ハッピー・ローズ あべせつ
--深紅の薔薇の花束は幸せのしるし--
毎年その日になると贈られる薔薇の花束を見るたび、わたしはそう感じて幸せでした。
初めてプレゼントされたのは今から五年前、克彦さんとの初デートの日でした。
「美紅(みく)さん、ちょっと待っていてください」
そう言って克彦さんは道沿いの華やかなローズショップに入って行きました。
「そのローテローズを1ダースお願いします」
しばらくして克彦さんははずむような足取りで出てくると、美しくラッピングされた花束をわたしに手渡しました。
「ぼくは大切な人に薔薇の花束を贈るのが夢でした。美紅さんの名前にちなんで深紅の薔薇を選びました」
わたしはその言葉とかぐわしい香りに酔いしれました。
翌年の誕生日には、克彦さんは両腕に抱えきれないほど大きな薔薇の花束をたずさえて現れました。
「美紅さん、お誕生日おめでとう」
「まあ、こんなにたくさん。薔薇に埋もれて克彦さんの顔が見えないわ」
わたしは笑いながら差し出された花束に両手を伸ばしました。
「一〇八本あります。プロポーズ・ローズのつもりです。美紅さん、どうか受け取ってくれませんか」
わたしはその言葉に思わず手を引っ込めてしまいました。
「時期尚早なのはわかっています。でも美紅さんが短大を卒業したら、すぐに結婚したいと思っています」
「少し考えさせてください」
渡された花束はずしりと重くわたしにのしかかりました。
結局、わたしは卒業後すぐに克彦さんと結婚をしました。もちろん迷いはありましたけれども、女は愛されて結婚するのが一番だという母の言葉が、わたしの背中を押してくれたのです。
克彦さんはその後も欠かさず、わたしの誕生日には真っ赤な薔薇の花束を贈ってくれました。どんなに仕事が忙しくてもそれを忘れたことは一度もありません。
わたしはこのまま一生、この穏やかな暮らしが続いていくものだと思っていました。
ところが五年目の春のことでした。
「えっ、独立?」
「うん、同期の仲間3人と共同で会社を立ち上げることにしたんだ」
「会社辞めるの?」
「ああ、お義父さんには悪いが、もう辞表を出してきた」
わたしは絶句しました。そもそも将来有望な若者だからと、部下であった克彦さんをわたしに引き合わせたのは、わたしの父親だったのです。
「美紅には黙っていて申し訳ない。でも話せば心配かけるし、止められたくなかったから」
克彦さんは、とつとつと胸の内を語り始めました。勤めをしたことのないわたしではありますが、理由を聞けば何となく独立したがる克彦さんの気持ちは察せられたのです。
「美紅、落ち着いたら君も東京に来てくれないか?」
「東京ですって! この家はどうするの?」
「処分しようと思う。売れば軍資金もできるし」
翌朝、克彦さんは準備のため慌しく東京へと発っていきました。
それから二日ほどして、この話を聞きつけた両親が烈火のごとく激怒して電話をかけてきました。そしてわたしは両親に離婚を命じられたのでした。
電話を切ったあと、わたしはどうしたものかと悩みました。
その時ふとリビングに飾られた薔薇の花束が目に入りました。今朝、克彦さんから贈られてきた九本のローテローズでした。
(どうしていつもちがう本数なのかしら)
なにか気になって薔薇の花束の本数の意味を調べてみたのです。
一ダースはダーズンローズ、
一〇八本はプロポーズ・ローズ
そして九本は・・・・・・?
《エターナル・ラブ》いつまでも一緒に。
その文字を見つけたとき、わたしの目からは涙がとめどなくあふれ出しました。
わたしは今、東京行きの新幹線の座席に座っています。四十本の薔薇の花束を持って。克彦さんに会ったら、今度はわたしからこの花束を贈ろうと思っています。この花言葉とともに。 完