続いて影夜が中庭の舞台へと上がった。影夜は一礼すると黒い蝋燭を取り出した。
それを灯すと、天空に墨のような黒いものが流れ、みるみる内に星明かりがすべて飲み込まれた。漆黒の闇の中、ただ影夜の灯すろうそくの明かりだけが見えている。
(これは〈暗黒星〉ではないのか)
輝夜はすぐに気付いた。影夜は暗黒星をそのままに、次のろうそくに火を点けた。
獣くさい匂いがたちこめるとあたりに禍々しい気配が満ちてきた。次の瞬間、ズシーンズシーンと地鳴りがし始め、闇の中を何か巨大なものが近づいて来る音がした。
(これは、もしや)
輝夜がその蝋燭を見ると、恐ろしい形相の鬼の絵付けが炎の中に浮かびあがって見えた。
(〈鬼来迎〉だ! 影夜は今宵、裏の技を披露するつもりなのか)
影夜は既に鬼来迎の三本目に火を点けているところだった。
「影夜、やり過ぎだ。一度に三本は危険すぎる」
輝夜は叫んだが、時既に遅く西南北の三方より何か巨大なものが押し寄せてくる地鳴りが響いてきた。灯された四本の蝋燭の光は強く、中庭から大広間の中まですみずみを明るく照らし出すと客人が恐ろしさに皆、浮足立っているのが見えた。
「皆様、大丈夫です。この鬼どもを抑える技、それを最後にお見せしようと思います。どうか落ち着いてご覧くださいませ」
自信満々な影夜の態度に、疑心暗鬼ながらも一同腰を下ろした。
ズシーン、ズシーン、バキバキバキッ。
影夜が新たな蝋燭を取り出そうとかがみこんだ時、落雷のような音が響いた。す
るとその音に驚いたのか、子ネコが影夜のふところから飛び出したのだ。
「あっ! 月目」
月目と呼ばれた子猫は、恐れをなしてめくら滅法にあたりを駆け巡った。
「影夜、危ない!」
子猫を捕まえようとした影夜がバランスを失ってつまずくと、次々に燭台が倒れ蝋燭が地面に転がり火が消えてしまった。漆黒の闇に包まれると、観客たちにも混乱が生じ始めた。
「なんだ、どうしたことだ」
「技は聞かなくなったのではないのか」
「鬼が、鬼がやってくるぞ」
「大丈夫です。輝夜がおりますのじゃ。どうか落ち着いて下され」
幽玄が必死に観客たちをなだめる声が響いた。
「これはいけない。何とかしなければ」
蝋燭は使い手が自らの手でその火を消さなければ、技を制することができなくなってしまう。このままでは現れた鬼たちを野に放ち、天空には月も星も太陽も出ぬまま魑魅魍魎跋扈する闇の世界になってしまうのである。
輝夜は闇の中、手探りで木箱を探すと、中の蝋燭を手に取り匂いを嗅いだ。
「月光草の匂い、まずはこれを」
急いで、ただ薬草を練り込んだだけの害のない蝋燭に火を灯すと、その明かりで木箱の中を探し始めた。
「あった。〈有明の月〉これだ」
その写経を書きつけた蝋燭に火を灯し、天空に掲げた。するとたちまち闇が払われ、星々の光が戻り、二十六夜の有明月が鋭く輝き始めた。
「月だ。月が出たぞ」
客席に落ち着きが戻り、人々はその美しい月に歓声を上げた。
「おお、見よ。阿弥陀三尊の御姿が」
月の中に阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩の阿弥陀三尊の御姿が現れると、恐れをなしたのか、突然地響きの音が止んだ。静寂の中、蓮華聖人が数珠を手に読経を始めた。
この隙に輝夜がありったけの手持ちの蝋燭を灯すと、あたりは真昼のように明るくなった。
そして影夜が最後の技の一本を取出して走り来ると、義兄の横に並んで灯した蝋燭を月に掲げた。
「悪鬼退散」
二人の声が一つになり空にこだました。
グオオオオウ、ドーン
何か金属がきしみ、閉まるような大きな音がして、禍々しい気配が忽然と消えた。
「地獄の扉が閉まる音じゃ」
蓮華聖人が読経を止めて耳を澄ました。
つづく