フォンド メモリー あべせつ
バリッとしたスーツに身を包んだ恋人が颯爽と現れ、大きなバラの花束をうやうやしく差し出しながら永遠の愛の誓いの言葉を口にする。学生時代に見た映画のクライマックスは、それはもうロマンチックで薔子《しょうこ》はまるで自分が求婚されたかのように胸がときめいた。
(なんてステキなプロポーズなの。ほんとドキドキしちゃう。わたしの時もこうしてもらえたらなあ)
興奮冷めやらず、この感動を分かち合おうととなりの席を見ると、なんと和也は夢の中だった。
あれから数年の月日が流れた。互いの両親にも友人たちにも、二人は当然このままゴールインするものだと思われている。もちろん薔子自身もそのつもりである。問題は当の和也にその気があるのかどうかが、今一つわからないことだった。
「ねえねえ、洋子と達彦さんの結婚式、来月ですって」
「ああ、うちにも招待状が来てたよ。達彦のやつもいよいよ年貢の納め時かあ。可哀そうになあ」
「可哀そうになあって、どういう意味よ」
「いや、別に。そんなことより今日の晩飯、何食べに行く?」
話が〈結婚〉の二の字に及ぶと、飄々と逃げて取りつく島がない。いつもこんな調子なので、実際のところ薔子は不安でいっぱいなのである。
結婚式の二次会の帰り道、会場から駅までの道を二人で歩いていた。
「洋子、本当にキレイだったわよねえ」
「誰でもあれだけ化粧すりゃ、きれいになるって」
皮肉屋の和也は素直に人をほめたことがない。
「そうじゃないわよ。愛するひとと一緒になれて、幸せに輝いているから美しいのよ」
「ふうん、そんなもんかなあ」
とりとめのない話をしながら駅前まで来ると、色とりどりのバラをあふれんばかりに咲かせているローズショップの前に出た。
「わあ、きれい」
思わず薔子は立ち止まってみとれた。
「うん、きれいだね。薔子は何色のバラが好きなの?」
「そうねえ。バラといえば情熱的な赤を思うけど、白も清楚ですてきだし。黄色に紫もいいなあ、ううん、悩むけど・・・・・・。
やっぱりピンクかな。私の誕生花がピンクのバラなの」
「へえ、誕生花ってあるんだ」
「そうよ。花言葉も色によって全部ちがうの。バラって奥深いのよ」
そう話しながら薔子は学生時代に憧れたあの映画のワンシーンを思い出して、ひそかに溜め息をついた。
「遅いなあ、和也」
薔子の誕生日には何か美味いものでも食べに行こうと言って誘ってくれたのは和也のほうなのに、もう小一時間も待たされている。
「ごめんごめん、また残業で遅くなった」
息せききって走って来た和也のネクタイは背中へとよじれ、髪も乱れて額には汗のしずくが光っている。
「遅おい。でもまあ走ってきてくれたから許してあげるわ。もうレストランの予約時間過ぎてるわよ。早く行きましょ」
「まあまあ、そうあわてずに。はい、これプレゼント」
そう言って和也は分厚い本を薔子に手渡した。
「えっ、何?」
ずしりと来ると思ったのに、そのぶ厚さと見合わない軽さに不思議な感じがした。
「まあ開けてごらんよ」
アンティークを模した本の形の箱を開けると、あたりに甘い芳香が広がった。
「あっ、これは」
中には美しいピンクの薔薇がぎっしりと敷き詰められ、一枚のカードが乗せられていた。
《HAPPY BIRTHDAY 薔子
Please marry me 和也》
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ドキバラ投稿作品です
課題は「バラの花束」がかならず出てくる1500-2000文字の作品
題名の「フォンド メモリー」和訳は『なつかしい思い出』
こういう名前のバラがありますので、意味をかけて
よれよれの背広姿に箱入りのバラの花束。あの映画のシーンとは少しちがうけど、薔子はバラの箱を抱きかかえたたまま、あふれ出る涙を拭えずに、ただただうなづいていた 。完