鬼灯堂奇譚 魔月の巻 後編 4 | あべせつの投稿記録

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《技比べ》

 日が落ちると、秋の夜はひんやりとした空気におおわれ始めた。新月のこととて空に月はなく、その分星々は空を埋め尽くすかのように輝いていた。その夜空の下、技比べが行われる中庭の舞台には背の高い燭台が数本並び、既に準備は整えられていた。

 

 中庭に面した大広間では今宵の技比べを見届けようと数十人の人々が今や遅しと二人の登場を待ちかねていた。その中には多くの親戚に混じり、かつての顧客たちや初見の客人の姿があった。

「これは蓮華聖人様、今宵はお忙しい中、当家まで足をお運び頂き誠にありがとうございます。いつも輝夜がお世話になっております」

「これは、これは幽玄殿。今宵はお招きありがとうございます。輝夜殿にはいつも素晴らしい蝋燭を入れていただき、こちらこそ感謝しておりますぞ。その輝夜殿が技比べをなさるとお聞きしましたので早速駆けつけた次第です。どのような四座をご披露なさるのか楽しみにしております」


「はてさて、つかぬことをお聞きいたしますが、今宵のことは誰からお聞きなさいましたですかな」

「影夜殿から丁寧な招待状を賜りましたぞ。他のご来客もそうではないかと思われますが、それが何か」

「いやいや、何でもございません。ではごゆるりとお楽しみくださいませ」

(影夜め、いったい何をたくらんでおるのだ。わしらは何も聞かされてはおらなかったぞ。あの見知らぬ輩たちは何者なのだ。それに輝夜の顧客まで招待して、どうしようというのだろう)

 幽玄は影夜の考えがわからず、何やらいやな予感を覚えながら中庭の舞台へと向かった。

いよいよ、その時を迎えた。それぞれ儀式用の装束をまとった輝夜と影夜が中庭に姿を現した。手にはそれぞれ、ろうそくの入った木箱をたずさえている。近くの寺の戌の刻を知らせる鐘の音を合図に幽玄は皆に対して一礼をし、新月祭の開始を告げた。


「これより技比べを行う。競う蝋燭は各々三種ずつ。自らが最高と思われるものを見せていただきたい。よろしいかな」

「承知いたしました」

 輝夜が言うと、影玄は深くうなずいて答えた。

「では、どちらから先に参られるか」

「輝夜殿からどうぞ」

 影玄がいどむように言った。

「では、わたくしから」


 輝夜は木箱から銀色に輝くろうそくを一本とりだして燭台に刺し、火を灯した。

しばらくすると、蝋燭の炎からきらめく銀色の光の粒子があたりに飛び散り始めると、満天の星々と呼応し始め、夜空に幾百、幾千と思われる星が流れ始めた。

「おお、これはすごい」

「流星群だ」

「なんと美しい」

「〈宝月銀星流〉の技にございます」

 輝夜が炎を消すと、流れたはずの星は元の天空に戻り、また古からの光を瞬き始めた。

「続いては、〈十三夜〉にございます」

 金色の蝋燭を灯すと、空にぽっかりと丸い月が現れた。

「ややや、今宵は新月のはず。月が空に出ておるぞ」

「これは摩訶不思議」

「月の出も自由にできるとは」

「最後は、〈月虹〉にございます」

 輝夜が〈十三夜〉のとなりに真珠色の蝋燭を灯すと、十三夜の月を背景に夜空に白い虹がかけられた。人々はその幻想的な美しさに、息をのみただただ空をあおいだ。

 輝夜はろうそくを消して深々とお辞儀をすると、舞台を影夜に譲った。


つづく