とても印象的な、ドラマのセリフがあります。
「何もなくなっちゃった」とつぶやいた登場人物に、
「なくなっちゃったということは、
前は確かに“あった”ということだよ」と返す場面。
その言葉を聞いたとき、安心した気持ちになりました。
失ったことを思い出す痛みも、
誰かを想うやさしさも――。
それらすべてが
“感情の余韻”として残っていく。
「自分の感情がよくわからない」
という日もあります。
でも、感情は奥底にはちゃんとあるんですよね。
「なんか泣ける…」で心が動いたとき、
それはもう立派な私の感性。
大丈夫、自分の“感じ方”でいいんだよ
感性ってうまく言葉にできなくても、
たしかに“ある”もの。
感性はアートの源
アートは、見えない感性を
具体的に五感に感じさせるもの。
どちらが先というよりも、
おたがいに響き合いながら存在している。
感性が刺激を受けて、
それをアートとして表現し、
そのアートを誰かが見て、
また感性が動かされる。
感性はアートを生み、
アートは感性を育てる。この循環こそが、
表現の面白さであり、
長い時を超えた人とのつながり
“心のサイン”は、今、なんと言っている?
