「“ありのまま”って、結局どういうことかな?」
という問いに出会いました。
「今の自分でいいんだよ」
「無理に変わらなくていいよ」
そんな言葉を聞くと、ホッと心が緩みますよね。
ところが、ある方が、
こんなことを言っていました。
「“ありのまま”とは、
“今の自分を正しく知ること”から始まるんです」
自分の心のコンパスを信じて、
小さな階段をひとつずつ登っていく。
その先に、
自分が本当に目指したい「理想の姿」があって、
それこそが自分らしさであり、
本当の「ありのまま」なんだ……と。
これを聞いたとき、私は「ガーン!」と
軽くショックを受けました(笑)。
「えっ、今のままでいいんじゃなかったの!?」って。
なんだか急に、目の前に高い壁が
現れたような気がしたんです。
ちょっと話しがそれちゃうかも知れないですが、
美術の授業で出会った生徒たちの姿を思い出しました。
最初から「使う色だけ」をパレットに出す子がいます。
「木を描くから茶色だけ」「葉っぱを描くから緑だけ」
その状態を見て、
不思議だなぁと思ってたことを
思い出しました。
いろいろなものを感じたままに描いていた小さい子が
青空に輝く太陽を、なぜかみんな「赤」で描く…
(誰が教えたんでしょうね。
本当は、もっと眩しくて、白くて、
いろんな光が混ざっているはずなのに!)
色を決めちゃうのって
自分の頭で決めた正解の中に、
自分を閉じ込めてしまっている感じ?
私が教わった透明水彩の描き方は、
「使うかどうかわからなくても、
すべての色をパレットに並べておきなさい」
なぜだと思います?
パレットにたくさんの色が並んでいると
描いているうちに「無意識」が予想外の色を選び、
混色をはじめるからです。
頭(理屈)で考えるのをやめて、
手が自然に動く「無」の状態。
そのときこそ、自分の深い無意識に
アクセスしている瞬間なんですよね。
「こうでなければいけない」という
色の枠を外して、
ただ手が動くままに表現してみる。
すると、あとから絵を眺めたときに、
「ああ、私、こんなふうに感じていたんだな」 と、
言葉にならない自分の想いに気づくことがあります。
「ありのまま」とは、何もしないことではなく、
自分を縛っている「枠」を外して、
自分の中に眠っているすべての色(可能性)を
並べてみること。
そうやって自分を知った先に、
自然と「あ、あっちへ進みたい」という
“なりたい自分”が見えてくるのかも。
一見、高く見えた「理想の自分への壁」も、
アートという遊び心を持って眺めてみれば、
下の方に小さな扉がついていて、
案外、するりと通り抜けられちゃったりする
…のかも~。
たまには、普段使わない色の服を
試着してみるのも、面白そう~。
