今週は、
ずっと「線」のことを考えています。

 

一日の流れを線で描いてみたら

 

一人=一本の線

 

ではないことに気づきました。

 

考えてみれば、
私たちは一日中、
いろいろなものを行き来させています

 

誰かを見る

言葉を交わす

手を伸ばす

近づく

離れる

同じ方向へ歩く

 

たとえば電車の中

たくさんの人が
同じ方向へ運ばれていきます。

 

話したこともないし
名前も知らない

 

でも、しばらくの間
同じ場所で同じ方向へ動いている

 

誰かと話しているときには
言葉が行ったり来たりする

 

目線も動く

 

身体はじっとしていても
その間にはいろいろなものが
動いているように感じます

 

もし、それを全部
「線」にして見ることができたら……

 

道を歩けば、

横を通る人の線。

車の線。

犬のお散歩の線。

誰かの視線。

会話の線。

 

さらに、
昔の記憶まで線になって残っていたら…

 

うわぁ~~~!

世界中、線で
スーパーぐちゃにゃらですね!

 

みんなの線が、
見えなくてよかった

 

でも、

見えないからこそ、
想像することができます

 

目の前の人が
何を感じているのか

ここへ来るまでに、
どんな時間を過ごしてきたのか

 

今、見えている姿だけが
その人の全部ではありません

 

全部見えないから、
簡単に決めつけないでいられるのかもしれません

 

 

そしてアートでは、

 

そんな「見えないもの」を
描いてみることができます。

もちろん、
それが正解というわけではありません。

 

「私は、こんなふうに感じた」

 

ただ、それを
紙の上に置いてみる。

 

昨日描いた線だって、
一昨日の一日を正確に記録したものではありません

その日を思い出した私の手が
動きたいように動いた跡です

 

明日もう一度描いたら、
きっと違うものになるでしょう

 

そう考えたら

見えないから、描ける

見えないって、
案外おもしろい。

 

 

      向かう速度:線なの?面?