鬼灯堂奇譚 魔月の巻 後編 7 | あべせつの投稿記録

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《蝋月房 亥の刻》


「影夜、いるんだろう。開けてくれないか。話があるのだ」

鍵を開ける音がして扉が開いた。

「なんのお話ですか」

影夜は入り口に立ちはだかり身構えた。

「影夜、房に入れてくれないか。中で話そう」

「ここはわたしの場所です。わたしだけの。誰にも入られたくない」

「じゃあ、出ておいで。外で話そう」

輝夜は影夜を誘うとぶらぶら歩き始めた。

「ああ、今夜は夜気が気持ちいいなあ。少し歩こう」

「どこへ行くのですか」

「まあ、おいで。歩きながら話そう」

影夜は扉に鍵をかけると、輝夜の後ろをついて来た。


しばらく二人は無言で歩いた。

「あの夜も、こんな風に二人で暗闇を歩いたよなあ」

「あの、お話は何なのですか。家のことは皆さんでもうお決めになられたのでしょう。あなたがここに戻られるのですか」

「いや、わたしはここには戻らないよ。 影夜、この家の当主はお前だ。お前がずっとここを守ってきたんだからな」

「でも、もうわたしでは守りきれません。大切な時にあんな失敗をしてしまって。顧客ももう戻らないでしょう」

「そうかな、

「あのような思いも寄らないことになったから、失敗に見えるが技自体は素晴らしいものであったよ。とてもわたしには出来ない技だった」


「でも失敗は失敗です。あなたがいなければ大惨事になるところでした」

影夜は神妙に答えた。

「さあ、着いたぞ」

「ここは、栄螺堂」

「まだ丑三つ時には早いがな。日付が変わる前に着いてよかった。お前に見せたいものがあるのだよ」

輝夜は堂の中に影夜を招き入れた。

「全然変わっていないな。相変わらず埃くさい」


そういって苦笑いすると、蝋燭に火を付け明かりを灯した。

そして影夜に向き直り、包みを差し出した。

「影夜、二十歳のお誕生日おめでとう。これはわたしからの祝いの品だ。開けてみなさい」

「えっ、わたしにですか」

影夜が包みを開けると、蝋燭が数本入っていた。

「これは、〈鬼灯の蝋燭〉ではありませんか」

「そうだ。あれから後も作り続けて、ようやくできた。十数年かかったがな。お父様ほどの立派な品物ではないが、なんとか真似事のような品ができたのだ。これを一番におまえに贈りたかったんだ」


影夜はその美しい鬼灯の花の絵に見入っていた。

「わたしもこれを作ろうと。でも鬼灯の技は裏の中でも一番難しい技で、なかなか上手くいきませんでした」

「影夜、これからのことだがな。明日わたしは鬼灯堂に帰るよ。だが今までのように本家を放っておきはしないから。影夜はもう一度、幽玄の叔父上の弟子に付きなさい。わたしも叔父上に弟子入りして三年で今の店を開けるようになった。蝋月房に人が入るのがいやであるなら、叔父上の工房に通いなさい。そして一本立ちをしたら、また蝋月房を開けばいい。家計のほうは心配せずともいい。影夜が一人前になるまでは、わたしが仕送りをするよ」


「あなたは、わたしを憎んでおいでじゃなかったのですか」

「憎む? なぜ憎むのですか」

「わたしとわたしの母があなたから何もかもを奪ったから。だから、あなたがわたしの不幸を望んでいるのだと、おばあ様から聞いていました。おばあ様はわたしに嘘をついていたのですか」

「それはちがうよ、影夜。色々な不幸が重なって、お互いに誤解したまま数十年の時を迎えてしまっただけなのだよ。でもまだ間に合う。今からまたお互いにわかりあえればいい。

わたしたちは兄弟なのだからね」


「輝兄さま」

「さあ、わたしは離れに帰るとしよう。影夜はどうする」

影夜は鬼灯の蝋燭をじっと見て考えていた。

「お父様、お母様に会って帰るか」

「いえ、今夜はやめておきます。わたしが一人前の蝋燭師になったとき、そのご報告にお二人に会いに来たいと思います」

「そうか、それはお父様もお母様も楽しみになされることだろう。では帰るか」

「はい、輝兄さま」

 新月の夜ではあったが、輝夜の胸には皓皓と明るい光が射して来ていた。


つづく