《エピローグ クリスマス 亥の刻・鬼灯堂》
あれから三か月の間、年末年始の儀式用の蝋燭作りに追われていた鬼灯堂にも、ようやくゆるりとした時間が流れ始めた。
「こんばんは」
「瑠璃さんではありませんか。いかがなされました。宝月になにかありましたか」
珍しい客人に輝夜は驚いた。
「いえいえ、輝夜様。こちらは順調でございますので、どうぞご心配なさらないでくださいませ」
瑠璃がにっこりとほほ笑んだ。
「今日はご報告かたがた、蝋燭をいただきにあがりました。輝夜様からいただいたあの蝋燭のお陰で、このところ千様の御具合がよろしいのですよ。最近では床を離れるお時間も増えまして、お散歩をなされるまでに回復なさいました。それでこの蝋燭を続けたいと千様がおっしゃいまして」
「そうですか、千様が。それはよかった。影夜も喜んでいるでしょう」
「はい、影夜様もあれから幽玄様の工房へ、毎日修行に通われておりますわ。幽玄様も先日いらして、なかなか筋がいいとお褒めになられておられました」
「そうですか。やはり通いに。蝋月房は閉じたままなのですね」
「ええ、わたしもなぜ蝋月房でなさらないのかと不思議なのですけれど。千様をご心配になられて住込みにはせず、通いになされるぐらいでしたら、房でなさればよろしいのにと思いますが、影夜様は房にはどなたもお入れにはならないのです」
「まあ、影夜には影夜の考えがあるのでしょう。今しばらく好きにさせてやってください。
瑠璃さんには影夜のことといい千さんのことといい、ずいぶん世話になってしまって、本当に申し訳ないと思っています」
「いえ、そんなわたくしなど、何のお役にもたてておりませんわ」
輝夜に真っ向から見つめられ、瑠璃の頬にぽっと赤みがさした。
「瑠璃さん、立ち話もなんですから、どうぞ奥の間へ」
輝夜がそう言いかけた時、パタパタと走り寄る足音がして格子戸がガラリと開けられた。
「輝さん、いてはる? あっ、ごめんなさい。お客様やったんですか」
その時、いつものように加代が元気よく格子戸を開けて入ってきた。
「ああ、加代さん。いらっしゃい」
「輝さん、またいつものお願いしますわ」
輝夜が用意していたろうそくの箱を加代に手渡した。
「お先にすみませんねえ。ここのろうそくは、すごくええんですよ」
加代が瑠璃に話しかけた。
「まあ、ありがとうございます」
「ありがとうございます?」
「加代さん、こちらは瑠璃さん。 わたしの実家にゆかりのある方なのですよ」
「いや、そうやったんですか。ご親戚か何か」
「いえいえ、ただの使用人ですわ。輝夜様の御幼少の頃からお仕えさせていただいております」
「へえ、そうなんですか。御幼少の頃言いはったかて、まだお若いやありませんか」
「いえいえ、もうおばあちゃんですのよ」
「瑠璃さんが、おばあちゃんなどということはありませんよ」
真面目な顔で言う輝夜に瑠璃はますます赤くなっていった。
「輝さん、わたしもう行くね」
「ああ、加代さん、いってらっしゃい」
少し不機嫌になった加代が、いつものように居座らず早々に出て行くのにも気付かず、輝夜はのんきに送り出した。
「あの方、輝夜様のこと」
「はい?」
「あ、いえ何でもありませんわ。あの方はお得意様ですか」
「そうですよ。加代さんは青炎さんという名前で蝋燭占いをされているのです」
「蝋燭占い。そうですか」
「瑠璃さん、さあ、どうぞ奥の間へ」
「ありがとうございます。でもそろそろ帰らなければ。千様がお待ちですから」
「そうですか。では、この蝋燭を千さんにお使いください」
「はい、ありがとうございます」
「それから、こちらは瑠璃さんに」
「まあ、わたくしにも」
「はい、とても香りのよい蝋燭です。よければお使いください」
「はい、是非に」
瑠璃は大切そうにその包みを受け取ると、格子戸を開けて外に出た。
「瑠璃さん」
「あ、はい」
「本家のこと、どうぞよろしくお願いします」
「はい、また近い内にご報告にあがります。影夜様のことも」
輝夜は瑠璃の姿が見えなくなるまで見送ると、月を見上げた。
完