鬼灯堂奇譚 魔月の巻 前篇 13 | あべせつの投稿記録

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《別れ月》


意識のない影玄に付き添い、三日三晩、千は病院から戻らなかった。

何の連絡も寄越さない事にじれた輝夜は矢も立てもたまらず見舞いに行こうとした矢先、使いの者から「来ないで欲しい」という千の伝言が預けられ、仕方なく家で悶々と待機していた。

五日後、病院から戻った千に輝夜は呼びつけられた。

「千さん、影玄は、影玄は無事でしょうか」

「よくもまあ」

千は白目を向いて輝夜を睨みつけた。

「よくも白々しく私に聞けたものですね。影玄を殺そうとしたくせに」

「なんですって、わたしが影玄を殺す? 自分の弟にそんなことをする訳がないではありませんか。あれはわたしの不注意で」

「いいえ、あなたは影玄を事故に見せかけて殺そうとした。私はそう考えています」

「そんな馬鹿な。なぜわたしが弟を殺さねばならないのですか」

「あなたにとって影玄は目の上の瘤、自らの地位を脅かす相手であり、もっと言うならば亡き父親の愛情を独占した憎き茜の子供だからです」

「・・・・・・」


あまりの言葉に輝夜は絶句した。その沈黙を自らの勝利と受け取った千は言葉を続けた。

「だから影玄には、あなたには近づくなと言いつけておいたのに。あなたの義兄は危険な男だと、もっときつく忠告しておくべきでした。わたしも迂闊でした。近頃のあなたは大人しくしていたから。その殊勝な顔に油断していました」


輝夜はどうしたら千の誤解が解けるのか、必死に考えていた。しかし何を言えば信じてもらえるかがわからなかった。

「千さん、影玄は無事なのでしょうか。それだけは教えてください」


輝夜を仰視し、しばらく何かを考えていた千が口を開いた。

「ともかく峠は越えました。しかしまだ予断はならず、しばらくは入院せねばならないでしょう。そこで輝夜さんには、影玄の退院までにこの家から出て行ってもらいたいのです」

「えっ、わたしに出ていけとおっしゃるのですか」

「そうです。今回は運よく影玄の命は助かりました。しかし、あなたがそばにいれば、また何が起こるかわかったものではありません。あなたは信用がならない。家名に傷がつかないよう今回のことは不運な事故としておきます。ことを荒立てないかわりに輝夜さん、あなたは明日にでもこの家から出て行ってください」


「わたしに、どこへ行けとおっしゃるのですか。ここしかわたしの家はないのです」

「神月の家があるではありませんか。あちらなら不自由はありませんわ」

「神月のお祖父様も昨年お亡くなりになり、叔父の代に代わっております。今更わたしがお世話になることはできません」

「では幽玄様のところに行かれるとよろしかろう。幽玄様なら輝夜さんも続いて修行も出来るというものです」

「叔父上はとうにご隠居の身でいらっしゃいます。工房も閉じられていて」


「ええい、もう、どうのこうのと口達者な。控えめに申し上げている内にお聞きなさい。

あなたは影玄にひどい仕打ちをしたのですよ。どれほどの大きな傷が一生残るかおわかりですか。体の傷もですが、心の傷もあるのです。信頼していた兄に、ひどい目にあわされた。あの子の気持ちを考えると私はもうつらくて悔しくて。ありていに申せばあなたの顔など二度と見たくはないのです。あなたがどう言おうと明日、幽玄様にお越しいただき、この話を進めます。幽玄様の工房再開のための費用は出しましょう。そこで修行した後、あなたがご自分の工房を開くというなら、それも援助いたしましょう。


しかし宝月との関係はそこまでです。二度とこの屋敷の敷居をまたがないでいただきます。影玄にも二度とお会いくださいませんように」

それだけ言い放つと、千はまた病院に戻って行った。

翌日、輝夜は千に抗議をする幽玄を説き伏せ、大叔父の家で世話になることにした。

家からは神月の祖父の形見の望月の天目茶碗と、父から授かった宝刀、母の一弦琴だけを持ち出した。蝋月房にあるものは〈表裏の書〉あわせてすべて置いて出た。後に影玄が当主となった時に、父の道具を引き継げるようにという配慮だった。

 

その後、四年の間を幽玄の元で修行をし、二十二歳のとき、自らの工房〈鬼灯堂〉を開いた。

 それから十年の月日が流れた。この間、一度も影玄に会うことは叶わなかった。


つづく