《その後、加代宅》
アパートに帰り、祐太を起こさないように静かに玄関を開けた。大荷物を下ろし、やれやれとキッチンに行って明かりを点けた。ふすまを細く開けてとなりの寝室をのぞくと、祐太はぐっすりと眠っていた。
加代は商売道具の木箱から一本のろうそくを取り出した。《恋煩い》と名付けられたそれは、問う人の恋が成就するか否かを占うことができる蝋燭であった。加代はいつもこれを用いて、客の恋路を見据えてきたのであるが、今宵はそれを自分に試そうとしていた。
客にするように水盤と清水、燭台とラム酒に香油などの宣託道具を卓上にそろえた。
蝋燭に火を点け、じっとその揺らぐ炎を見つめる・・・・・・。
「やっぱり、やめとこ」
加代はいきなりろうそくの火を手であおいで消した。輝夜の蝋燭で占った結果は明白だ。
〈当たるも八卦当たらぬも〉という占いではない。自分に定められた未来を知ってしまうことになる。
(もし、だめだったら)
そう思うと怖かった。今ならばまだ一縷の望みがある。夢を見ていることができる。
加代は道具を片付け始めた。
「おかあさん」
眠い目をこすりながら、祐太が起きだしてきた。
「あっ、ごめん、祐太。起こしてしもた?」
「ううん、おかあさん、どないしたん? 今日はえらい早いやん。クリスマスやから稼ぎ時や言うて張りきってたのに」
「なんでもないねん。なんか疲れたから、占いはやめたんよ」
「えっ、そうなん? おかあさん、だいじょうぶ?」
「大丈夫やて。たまには、そんな時かてあるわよ」
祐太を心配さすまいと、加代は笑顔を作った。
「あっ、そや、今日な、輝さんにお菓子もろうたで。今食べる?」
「わあ、ほんまに。食べる食べる」
加代はお茶を二人分入れて菓子箱の包みを開けた。
「うわあ、きれいなお菓子やね」
美しい色とりどりの花の形をした和菓子に祐太は喜んだ。
「そやね、上等の和菓子やねえ」
「輝おじさんとこの、ろうそくの絵みたいやね」
輝夜の名前が出たところで、加代はふと思いついた。
「あのさあ、裕太、明日から小学校は冬休みやろ。その間あんた、お母ちゃんが夕方パートから帰って来るまで、一人で居るんがいややったら輝さんとこ行っとくか?」
「えっ、ほんま? ええの?」
裕太の顔がぱっと輝いた。
「そやけど前は輝おじさんの邪魔になるから、あんまり行ったらあかんって言うてたやん。ほんまにええんかなあ」
「冬休みやのに、お母ちゃん、あんたをどっこも連れて行ってあげられへんしな。あんた輝おじさんのとこでお手伝いするの好きや言うてたから。明日輝おじさんに冬休みの間だけ来てもええか聞いてみるわ」
「うん、行けたらいいなあ。ぼく輝おじさん大好きやねん」
加代は自分の企みに我が子を利用するようで、少し後ろめたさを感じながらも、これは裕太のためなんやと自分に言い聞かせた。
翌夕、パートを終えると一目散に鬼灯堂に走り、裕太の件を頼んだ。
「輝さん、祐太ね、蝋燭を自由研究の宿題の題材にしたいらしいんやけど、冬休みの間、輝さんのご都合の良い時間帯に裕太をここに来させてもろうたら、あかんやろか」
「ええ構わないですよ。いつでも来たい時に来させてあげてください」
「いやあ、ありがとうございます」
輝夜は快く引き受けてくれた。
「裕太、裕太」
「あ、お母ちゃん、お帰りなさい」
「輝おじさんとこ、いつでも来てええって。今からお母ちゃんと一緒に行くか?」
「うん、行く行く」
裕太は言うなり玄関へと飛んでいった。
「お母ちゃん、早く」
「ちょっと待ちや。冬休みの自由研究にろうそくをテーマにするって言うといたから、勉強道具も持って行くんやで」
「はあい」
裕太は脱兎のごとく部屋に戻るとノートとペンケースを取ってきた。
「お母ちゃん、持ってきた。はよ行こ」
道々、裕太ははしゃいで、とても楽しそうだった。
(いつもわたしが、仕事仕事でこんなに淋しい思いをさせてたんやわ。輝さんとこに行けるというだけで、こんなに喜んで)
その姿にキュッと胸が痛んだ。
加代の昼間のパートは朝九時から夕方五時まで、家に戻るのはだいたい六時頃になる。それからご飯を食べさせ、お風呂に入れさせ、寝かしつけてから占いの仕事に出るようにはしていた。学校がある時は、それでも何とかなっていたが、長い休みになるといつも一人で留守番をさせるのが不憫だった。この子にも父親がいれば、そう思うことも度々あった。
しかし前の夫、裕太の父親とはもう二度と会いたくはなかった。
(この子のためにも)
加代はそう強く思った。
つづく