鬼灯堂奇譚 魔月の巻 後編 8 | あべせつの投稿記録

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《エピローグ クリスマス 亥の刻・鬼灯堂》


あれから三か月の間、年末年始の儀式用の蝋燭作りに追われていた鬼灯堂にも、ようやくゆるりとした時間が流れ始めた。

「こんばんは」

「瑠璃さんではありませんか。いかがなされました。宝月になにかありましたか」

 

 珍しい客人に輝夜は驚いた。

「いえいえ、輝夜様。こちらは順調でございますので、どうぞご心配なさらないでくださいませ」

 瑠璃がにっこりとほほ笑んだ。

「今日はご報告かたがた、蝋燭をいただきにあがりました。輝夜様からいただいたあの蝋燭のお陰で、このところ千様の御具合がよろしいのですよ。最近では床を離れるお時間も増えまして、お散歩をなされるまでに回復なさいました。それでこの蝋燭を続けたいと千様がおっしゃいまして」


「そうですか、千様が。それはよかった。影夜も喜んでいるでしょう」

「はい、影夜様もあれから幽玄様の工房へ、毎日修行に通われておりますわ。幽玄様も先日いらして、なかなか筋がいいとお褒めになられておられました」

「そうですか。やはり通いに。蝋月房は閉じたままなのですね」

「ええ、わたしもなぜ蝋月房でなさらないのかと不思議なのですけれど。千様をご心配になられて住込みにはせず、通いになされるぐらいでしたら、房でなさればよろしいのにと思いますが、影夜様は房にはどなたもお入れにはならないのです」

「まあ、影夜には影夜の考えがあるのでしょう。今しばらく好きにさせてやってください。

瑠璃さんには影夜のことといい千さんのことといい、ずいぶん世話になってしまって、本当に申し訳ないと思っています」


「いえ、そんなわたくしなど、何のお役にもたてておりませんわ」

輝夜に真っ向から見つめられ、瑠璃の頬にぽっと赤みがさした。

「瑠璃さん、立ち話もなんですから、どうぞ奥の間へ」

輝夜がそう言いかけた時、パタパタと走り寄る足音がして格子戸がガラリと開けられた。


「輝さん、いてはる? あっ、ごめんなさい。お客様やったんですか」

 その時、いつものように加代が元気よく格子戸を開けて入ってきた。

「ああ、加代さん。いらっしゃい」

「輝さん、またいつものお願いしますわ」

輝夜が用意していたろうそくの箱を加代に手渡した。

「お先にすみませんねえ。ここのろうそくは、すごくええんですよ」


加代が瑠璃に話しかけた。

「まあ、ありがとうございます」

「ありがとうございます?」

「加代さん、こちらは瑠璃さん。 わたしの実家にゆかりのある方なのですよ」

「いや、そうやったんですか。ご親戚か何か」

「いえいえ、ただの使用人ですわ。輝夜様の御幼少の頃からお仕えさせていただいております」

「へえ、そうなんですか。御幼少の頃言いはったかて、まだお若いやありませんか」

「いえいえ、もうおばあちゃんですのよ」

「瑠璃さんが、おばあちゃんなどということはありませんよ」

 

 真面目な顔で言う輝夜に瑠璃はますます赤くなっていった。

「輝さん、わたしもう行くね」

「ああ、加代さん、いってらっしゃい」

 少し不機嫌になった加代が、いつものように居座らず早々に出て行くのにも気付かず、輝夜はのんきに送り出した。

「あの方、輝夜様のこと」

「はい?」

「あ、いえ何でもありませんわ。あの方はお得意様ですか」

「そうですよ。加代さんは青炎さんという名前で蝋燭占いをされているのです」

「蝋燭占い。そうですか」

「瑠璃さん、さあ、どうぞ奥の間へ」

「ありがとうございます。でもそろそろ帰らなければ。千様がお待ちですから」

「そうですか。では、この蝋燭を千さんにお使いください」

「はい、ありがとうございます」

「それから、こちらは瑠璃さんに」

「まあ、わたくしにも」

「はい、とても香りのよい蝋燭です。よければお使いください」

「はい、是非に」

 瑠璃は大切そうにその包みを受け取ると、格子戸を開けて外に出た。

「瑠璃さん」

「あ、はい」

「本家のこと、どうぞよろしくお願いします」

「はい、また近い内にご報告にあがります。影夜様のことも」

 輝夜は瑠璃の姿が見えなくなるまで見送ると、月を見上げた。