第三夜 妬月
《クリスマス 亥の刻》
鬼灯堂を出て、いつもの高架下のトンネルに着いたものの、加代は荷物を解く気持ちになれずにいた。
(あーあ、渡しそびれたわ)
クリスマスプレゼントにと輝夜に用意していた包みを、思わぬ来客にとまどい渡さぬままであったことに気づいた。
(あの人ほんまにただのお手伝いさんなんやろか。なんやえらい親しそうやったけど。
あんな輝さんの顔、初めて見たわ)
『瑠璃さんが、おばあちゃんなどということはありませんよ』
さきほど輝夜が瑠璃にかけた言葉が頭をよぎった。
(いつもクールな輝さんが、あんなおべっかを言うなんて。輝さんのおべっかなんて初めて聞いたわ。まあ確かにあの人は、まだおばあちゃんという歳やないけどさ。輝さんよりは上だよね。輝さんの小さい時に仕えていたとか言うてはったから。ほんなら若く見えるけど四十歳とかかなあ。そやけどなんでまた突然会いにきはったんやろ。少なくともわたしがこの一年、輝さんとこに通ってる間にはいっぺんも訪ねて来はったことなんてなかったのに)
その包みを手で弄びながらも、頭の中はあの二人のことでいっぱいだった。
(あの人、まだ居てはるんやろか)
輝夜と瑠璃が誰もいないあの店に二人きりでいる姿を想像すると、ソワソワして何も手につかなくなってしまった。
「あかん、こんなんでは占いなんかできひん。今日はもう帰ろう」
加代は再び荷物をかかえると元来た道を帰り始めた。まっすぐ家に帰る気になれず、
鬼灯堂の前を通り過ぎてみる。しかし格子戸が閉められているので中は見えない。
(どうしよう。開けてみようか。そやけどあの人がまだ居てはったら嫌やしなあ)
大きな荷物を持ったまま店の前を行ったり来たりを繰り返していたが、らちが開かない。しびれを切らした加代は中の気配をさぐろうと格子戸に耳を寄せた、そのとたん。
「ああ、加代さん。どうされました」
輝夜が格子戸を開けて呼びかけた。
「えっ、あっ、その、なんで?」
「ええ、格子戸に人影がくっきりと。なにか、お忘れ物ですか」
真っ赤になってあわてふためいた加代は輝夜の助け舟に有り難く飛びついた。
「あっ、そう、そうですねん。ちょっと忘れ物を」
「どうぞ、お入りください」
店内には、もう誰もいなかった。
「さっきのお客さんは」
「ああ、もうとうに帰られましたよ」
「なあんや、そうやったんですか」
加代は先ほどの自分の妄想が当たっていなかったことに心底ほっとした。
「あの人、瑠璃さんは結婚してはるんですか」
「いえ、なぜですか」
「あ、いえ、ちょっと」
「で、加代さん、お忘れ物はありましたか。早くしないともうお店を出す時間でしょう?」
「忘れもの? あっ、いや、もうええんです。わたしの勘違いやったわ、あははは」
笑いで誤魔化したものの、輝夜にはもうこれ以上、瑠璃については聞きにくい感じがして、加代は早々に退散することにした。
「輝さん、ほな、また明日」
「あっ、加代さん、ちょっと待ってください。これを祐太に」
輝夜が菓子折りを差し出した。
「さっき瑠璃さんが持ってきてくれたお菓子です。よかったら」
「ありがとうございます」
瑠璃からの手土産と聞き、加代は複雑な思いでそれを受け取った。
「あっ、そうや、輝さん、これ」
加代はおずおずと先ほどの包みを輝夜に渡した。
「これは?」
「メ、メリークリスマスやからと思って」
「わたしにですか。それはどうもありがとう」
「ほな、いってきます」
「いってらっしゃい。気を付けて」
輝夜にそう言って送り出されたものの今宵は仕事をする気にならず、まっすぐ家に帰った。
つづく