《下弦の月》
「お母さま、お父さま」
葬儀の日から、影玄は毎日泣いてばかりいた。輝夜自身も十二の時に母を失った。その悲しみ、喪失感は言い知れぬほど深いものであった。それがまだ七歳の子供がいきなり両親を失ったのだ。輝夜は義弟が不憫でならなかった。
かく言う輝夜も保護者である父を失い、途方にくれていた。
「これから先、たくさんの職人や侍女たち、千や影玄を食べさせていかねばならない。わたしはまだ修行中の身だというのに」
深夜、蝋月房にこもり輝夜はひとり悩んでいた。
その時、月の光が一筋窓から差し込むと房の片隅を照らし出した。
「あれは」
月の光が壁を照らすと隠し扉があるのが見えた。月が教えなければ決して見つけることの出来ぬ、月隠れの扉。輝夜はその扉を開けてみた。中には玄夜の作りおいたらしい鬼灯の花の絵付けがなされたろうそくが一本入っていた。
「これは、〈鬼灯の蝋燭〉にちがいない」
輝夜が時計を見ると、午前一時を回っているところだった。
「今からなら、また間に合う」
輝夜はそのろうそくを手に取ると、母屋へと走った。
「影玄、影玄、起きてくれ」
輝夜は影玄の部屋の窓を、千に気付かれぬようにそっと叩いた。
「輝兄さま、こんな夜中にどうしたのですか」
「影玄、これからお父さまとお母さまに会いに行こう」
「えっ、輝兄さま?」
「しっ、これを見つけたんだ」
輝夜は鬼灯の蝋燭を見せた。
「とにかく出ておいで。千に見つかったらうるさい。行く道々で話すから」
「うん、わかった」
影玄は靴を取り出すと窓から意図もたやすく外へ出た。
「お前、いつもそうやって抜け出しているのか」
「だって、玄関から出入りすると、すぐばれるのですもの。見つかるとどこに行くのかと、おばあ様がうるさくて。で、輝兄さま、どこへ行くのですか」
「栄螺堂だ」
つづく