曺国氏を切り捨てられない文大統領の苦悩 | 親父と息子の口喧嘩

親父と息子の口喧嘩

ある親父とある息子が、社会の色々な事柄について論じます。
こんなことを考えている親子もいるのかと、ぜひぜひ少し覗いてくださいな。

YAHOOニュース(毎日新聞)10/6(日) 10:00配信

 

 

 法相の自宅が家宅捜索を受けるという前代未聞の混乱に陥った韓国。捜査を指揮する検事総長も、疑惑まみれの法相も、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が最重要政策の検察改革のために任命した「切り札」だ。2人が対立した後も、どちらも切り捨てられないのはなぜなのか。その謎を突きつめると、かつて検察改革に挫折した文大統領のトラウマが浮き彫りになってくる。【ソウル支局長・堀山明子】

 ◇政権交代しても検察は滅びない

 渦中の2人は、7月に任命された尹錫悦(ユン・ソクヨル)検事総長と、9月に任命された曺国(チョ・グク)法相。検察改革を担当する青瓦台(韓国大統領府)の民情首席秘書官だった曺氏は、原則主義者の尹氏の任命に難色を示す一方、尹氏も法相の国会人事聴聞会が始まる前に曺氏の娘の不正入試疑惑で大学や関連施設への家宅捜索を強行し、「法相に不適切」という事実上の警告を発信し続けた。要は、2人は就任前から、けん制し合う犬猿の仲だった。

 文政権は世論動向に敏感なので、他の閣僚ポストだったら候補を変えたかもしれない。しかし、検察を監督する法相と、検察改革を担当する民情首席のポストは、権力を掌握する要のポストであり、大統領の生命線とも言える。代えはそういないのだ。

 韓国では歴代大統領が1期5年の任期を終えて退任した後、本人か家族が検察に捜査され、投獄されてきた。その悲劇の連鎖を可能にした背景には、検察の絶大な権力がある。政権前半は新大統領の意向を受けて前政権の不正を追及し、政権後半でレームダック(死に体)化すると、現大統領側近を捜査して政権交代に備えることが繰り返された。ターゲットにされれば、「ほこりたたき式捜査」と称される別件逮捕や家宅捜索が、ボロが出るまで続く。1990年代以降の歴代政権はそれなりに検察の権限を分散する改革を試みたが、いずれも徹底しなかった。

 ◇盧武鉉元大統領の悲劇を教訓に

 人権弁護士出身の盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は、2003年の政権発足と同時に検察改革に乗りだし、検察出身者が務めてきた民情首席のポストに、弁護士事務所のパートナーだった文氏を抜てきした。文は民情首席室にあった検察とのホットラインをなくし、政権との癒着を絶つことで検察の政治的中立性を確保しようとした。盧大統領が当選した02年大統領選に絡み政治資金法違反容疑で側近が相次いで逮捕されても、捜査に介入しなかった。一方、検察を含めてハイランクの公務員をチェックする「高官不正捜査庁」新設などの制度改革は、検察の組織的な抵抗に遭い、実現しなかった。

 盧氏の退任後、氏の兄や側近が不正資金受領疑惑で相次いで摘発され、本人も09年4月末に検察の事情聴取を受けた。その3週間後、盧氏は「誰も恨むな、運命だ」と遺書を残し、飛び降り自殺した。文氏を含めた盧氏の側近たちは、証拠もなく、公判維持の見通しもない不当捜査だったと信じており、検察改革が未完に終わったことが原因だと後悔している。

 文氏は11年6月に出版した自伝「運命」の中でこう記した。

 「何が足りなかったか。冷静に省察して、囲碁で対局後に開始から終局までを再現するように、『復棋』をして検証する必要がある」

 その半年後、元青瓦台秘書官との共著「検察を考える」を出版し、検察改革が挫折した経緯をこと細かく報告した。まさに「復棋」だった。

 ◇不発に終わった下からの改革

 2冊の本から読み取れる改革の敗因は、若手検察官の下からの改革に期待し、検事総長をトップとする組織的抵抗に対して準備不足だったことだ。

 盧大統領が03年、テレビの生中継を入れて大々的に行った若手検察官との討論会は、人事への不満ばかりに質問が集中し、改革の議論はまったくできなかった。05年には国家保安法違反事件で被疑者を拘束せずに捜査するよう法相が指揮権を発動。これに対して検事総長が辞任して抗議し、法相が検察をコントロールできていない実態を露呈させる結果となった。

 こうした苦い経験から文氏は、政権に左右されない独立的な捜査をモットーとする尹氏をソウル中央地検長に抜てきした後、検事総長に任命した。下からの改革ではなく、今度は改革派を検察トップに据え、上からの改革を成しとげようとしたと考えられる。

 尹氏は03年、検察が政治資金法違反容疑で盧氏側近を次々検挙した時の捜査チームに加わっていた、かつての敵だ。しかし、情報機関である国家情報院が12年の大統領選直前に民間人3500人をインターネットのコメント書き込み部隊として動員して朴槿恵(パク・クネ)大統領候補に有利な情報を発信した世論操作事件で、当時、ソウル地検特捜部で捜査チーム長だった尹氏は検察上層部の反対を押し切って国情院を家宅捜索し、職員を逮捕までした。13年に国政監査で「上から(捜査に)圧力があった」と証言し、「私は人(権力者)に忠誠を尽くさない」と公正な捜査に徹する姿勢を強調した。尹氏は事件を巡る組織内の摩擦のあおりで「閑職」とされる地方の高検に左遷されたが、こうした不屈の闘いぶりが一般市民に受けて人気が高い。文政権下では復権し、朴槿恵前大統領、李明博(イ・ミョンバク)元大統領の収賄事件などを捜査指揮した。

 猪突(ちょとつ)猛進型の尹氏に付いた異名は「ブルドーザー」。保革両方の政権の不正追及をした実績から「検察の政治的中立」を体現するシンボルになると、文氏は期待したのだろう。曺氏の捜査に対し、与党から「検察改革への抵抗だ」と批判が出ているが、特捜部の縮小に反対しているものの、高官不正捜査庁の新設には協力姿勢を見せているとの情報もある。

 7月の任命式で文氏は「大統領府であれ、与党であれ、権力型の不正があれば、厳正に対処してほしい」と述べ、現政権にも必要ならメスを入れるよう注文をつけた。鋭利な両刃の剣を持ち込んだ結果、真っ先に政権の急所を一刺しされた格好だ。

 ◇大統領と一体、曺氏はかつての自分?

 もう一つ文氏が指摘する反省点は、民情首席として力不足だった文氏自身にも向けられている。検察と警察の捜査権調整という専門的な議論に終始し、「司法改革と同時に進められなかったことを悔やんでいる」(「運命」)と記した。全国的な影響力を持つ「参与連帯」などの市民団体が十分協力してくれなかったことへの不満も書いてある。

 参与連帯の「司法監視センター」所長を務めた経験があり、ソウル大法学部教授として検察改革を提言してきた曺氏は、文氏が民情首席だったとき、捜査権調整委員会のメンバーとして検察改革に関与した。

 曺氏が法相に任命された直後の9月初旬、動画サイトのユーチューブに「8年前の予言」と題してアップされた映像がある。2週間で200万回再生された。文氏と曺氏が2人並んで検察改革を語る11年のトークショーだ。

 「検察が集団で辞表を出してきたら、辞めてもらえばいい」「検察改革は法相が誰になるかが核心だ」と曺氏が軽妙な口調で語ると、文氏が「曺教授はどうですか」と返し、会場から拍手が起きた場面が切り取られている。話を感心して聞いていた文氏の明るい表情から、改革への問題意識を共有でき、市民にわかりやすく伝える発信力がある曺氏に、自分の限界を超える可能性を見いだしたように見える。

 実際、文氏は政権発足と同時に曺氏を民情首席に招き、かつての自分と同じように連携を始めた。検察改革が本格化する段階で法相に任命することも当初からの計画だっただろう。

 「文大統領と曺国は側近とか腹心とか、そんなレベルではなく、特別な関係。文在寅がそばにいなければ盧武鉉大統領が生まれなかったように、文大統領と曺国は一体だ」。文氏をよく知る与党重鎮議員は、2人の関係をこう語る。

 ◇民主化プロセスか、無党派層の支持離れ加速か

 文氏は曺氏の法相任命状の授与式で、「原則と一貫性を守ることが重要だ。本人が責任を負うべき明白な違法行為が確認されていないのに、(家族の)疑惑だけで任命をやめたら、悪い先例になる」と説明した。一方で「検察は検察のなすべきこと、法相は法相のなすべきことをすれば、それも権力機関の改革と民主主義の発展を示すことになる」と語った。検察改革の方向性を2人に託し、曺氏本人が関わる違法行為が明らかになれば、民主化のプロセスとして受け入れる覚悟があるというふうにも解釈できる。

 いずれにせよ、曺氏が辞めるタイミングは今ではないという判断だ。盧大統領の時は、本人の違法行為は証拠がなかった段階で、家族や側近の逮捕によって追い詰められた。いま任命を撤回したら、10年前と同様に検察の強引な捜査に屈することになる。トラウマがよみがえり、文氏が慎重に判断したとしても不思議はない。バージョンアップした自分の分身として期待をかけた曺氏をここで切り捨てることは、周りが考える以上に身を切り裂かれる選択なのだろうということは、トラウマを理解すれば想像できる。

 盧政権時代に政府機関にいた50代の男性は、法相を切れない思いは文氏だけでなく支持層にもあると指摘する。「あれだけ疑惑が浮上したら、曺氏を切ったほうが検察改革にはプラスなのに、政権内の分裂とか与党内の対立は敵対勢力に弱点を見せることになるという恐怖感がある。これも盧武鉉の悲劇のトラウマ。文政権支持者は、曺氏問題になると夫婦でも大げんかになったり、同窓会で絶交宣言するまで口論したり、冷静さを失うんだ」

 ◇支持基盤は結束、無党派層は支持離れ

 文政権の支持率は法相を含む内閣改造人事を発表した直後の8月中旬の47%から下がり続け、世論調査会社の韓国ギャラップが9月20日に発表した調査では、政権発足以来最低の40%まで落ち込んだ。韓国政界では40%以下になるとレームダック化の始まりと言われる。支持率以上に気になるのは、支持しない層が10ポイント増の53%と過半数に達したことだ。法相任命は不適切と回答した人が56%にのぼり、曺氏スキャンダルが支持離れの要因であることは明らかだ。

 ただ、詳細を分析すると、与党・共に民主党支持層の72%、政権支持層の81%が曺氏の法相任命は「適切」と答えており、支持基盤は揺らいでいない。保守系野党の自由韓国党の支持者は96%が「不適切」と答えた。保革で賛否が二極化する現象はもともとあるが、曺氏問題を機にさらに強まっている状況だ。

 一方、中道を自任する人、無党派層、20代、学生、は「不適切」と答える人が過半数にのぼり、これまでは文氏を緩やかに支持していた層が政権離れを起こしていることがうかがえる。

 文大統領と支持層が抱えるトラウマは、自分たちの中では結束の方向に働いている。ただ、トラウマを共有できない若者層や無党派層には合理的に理解しにくく、捜査の行方次第でますます政権から離れていく可能性がある。