鬼灯堂奇譚 魔月の巻 前篇 12 | あべせつの投稿記録

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《傷月》


あれから二週間、輝夜は毎夜、蝋月房に籠もって鬼灯蝋燭の試作品を作っていた。

房の中をすみずみまで探してみたが裏の書は、おいそれと見つかるものではなかった。

そこで輝夜はとりあえず色々思いつくままに配合を施し、それを日毎の月の光で試しながら一日も早く影玄を喜ばせてやりたいと時間を惜しんで励んでいた。


そんなある夜、輝夜はいつものように、ろうそくの原料となる櫨の実の木蝋を湯煎にかけ、溶かす作業をしていた。この溶けた蝋を特殊な和紙と灯心草から作った灯心にかけては乾かし、かけては乾かしを何度も繰り返して作る生掛けをするのであるが、ここまでは通常の和ろうそく作りと同じ技法であった。慣れた作業であったためか、日頃の疲れが出たためであったためなのか、乾くのを待つ間に輝夜はついうたた寝をしてしまった。


「うわあ」

ガラガラと何かが崩れ落ちる音と火のついたような子供の泣き声で輝夜は目を覚ました。

見れば熱いろうが入った鍋をひっくり返し、火傷をおった影玄が泣き叫んでいた。床には乾かしかけのろうそくが折れて、辺り一面に散らばっていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

片腕を真っ赤に腫らしながら影玄が謝っていた。

「影玄、大丈夫か !早く水で冷やすんだ」

「輝兄さま、ごめんなさい。ぼくお手伝いしようと思って。ろうそくを全部ダメにしてしまいました」

「ろうそくなんか、どうでもいい。痛いか。早く医者に」


輝夜は影玄を背中におぶると一目散に母屋に走った。

「誰か、誰か医者を呼んでください。影玄が火傷を」

寝静まっていた母屋に次々に灯りがつくと、たちまち慌ただしさに包まれた。

「何事ですか」


ぐったりした影玄を見て千は血相を変えた。

「早く先生に連絡を。病院の手配をしてもらいなさい。それから運転手を呼んでちょうだい。すぐに影玄を運びます」

千はテキパキと指示を出し、影玄を連れて病院へと走った。


一人残された輝夜はいたたまれず、蝋月房へと戻った。

「わたしの不注意だ。居眠りなんかしてしまって。作業中は房に施錠しておくべきだった。 影玄は大丈夫だろうか。火傷の具合がひどいと命にも関わることがあると聞いたことがある。傷跡も残らなければいいのだが」

輝夜は自責の念にかられ、まんじりともせず夜を明かした。


つづく