低減のため、主電動機は再利用、断流器や転換器などは補修工事後に再利用して、チョッパ装置およびゲート制御装置に限定して機器の更新を実施しています。この更新工事は1993年(平成5年)4月に竣工する第15編成まで全9編成に施行されました。なお、このチョッパ装置は最終増備車になった第35編成にも搭載されています。
1995年(平成7年)からは省エネルギー化、メンテナンスフリー化の観点から第09編成を最初にIGBT-VVVFインバータ制御(
3レベル、1C2M4群制御)化を施行して、主電動機は160kW出力品に交換されています。これは更新コストを抑えるために、既存機器はそのままに、またゲート制御装置は4箱に分割した分散形にされています。このVVVF制御化更新は約10年で投資コストの回収が見込めるとされています。この更新工事は1999年(平成11年)1月に竣工した第01編成をもって完了しました。
これに合わせて運転台へのユニバーサル表示器の設置が実施されています。これは車両故障時における乗務員支援システムとして搭載したもので故障情報を運転台にモニタリングするものです。VVVF制御化更新された車両は2020年代まで使用される予定でしたが、2015年(平成27年)11月に第09編成が最初に廃車されてしまいました。
2003年度以降は第24編成を最初に4次車以降にもB修工事が開始され、仕様の変更が行われています。
この更新は第22・24・28~32編成の計7編成に実施されましたが、2007年(平成19年)3月に竣工した第22編成を最後にその後、更新工事は行われませんでした。これは16000系の新造による本系列への置き換えによるものです。
当初はこのタイプの更新工事を施工した車両は今後20年以上の使用を予定していましたが、2015年(平成27年)12月に第28編成が最初に廃車されてしまいました。
制御装置は有楽町線用の10000系に準じたIPM(素子保護機能付きIGBT)-VVVFインバータ方式(PGセンサレスベクトル制御、純ブレーキ対応、2レベル方式・1C4M 1群/2群制御)に変更され、主電動機は165kW出力化、6000形を電装解除(CM2→CT2)してMT比を5M5Tにしています。
これは従来のVVVF制御方式ではCPUの性能が不十分で制御応答性に問題があり、また素子容量(1,700Vー400A)の制約により採用された1C2M制御方式では更新時のコストやその後のメンテナンス性に大きな問題があったからなんですね。
新しい更新方式では高性能CPUによるベクトル制御方式の採用、大容量素子(3,300V-1,200A)による1C4M制御の採用と電動者数の減少によって、コストダウンとメンテナンス性の向上を図ったんですね。また、ブレーキ方式は従来の均一ブレーキ制御ではなくT車遅れ込め制御を採用して、回生ブレーキ力を約25%も向上させました。
補助電源装置はDCコンバータと補助用の電動発電機(MG)を撤去のうえ、240kVA出力のIGBT素子による静止形インバータ(SIV)に更新しました。
 
=運転台の改修=
運転台については、更新後も計器盤、マスコン・ブレーキ操作器などは従来のものが、ほぼそのままで使用されましたが、ユニバーサル表示器の設置や表示灯対の更新、運転士操作盤(乗務員間連絡用インターホン)の更新(受話器形からマイク式)、車内放送マイクの更新などの改良も実施されています。さらに、非常通報器の対話式化と合わせて、非常通報受報器の追加がされています。
1999年(平成11年)12月に千代田線・常磐緩行線で一段ブレーキ制御方式ATC(営団呼称:新CS-ATC、JR呼称:ATC-10)の使用が開始されたため、車両のATC機器の更新と運転台の改修(速度計の交換、表示灯類の改修など)を実施しています。
小田急線用の新保安装置D-ATS-P装置の取り付けも行われました。なお、小田急多摩線においては2012年(平成24年)3月よりD-ATS-P装置の使用が開始されています。
 
=その他=
なんと!!ブログの文字数制限を超えてしまうので、廃車関係とKAIコミュータへの譲渡関係は掲載できませんでしたwww
 
=まとめ=
数々の新しい技術を導入したことから、技術陣の大変な苦労が伺えました。
その後の鉄道車両に数多くの貢献を果たした車両には間違いないですね。
いやぁ~、とにかく7000系より先に6000系の制作をお薦めしますwww

現在、メインで使用している楽天モバイルのスマートフォン
「Rakuten Hand 5G:4GB (RAM) / 128GB (ROM)android11」

4月から勤務地が変わったせいか?コンテンツの重さなのか?速度も遅く感じるように・・・

さらに通信エリア(今度の仕事場は地下がメインなんで)も速度も気になっていたんですよね~

特にホームページにUPするファイル(PDF)は無料ソフトだからPCからしかUP出来ないし・・・

こうなると資料や編集するのもそこそこ手間になって来ちゃいました。

そこで、ちょうど以前から気になっていた、最近のモバイル界隈の動向を確かめたくなっちゃってw

IIJmioとかいうデータeSIM(ドコモ網)が2Gで440円/月と格安なのでパクっと釣られてみましたwww

まぁ~本体は「moto j66g 5G:8GB (RAM) / 128GB (ROM)android15」でかなりのスペックUPになるかな?(自分比w)

と、いうことでちょっとこちらで遊んでみることにしま~すwww

果たして結果やいかに?

 

 

 

 

地下鉄のBトレインショーティって、すでにプレミア価格でなかなか入手が難しいんですよね。

そんな営団地下鉄時代の車両をですが、有楽町線で活躍していた7000系を入手することが出来ました。

この頃は走っていると独特なチョッパー音が響き渡る特別な電車でしたよね~。

さぁ!入線した車両がこちらの7022号車と7122号車になります。

7122号車はパンタグラフが撤去された後の姿が再現されていて、当時を思い出しますね。

どちらも海を渡って、遠くインドネシアの鉄路でつい最近の2025年(令和7年)まで活躍していました。

さぁ、まずはいつものように上下分離して整備を開始します。

さっそく、分解できるパーツは全て分解しちゃいましょう。

Bトレの営団7000系は、窓パーツにドア塗装を施して再現しているんですね!

今更ですが、Bトレの新たな発見が出来て、とても勉強になります。

今回の車両もとても丁寧な車体で前オーナーのこだわりが感じられますね。

小さなバリを取り除いただけで分解整備が終了になります。

とてもいい車両を譲渡して頂き、ありがとうございました。

それでは有楽町線に在籍した車両を並べてみましょう。

いやぁ~歴代車両を並べると、まさに路線の変革が感じられますね。

せっかくなので手持ちの営団地下鉄(東京地下鉄)の車両を並べてみました。

銀座線の2000系が多いのは・・まぁ~そういう世代だから仕方ないんですwww

さて、それでは7000系について、お勉強をはじめることにしましょう。

 

=営団地下鉄7000系の概要=

1974年(昭和49年)の有楽町線開業に合わせて製造された車両だったんですね。

当時は1971年(昭和46年)に量産が開始された千代田線用の6000系車両が営団地下鉄における標準車両として位置付けされていて、車両の検査業務を行う綾瀬工場での保守管理業務を共通化するため、車体・台車・機器等が同系列とほぼ同じ仕様となりました。但し、制御装置については6000系の電機子チョッパー制御の改良版であるAVF(自動可変界磁)式チョッパ制御を採用していて、さらなる電力消費量の抑制を図っていたんですね。

 

=営団地下鉄7000系の諸元=

製造会社:日本車輛製造、東急車輛製造、川崎重工業、近畿車輛

製造年:1974年(昭和49年)~1989年(平成元年)

運用開始:1974年(昭和49年)10月から

製造数:34編成(合計340両)

投入先:有楽町線、副都心線

編成:8・10両編成

軌間:1.067mm

電気方式:直流1,500v(架空電車線方式)

最高運転速度:80km/h(有楽町線・副都心線内)、110km/h(相互直通先)

最高設計速度:110km/h

起動加速度:3.3km/h/s

減速度(常用):3.5km/h/s

減速度(非常):4.5km/h/s

編成定員:10両編成「1,424(座席522)人」、8両編成「1,136(座席414または408)人」

車両定員:先頭車136(座席48)人、中間車144(座席54または51)人

全長:20,000mm

全幅:2,800mm

全高:4,145mm

車体:アルミニウム合金

主電動機・出力:かご形三相誘導電動機「160kWまたは165kW(更新後)」、直流直巻電動機「150kW(更新前)」

駆動方式:WN平行カルダンドライブ

歯車比:6.53

台車:Sミンデン式台車(FS-388)、SUミンデン式台車(FS-388A・FS-515)

制御方式:IGBT素子VVVFインバータ制御(更新後)、AVFチョッパー制御(更新前)

制動装置:ATC連動電気指令式空気ブレーキ(回生ブレーキ併用)

保安装置:新CS-ATC・ATO、ATC-P・T-DATC、東武形ATS・西武形ATS

 

=車体の外観=

車体は6000系と共通設計になったので、20m両開き4扉のアルミニウム合金製になりました。

細部の見直しが図られていて、1両あたりの車重は6000系よりも約1t重くなっています。

外観の違いとしてはラインカラーが有楽町線用のゴールドに見合う黄色の帯を配しました。

さらに、乗り入れが予定されていた西武鉄道において優等列車に使用されることを考慮して、前面非常口上部に列車種別表示窓を設置して、側面表示器については種別表示用と行先表示用をそれぞれ1両あたり車端部に2カ所(先頭車は1カ所)設置して、種別表示器については準備工事のみとしました。そのため、前面の車両番号表記は前面非常口の中央に表記されています。

営団地下鉄時代には前面非常口と各側面の側窓上部1カ所に営団マークが取り付けられました。また、マークの塗装は6000系と異なり紺色になっています。その後、東京地下鉄への移行時には営団マークは剥がされ、東京地下鉄のロゴに交換されています。

新製投入時、第01~20編成は当初5両編成(7100型ー7700形-7800形-7900形-7000形で組成)で落成しましたが、1983年(昭和58年)6月の池袋~営団成増(現:地下鉄成増)の延伸開業時に中間車5両を追加新製して編成に組み込み10両編成になりました。

この時、組み込まれた中間車5両(7200形~7600形)は、先に落成していた8000系の仕様を取り入れているんですね。

そのため、外観上はドアガラスの大きさや側窓の仕様などが異なっています。

また、車両間にはのちに転落防止幌が設置されました。

1983年(昭和58年)10月に西武有楽町線(小竹向原~新桜台間)が部分開業しましたが、西武鉄道は車両の新造を行わず、1編成(編成を特定せず)を東京地下鉄から借用して対応。その後、1992年(平成4年)から乗り入れ用として6000系の新造を開始され、1994年(平成6年)12月の西武有楽町線(新桜台~練馬間)の暫定単線開業から乗り入れを開始して借用は解消しています。

 

=集電装置・冷房装置=

パンタグラフは剛体架線に対応した菱形のPT43形を7300形・7700形・7900形に2基、7100形に1基を搭載しました。

その後、5次車以降は7100形のパンタグラフが省略され、1次~4次車についても1997年(平成9年)~2003年(平成15年)頃の間に全車両の撤去が実施されています。

当初、1・2次車は非冷房車両として落成して、3次車以降は冷房搭載準備車として施工されているんですね。

搭載予定の冷房装置は従来の稼働率制御方式(ON/OFF制御)とMG(電動発電機)を予定していたのですが、冷房改造時には直流600Vを電源とするインバータ制御式冷房装置とDC-DCコンバータ電源の省エネルギー型システムの採用に変更されています。

1988年(昭和63年)に落成した5次車からは新製時から冷房装置を搭載。その後、冷房搭載準備車への搭載もはじまって、1994年(平成6年)までに全車への施工が完了しています。

冷房装置はいずれも集中式で48.84kW(42,000kcal/h)の出力を有しています。なお、搭載時期が早かった第21編成以降はインバータ制御、装置キセ形状は角形、電源は130kWのDC-DCコンバータ。逆に搭載時期が遅くなった第01~20編成は稼働率制御方式(ON/OFF制御)で、装置キセ形状は丸みを帯びており、電源は静止形インバータ(SIV)三菱電機製になっています。

 

=車内内装=

車内の内装は1・2次車は6000系をベースに、側面や妻方向は暗いベージュ色、袖仕切りは木目調、天井は白色系の化粧板、床板は灰色、座席モケットは赤色、シルバーシート(現:優先席)は青色としました。

その後、3次車以降は赤色の区分柄入りモケットに変更、袖仕切りの形状を変更、床と接せず座席付近の高さまでとされ、蹴り込み形状も斜めに変更されました。

4次車以降では側面・妻面などの化粧板をアイボリー系に変更、袖仕切りは薄い黄色系への大きく配色が変更されました。

床材は茶色と黄土色の2色で濃淡フットライン入り、座席モケットは茶色系で区分柄入りになりました。

なお、この配色は最終の6次車まで引き継がれています。

側窓は1・2次車では上段下降・下段上昇式の2段式で上下寸法が小さくなっていましたが、3次車では大きさを拡大、一段下降式の窓に変更、客用ドアは車内側も化粧板仕上げになりました。

ドアガラスは1・2次車はやや小さく、6000系初期車と同じ大きさでしたが、3次車においてはやや改善されたものになりました。

車内天井から冷風の送風が1・2次車は冷房化時に、後付け冷房用ダクトが取り付けられて、当初からある扇風機を併用する方式になりました。3次車以降は平天井構造で当初より冷房ダクト・吹き出し口と補助送風機としてラインデリアが設置されました。

当初製造された1・2次車の貫通路は大型断面の広幅貫通路でしたが、7700形の和光市方に貫通路が設けられ、2+3両に仕切れるようになっていました。3次車以降は基本的に狭幅貫通路構造として、各妻面に貫通路が設置されましたが、1・2次車と連結される部分のみが広幅貫通路構造となっていました。

1・2次車の扉間の座席長さは6.5人掛けの2,920mmで、ラッシュ時には7人、閑散時には6人が想定され、座席は中央で分割されていました。なお、車端部は3人掛けになっていました。

3次車以降は常時7人掛け用に3,010mmに拡大変更して、ドア横の立スペースが縮小されています。

 

=乗務員室=

室内は緑色の配色で、運転台計器盤などは紺色に配色されました。

主幹制御器は縦軸回転式2ハンドル(デッドマン装置なし)でブレーキハンドルは取り外し式でした。

速度計は120km/hまでの表示で、当初の黒地から、後に白地のものに変更されています。

運転台計器盤には速度計と表示灯類があり、圧力計とブレーキ指示計がマスコンハンドルとブレーキハンドルの間に水平方向に設置されています。

乗務員室と客室の仕切りには、客室から見て左端に小窓、右端に乗務員室扉窓があります。なお、遮光幕は小窓部分のみでした。

 

=車両の主要機器=

制御装置は、6000系の電機子チョッパ制御を発展させたAVF式(自動可変界磁式)チョッパ制御方式を採用。

界磁抵抗器を廃したフルチョッパ制御方式で、界磁制御多用に伴って主電動機の定格回転数を2,300rpm(90%界磁:6000系)から2,100rpm(80%界磁:7000系)に下げたため、定格速度は55km/hから50km/hに下がりましたが、最弱め界磁率は52%から38%に拡大されました。さらに定速での加速性能向上化や回生ブレーキの作用範囲が広がったために電力消費量も減少しました。

これにより7000系の回生ブレーキは51%界磁から使用できるようになりました。

制御装置の素子には逆導通サイリスタが使用され、素子の冷却方式は1・2次車では送風機(ブロアー)による強制風冷方式、3次車以降ではフロン沸騰冷却方式が採用されて低騒音化、保守性の向上が図られました。

なお、7000系での採用を前に1973年(昭和48年)6000系の第1次試作車の車内に艤装して千代田線における現車試験を実施しています。この現車試験は予想を大きく上回る好成績を収めたので、8000系においても同様の装置が採用されることになりました。

また、この制御機器は三菱電機製でしたが、試験は日立製作所との共同で実施されたんですね。

当初の主電動機出力は1基あたり150kWで6000系(第01~第34編成)の145kWよりやや強化されていました。

歯車比は6000系と同様の6.53。台車は1次車では6000系とほぼ同じ片板バネ式軸箱支持のS形ミンデン台車(FS-388)を採用、基礎ブレーキは両抱き式踏面ブレーキを採用。その後、2次車ではU形ゴムパッドを挿入したSUミンデン台車(FS-388A)に変更されました。起動加速度は3.3km/h/s、常用減速度は3.5km/h/s、非常減速度は4.5km/h/sで、減速度は6000系よりもやや低くなっています。(6000系の常用減速度:3.7km/h/s、非常減速度:4.7km/h/s)

これは06系や07系(東西線転籍前)でも同様で、運転台のブレーキ設定器にノッチが刻んであり、その常用段数が違うためで1段あたりの減速力は本系列の方が高くなっているんですよね。(有楽町線:7段、千代田線:8段)

 

=編成表=

※車体更新改造後の最終時期の編成表になります。

・10両編成×6本(合計60両) 5M5T

    ←新木場/渋谷・横浜・元町中華街     和光市・小川町・飯能→

01編成:7101-7201ー7301-7401ー7501ー7601ー7701ー7801ー7901ー7001 1次車(川崎重工業)

02編成:7102-7202ー7302-7402ー7502ー7602ー7702ー7802ー7902ー7002 1次車(川崎重工業)

04編成:7104-7204ー7304-7404ー7504ー7604ー7704ー7804ー7904ー7004 1次車(川崎重工業)

05編成:7105-7205ー7305-7405ー7505ー7605ー7705ー7805ー7905ー7005 1次車(川崎重工業)

10編成:7110-7210ー7310-7410ー7510ー7610ー7710ー7810ー7910ー7010 1次車(近畿車輛)

18編成:7118-7218ー7318-7418ー7518ー7618ー7718ー7818ー7918ー7018 1次車(東急車輛製造)

※太字:増結車(3次車)

 

・8両編成×15本(合計120両)4M4T

    ←渋谷・横浜・元町中華街   和光市・志木・飯能→

03編成:7103-7303-7403ー7503ー7203ー7903ー7803ー7003 1次車(川崎重工業)

09編成:7109-7309-7409ー7509ー7209ー7909ー7809ー7009 1次車(近畿車輛)

13編成:7113-7313-7413ー7513ー7213ー7913ー7813ー7013 1次車(日本車輛製造)

15編成:7115-7315-7415ー7515ー7215ー7915ー7815ー7015 1次車(東急車輛製造)

16編成:7116-7316-7416ー7516ー7216ー7916ー7816ー7016 1次車(東急車輛製造)

19編成:7119-7319-7419ー7519ー7219ー7919ー7819ー7019 1次車(東急車輛製造)

20編成:7120-7320-7420ー7520ー7220ー7920ー7820ー7020 2次車(川崎重工業)増結車(日本車輛製造)

27編成:7127-7327-7427ー7527ー7227ー7927ー7827ー7027 4次車(日本車輛製造)

28編成:7128-7328-7428ー7528ー7228ー7928ー7828ー7028 5次車(日本車輛製造)

29編成:7129-7329-7429ー7529ー7229ー7929ー7829ー7029 5次車(川崎重工業)

30編成:7130-7330-7430ー7530ー7230ー7930ー7830ー7030 5次車(川崎重工業)

31編成:7131-7331-7431ー7531ー7231ー7931ー7831ー7031 5次車(東急車輛製造)

32編成:7132-7332-7432ー7532ー7232ー7932ー7832ー7032 5次車(近畿車輛)

33編成:7133-7333-7433ー7533ー7233ー7933ー7833ー7033 6次車(東急車輛製造)

34編成:7134-7334-7434ー7534ー7234ー7934ー7834ー7034 6次車(東急車輛製造)

※8両編成に組成変更時、7600・7700形は廃車

※太字:増結車(3次車)

 

=行先表示器のLED化=

有楽町線の延伸工事は練馬付近の工事が遅れていました。西武有楽町線は小竹向原~新桜台間の運転に限定されたため、西武線の行先表示は「新桜台」のみで、追加予定のスペースは空白のままでしたが、新桜台~練馬間の暫定単線開業を前に「練馬」を追加。その後、西武池袋線への乗り入れ開始に伴って、行先表示器を字幕式からLED式に変更する改修工事が開始されています。

また、この交換工事によって種別と行先をひとつの表示器にまとめて表示することが可能になりました。

1998年(平成10年)の新桜台~練馬間の複線化および西武池袋線乗り入れ開始に際して、全編成に西武形ATS・西武用列車無線装置を搭載。2000年(平成12年)度までにLED化と乗り入れ対策工事が施工されました。

前面と側面にそれぞれ用意されていた列車種別表示窓は字幕式からLED式に変更されたことにより、種別幕を撤去、側面のみアルミ板で塞がれましたが、その後、2009年(平成12年)10月より、副都心線対応の改造工事を受けた車両に対して東急東横線乗り入れ対応工事が施工されて、1・2次車ではアルミ板で塞がれた側面の列車種別表示窓には車外スピーカーが設置されています。

 

=東京地下鉄の改修工事方針=

東京地下鉄では6000系以降の車両に関しては車齢40年程度まで継続使用する方針になっています。

7000系も営団時代の1994年(平成6年)度から大規模改修工事(B修工事)の施工が実施されました。

・B修工事:20年程度の車両に施行する大規模な更新工事。

 車体構体・台枠修理、車体内装の取り替え、艤装配線の取り替え、空気配管の補修など車両全般に及びます。

・C終工事:10年程度の車両に施行する簡易な更新工事。

 屋根の補修、床材の交換(ツートンカラー化)、シール材・ゴム材の交換などに限定した更新工事です。

 

=7000系の改修工事=

登場より20年が経過した1994年(平成6年)度より1・2次車を対象にB修工事の施行が開始されました。合わせて10両編成化のために新造された3次車にはC修工事が施行されています。

その後、2007年(平成19年)度以降には4次車以降の車両にもB修工事が新木場CRで施工されました。

第01~20編成は1994年(平成6年)から2001年(平成13年)にかけて車内の更新工事が施工されています。

化粧板を白色系ネース品に交換。袖仕切りは薄いピンク系色の化粧シート仕上げに改修。床材を茶色と黄土色のツートンカラー品に張り替え。側窓は二段式から一段下降式窓に更新。座席モケットを交換(赤色→茶色)。網棚の金網を格子状へ交換。客用ドアを交換(ドアガラスが3次車と同じ大きさ)。行先表示器をLED式明朝体に変更(側面のみ英語併記)。自動放送装置新設。車体のラインカラーをアルミ板材の塗装品からフィルム式に交換(一部編成を除く)。

さらに1996年(平成8年)から2・9号車に車椅子スペースの設置を開始。2004年(平成16年)からは車内案内表示器の設置を開始されました。

編成中の3次車は当初、B修工事を実施せずにC修工事のみが施工される予定でしたが、その後、1999年(平成11年)第17編成にB修工事を施工した際に、3次車にも試験的に内装のリニューアル工事を実施。

第11編成からは3次車についてもVVVFインバータ制御化と同時に内装のリニューアルが行われるようになりました。このほか、同時期には第21~26編成において、編成単位でのC修工事が施工されています。

2000年代に入ると、更新工事とは別に座席モケットが濃いピンク色の柄入りモケットへ交換されました。

2005年(平成17年)には1・2次車の扇風機の羽根が小型なものに交換。広幅貫通路は狭幅のものに交換のうえ、貫通扉が新設されました。なお、この新設した車両では妻面の窓が無くなったんですね。

純電気ブレーキ対応の更新編成や副都心線対応工事を施工した編成は全車の貫通路が狭幅になっています。

 

=VVVF化改造=

1996年(平成8年)度最後のB修工事施工車になった第06編成からは省エネルギー化やメンテナンス性向上のため、IGBT素子によるVVVFインバータ制御へ更新工事が開始されました。

当初、B修工事を施工した編成はチョッパ制御装置を更新せずに出場していましたが、以降はB修工事と制御装置の更新が同時に施行されることになりました。なお、すでにB修工事の施工が完了した車両も、後年に制御装置の更新工事が施工されています。

初期施行の第02・06・07・12・14編成では3レベルインバータ方式「素子耐圧:1,700V-400A(三菱)、2,000V-325A(日立)」

1999年(平成11年)度最後の施工となった第19編成以降は2レベルインバータ方式「素子耐圧:3,300V-1,200A」となり装置の小型化が図られました。主電動機は160kW・制御方式は1C2M4群方式でMT比(6M4T)は変わりません。

また、第08・11・17編成では1次車の強制風冷式チョッパ装置を、VVVF化で余剰となった3次車のフロン沸騰冷却式チョッパ装置に換装して機器更新扱いとしました。(編成全体でフロン沸騰冷却式チョッパ装置に統一)

2003年(平成15年)度からは当時増備中だった05系や後に登場する10000系に準じたPGセンサレスベクトル制御方式、純電気ブレーキに対応した2レベル方式(素子耐圧:3,300Vー1,200Aを踏襲)で1C4M2群/1群制御方式に変更されています。さらに和光市方の先頭車(1号車)7000形を電装解除してMT比が5M5Tに変更されました。

また、この方式の車両はブレーキ装置が均一ブレーキ制御からT車遅れ込め制御方式に変更。これは初期にB修工事のみに施工して、制御装置の更新が2003年(平成15年)度以降の第01・04・05・10・18編成に施行されました。

 

=副都心線対応工事に合わせた更新工事=

2007年(平成19年)度以降にB修工事を施工した4次車以降(第27編成以降)では、副都心線対応工事と同時に8両編成化工事も施工されました。

車内では化粧板や袖仕切りの交換などは従来の更新車に準拠していますが、床材は灰色のゴム材へ変更、ゴム材自体が滑りにくい素材であるため、出入口の滑り止め加工は施工されませんでした。また、8両化に伴って2・7号車に車椅子スペースを設置。客用ドアは8000系のB修工事施工車と同じ、大窓タイプ(単板ガラス)に交換されました。なお、荷棚の変更は省略され、運転台などはワンマン運転設備に更新されました。

併せて行われた制御装置のVVVFインバータ化は第28・31・32編成では初期車の8両化により廃車となった中間車の制御装置・主電動機などを再利用してVVVF化が施工されています。(主電動機160kW・1C2M4群制御・均一制御ブレーキ)

一方、第27・29・30・33・34編成では新規の制御装置・主電動機を使用してVVVF化が行われています。(PGセンサレスベクトル制御、純電気ブレーキ対応・主電動機165kW・1C4M2群制御・T車遅れ込め制御ブレーキ)

このほか、冷房装置を大容量の稼働率制御方式(ON/OFF制御方式)の58.0kW(50,000kcal/h)品に載せ替え、車外スピーカ内臓形に変更されました。補助電源装置はDCコンバータと補助用電動発電機(MG)を撤去して、IGBT素子による240kVA出力の静止形インバータ(SIV)に更新されました。

 

=乗務員室内の改修工事=

当初は落成時より大きな変化もなく、東上線用の列車無線送受信機や乗り入れ用の表示が追加された程度でした。

B修工事では簡易故障表示器をユニバーサル表示器に更新。運転士操作器(乗務員間連絡用インターホン)を筒型からマイク式に変更。誘導無線装置の更新が行われました。また、表示器のLED化時には7000形に設置している行先表示設定器をダイヤル式から行先が押しボタン式・種別と運行番号はデジタルスイッチ式の機械に変更されました。

1997年(平成9年)からは、西武線への対応に併せて西武線用列車無線送受信器、行路表差しと一体とした西武用列車番号設定器の新設。東武形ATS・西武形ATSの個別表示灯新設が施工されました。

2000年(平成12年)頃には東武鉄道の列車無線更新に伴って、運転台上へ東武用列車番号設定器を新設。さらに3台あった列車無線/誘導無線送受信器を3社対応する1台の送受信器に集約されました。

2002年(平成14年)から有楽町線(池袋~新富町間)の新CS-ATC化に伴い、ATC車上装置の更新(乗務員室背面の仕切り壁中央部に設置)と速度計の2針式への交換などが実施されました。なお、副都心線対応改造工事では乗務員室内は大幅に改造されることになりました。

 

=旅客案内設備=

各客用ドア上部にはLED文字表示による2段表示式の車内案内表示器が設置されています。

第34・35編成と更新編成を施工した一部の編成には1段式のものが設置されていましたが、副都心線対応改造工事の際には2段表示式のものに交換されました。これらは乗り入れ先の東急東横線・みなとみらい線・東武東上線・西武池袋線でも表示され、直通先でも東京地下鉄の各種案内が表示されました。

西武線内では上段に停車中の駅・行先、下段に西武車両に準じた次駅案内・開くドア案内が表示。

東武線内では上段に行先、下段に東武車両に準じた次駅案内・停車中の駅案内が行われました。

また、自動運転装置を順次導入し、全編成が直通先を含めたすべての運行区間に対応しています。

 

=副都心線対応への改造工事=

2007年(平成19年)度より、翌2008年(平成20年)6月に開業する副都心線へ対応工事が開始されました。

ATO装置によるワンマン運転の導入のほか、各駅にホームドア設置が設置されたための改造になります。

また、同線では2013年(平成25年)3月に開始した東急東横線との直通運転の対応上、8両編成が必要となるため、一部編成は中間車2両を抜いた8両編成に組成変更したうえで副都心線に転属させました。

 

=副都心線対応、改造計画の変更=

この改造計画ですが、当初は第01・04・05・10・18編成(5M5T)の5本と第02・06~08・11・12・14・17・21~26編成(6M4T)の14本の合わせて10両編成×19本を有楽町線・副都心線兼用車両として計画されましたが、その後2007年(平成19年)度に第01・04・05・10・18編成(5M5T)を5本と第02・06・07・12・14(6M4T)を5本の合わせて10両編成×10本を有楽町線・副都心線兼用車両として改造する計画に変更されました。これは2010年(平成22年)までに有楽町線・副都心線兼用車両を7000系の10両編成×10本と、10000系の10両編成×31本に統一するという計画だったんですね。

しかし、副都心線開業後は同線でのダイヤ乱れが生じた際に、副都心線非対応車と対応車が混在した状態では車両運用に制約が発生して関係各所からの苦情が多くなってしまったんですね。このため、有楽町線・副都心線兼用車への統一時期を2009年(平成21年)度内に早めることにして、7000系の改造計画も前倒して、同年度内に改造工事が完了させることを検討しました。ところが工期の関係等から不可能であると判明してしまい、再度、検討せざるを得ない状況に追い込まれます。

そこで、第06・07・12・14(6M4T)の4編成を廃車して、10000系車両に置き換えることが決定されました。

その後、第02編成(6M4T)は副都心線対応化改造されましたが、他の10両編成(5M5T)に仕様を合わせるため再度、制御器を更新することになり、2レベルVVVFインバータ方式、主電動機165kWに更新され5M5Tとなりました。

 

=副都心線対応工事完了=

2010年(平成22年)5月に第02編成の再度の改造工事が終了して、全車の副都心線対応改造工事が完了しています。

・副都心線専用車両:第03・09・13・15・16・19・20・27~34編成(4M4T)「8両編成×15本(計120両)」

・有楽町線兼用車両:第01・02・04・05・10・18編成       (5M5T)「10両編成×6本(計60両)」

この改造に合わせて、車両前面・側面の帯が、有楽町線のラインカラーである「ゴールド」(黄色)を主体としたものから、副都心線のラインカラーの「ブラウン」(茶色)を主体としたゴールドとホワイトの細帯を配するものへ変更されました。

なお、副都心線対抗改造が実施されなかった10両編成×13本(第06・08・11・12・14・17・21~26編成)は廃車されました。

これにより最終的には7000系が21本(計180両)の体制を整えることになりました。

 

=8両編成化改造=

10両編成から7600形(T車)と7700形(M1車)を廃車。車両性能の向上や編成バランスを考慮して各車両の連結位置も変更されました。また、先頭1号車の7000形は電装を解除されています。(CM2からCT1)

2次車までの編成は組成変更に伴って車椅子スペース位置が変わってしまうため、新たに設置。10両編成時の車椅子スペースはそのままフリースペースとして残されました。

また、8両編成化に伴って静止形インバータ(SIV)の負荷が減少するため、整流装置を新設して電動発電機(MG)を撤去しました。このほか、1号車の7000形は電装解除となりましたが、空気圧縮機(CP)は撤去されず、8両編成車では1・2・6号車に搭載されています。

4次車以降(第27~34編成)については8両編成化と同時に更新工事と客用ドア、冷房装置の交換が施工されました。

 

=客室設備=

室内にはLED2段表示式の車内案内表示器を千鳥に設置して、表示器の設置されない反対側は路線図掲載スペ-スとしました。

自動放送装置は非搭載車は設置され、既搭載車はROMの交換が実施されました。

これらは南北線の9000系と同じくワンマン運転用のメニュー機能があり、乗客へのマナー放送、異常時における乗客への案内放送・表示機能が付加されました。さらにドアチャイムの音色を都営地下鉄などと同じタイプに変更されました。

また、非常通報器は乗務員と相互通話の可能な対話式への変更が実施されています。

この通報器は乗客が通報後、一定時間運転士が応答しない場合には列車無線に接続され、総合指令所の指令員が応答できるシステムになっています。

 

=乗務員室の変更=

乗務員室では運転台ユニットを10000系に準じたものに交換しました。

主幹制御器はデッドマン装置付きのT形ワンハンドルマスコンになりました。

また、乗務員支援用に車両情報管理装置(TIS)を設置して、運転台に表示器を新設しました。

従来には別々の行先表示や案内機器・空調装置の設定機能もTISに集約されました。

また、運転台上部には車上CCTV(ホーム監視用モニター画面)を設置、視認性を向上させるためフロントガラスの遮光フィルムの貼り付け範囲を拡大しました。車掌スイッチは間接制御式(リレー式)に変更、西武線内における3/4締切回路や、乗務員室仕切扉に電磁鎖錠システムが追加で設置されました。

 

=機器面の変更=

機器面では保安装置にATO装置やホームドアとの連動機能を行う戸閉制御切替装置を設置、和光市方先頭車の7000形(CT2)にはATO送受信器(トランスポンダ)を新設しました。

誘導無線装置は改良が実施され、非常発報機能に加えて防護発報機能を追加。非常通報装置・総合指令所間通話機能、総合指令所からの一斉放送機能などが追加されました。

車外では前面の行先表示器をドットの細かいものに、側面は高輝度で交互表示対応品に交換されました。

前面表示は左から「運行番号」「種別」「行先」を、側面は「種別・行先」と「号車」を交互に表示するようにしました。

警笛は空気式とトロンボ-ン笛を併用するものへと交換されています。

 

=東急東横線・横浜高速鉄道への乗り入れ対応改造=

副都心線への対応工事が完了したところ、次は東急東横線・横浜高速鉄道みなとみらい線への対応工事が行われました。

副都心線対応工事の際に、東急線・横浜高速鉄道線対応準備工事を同時施工していますので、列車無線装置の改良(無線装置は東京メトロ・東武・西武・東急・横浜高速の5社に対応)が行われています。

また、東急電鉄における車両限界の関係からパンタグラフの高圧配管を1,880mmから1,780mmに変更して、同様に限界に抵触する先頭車の乗務員室扉部の手すり形状も変更されました。さらに2009年(平成21年)10月からは東急電鉄・横浜高速鉄道乗り入れの本設工事が下記、実施されました。

・東急空間波無線装置の設置。

・ATC装置の設置「東急・横浜高速鉄道ATC(ATC-P)」

・車内案内表示器と自動放送装置の対応。

また、副都心線対応車のうち1次車と2次車では、側面種別表示器LED化の際にアルミ板で塞がれていた箇所に車外スピーカが設置されました。

 

=その他いろいろ=

8両編成は、中間車(7600形・7700形)が廃車されて、編成の組成変更が行われたんですよね。

7000系は和光市方から7000形+7800形+7900形+7200形+7500形+7400形+7300形+7100形の順になったんですね。

さらに先頭部には「8CARS」のステッカーが貼られていました。

8両編成への改造工事は2009年(平成21年)3月の第34編成の竣工で、全15編成が完了しました。

改造工事で運用を離脱していた間は10000系が代替運用に充てられて、副都心線開業までは運用に就くことはなかったんですね。

また、副都心線の7000系8両編成は最大運用数15本になっていて、編成数と同じだったので予備車がなく、不足した場合は10両編成の車両を充当していました。ちなみに有楽町線では8両編成の運用はありませんでした。

また、副都心線対応更新工事が未施工の編成については先頭車前面の左にある細窓上部と中間車側面の3・8号車に有楽町線のみでの運用の意味を示す「Y」と表記されたステッカーを貼り付けていました。(この編成は「Y編成」として区別されていました)   

 

=運用=

7000系は2022年(令和4年)4月に運用が終了しました。ちなみに10両編成の運用は10000系と共通でした。

・有楽町線:10両編成で運用。

・副都心線:8両・10両編成ともに運用。8両編成は各駅停車のみでした。2008年(平成20年)6月までは小竹向原~池袋間でも運

 用されていました。(当時は有楽町新線と言われていました)

・東武東上線:10両編成は森林公園「2019年(令和元年)3月以降は副都心線直通に限り小川町)まで、8両編成は志木まで運用

 されました。なお、東上線内では急行・快速急行となる列車もありました。

・西武有楽町線・池袋線:10両編成は飯能(回送は武蔵丘)まで、8両編成は小手指まで運用されました。池袋線内では準急・快

 速・快速急行となる列車もありました。ダイヤが乱れて相互直通運転が中止された場合には池袋線の池袋発着の列車に充当され

 ることもありました。

・西武狭山線:西武ドームでの野球開催時のみの運用で、定期運用はありません。野球開催時に直通運用の間合いで狭山線内の折

 り返し運用に使用されています。

・東急東横線・みなとみらい線:8両・10両編成ともに運用。一部の列車は東急東横線内折り返し列車の運用がありました。

 2013年(平成25年)から東急東横線・みなとみらい線への直通運転が開始されています。

 

=トラブル=

2005年(平成17年)8月、有楽町線(池袋~要町間)を走行中の第10編成(1次車)が走行中に客用ドアが開くトラブルが発生。

幸い負傷者はいなかったが、重大インシデントの調査対象となった。2007年(平成19年)4月に事故調査報告書が好評され、走行中にも関わらず、ドア開閉可能となる短絡スイッチがONになり、ドア回路に一時的に電圧が加わったことが原因と推測されたが、直接の原因は不明とされました。事故後、第10編成はしばらく運用と離脱、事故調査報告書が公表後、運用に復帰。のちに副都心線対応の改造工事が実施されました。

一部の車両で鉄道車両の火災対策基準を満たしていないことが判明し、国土交通省から改善指示が出されました。

これは本来、ゴム製の床敷物をアルミ材を敷いた上に貼り付けるところ、一部車両でアルミ材が敷かれていなかったことによるもので、他系列を含めて2014年(平成26年)度末までの取り替えを回答しました。

 

=廃車=

・8両編成化に伴う廃車

副都心線対応改造に伴って2009年(平成21年)3月までに、第03・09・13・15・16・19・20・27~34編成の6号車(7600形)と7号車(7700形)の計30両が廃車・解体されています。

・10両編成の廃車

10000系の第23編成以降の竣工に伴って、副都心線対応改造から外された編成の廃車が行われました。

2008年(平成20年):第08・11・25・26編成の4本、 計40両

2009年(平成21年):第06・07・12・14・17・24編成の6本、計60両

2010年(平成22年):第21~23編成の3本、30両

 

=KAIコミュータへの譲渡=

廃車になった編成のうち、10両編成×4本(計40両)はインドネシアのKAIコミュータが購入しました。

2010年(平成22年):第17・21・22・23編成(計40両)が東京材木埠頭から海上輸送でインドネシアへ運送されています。

その後、2020年(令和2年)インドネシア政府の方針転換により中古車両の購入が禁止されたため、譲渡は行われていません。

譲渡後、第21編成は2013年(平成25年)12月に発生した、踏切事故で廃車。

2025年(令和5年)11月に国鉄203系・東急8500系とともに全車の引退が発表されて廃車されました。

 

=17000系への移行による廃車=

副都心線対応改造や有楽町線・副都心線兼用車両へ統一して運用されましたが、初期編成の竣工から約40年が経過しました。

特に走行時の横揺れが災いするなど、電気機器装置の老朽化が著しく、また、10000系や他社直通車両と比べて床面が高いことから、乗降時のバリアフリー対策に支障があり、さらに将来的なCBTC対応工事(無線式列車制御装置)を新規に搭載するスペースがないことから、本系列を改良した半蔵門線の8000系と共に置き換えが決定されました。

2018年(平成30年)東京メトロの調達予定では有楽町線・副都心線車両の増備が15編成分(8両編成の全車)が計画されました。

2019年(平成31年)3月の中期経営計画では2020年度(令和2年)より17000系の導入、2022年度(令和4年)までに7000系と同数の10両編成×5本、8両編成×15本の置き換えが予定されました。

2020年(令和2年)2月、第10編成が廃車。5月までに第18・04・02・05編成が廃車。10月までに第15・13・09・28・05編成が廃車となりました。しかし、2021年(令和3年)17000系80番台(8両編成)の運用入りが遅れ、8両編成が不足する事態が発生。

仕方なく8月以降に10000系の3編成(第45・44・41編成)を一時的に8両編成化して運用を補うことになりました。

その後、10月には17000系80番台が営業運転を開始して、10000系は順次10両編成に復帰。これにより10両編成の第01編成が10月をもって営業運転を終了。11月以降には残された8両編成×10本の置き換えも進み、最後の7000系となる第34編成も運用が終了しました。

なお、本系列の運用に際しても日比谷線03系と同様に、さよなら運転等のイベントが行われませんでした。

これは2018年(平成30年)に千代田線6000系のさよなら運転時に一部の鉄道ファンが車両やホームに殺到したことから混乱が発生、運用にも支障が出る事態になったことによるもので、代替イベントとして引退記念スタンプラリーが開催されました。

 

=保存車両=

長らく第01編成(10両編成)は新木場車両基地の訓練線に留置されてしましたが、保存状態の悪化から2025年(令和7年)11月、

7101号車以外の9両が解体されてしまいました。

現在、7101号車は6102号車とともに深川検車区行徳分室にシートを掛けられて保管されているようなんですね。

 

=まとめ=

まさに有楽町線の開業とともに歩んだ車両だったんですね。

東武東上線への直通運転から、苦難の末にようやく開業出来た西武池袋線。

さらに副都心線開業にと伴う組成の変更から、制御器のVVVF化と機器を更新。

そして、東急東横線・みなとみらい線への直通運転と最大5社の間を乗り入れして運行していたんですね。

その後、海を渡って遠くインドネシアの地でジャカルタの通勤ラッシュを支えて活躍しました。

当時の最先端な省エネルギー電車(チョッパー制御)として活躍した7000系はやはり歴史にその名を残す名車ですね。