さらに一年が過ぎた。輝夜の修行も順調に進み、〈表〉については一通りの技を身につけるようになっていた。
「お父さま、輝兄さま、おはようございます」
影玄が元気よく蝋月房に駆け込んで来た。
「こら影玄、房には入るなと言っただろう。熱い蝋があるのだから危ないぞ。お母様のところに行きなさい」
玄夜が叱るも、いたずら盛りの影玄は少しも言うことを聞かない。
「ええ、だって僕も見たいんだもの」
「ほら、影玄、お父様の言うことを聞かないといけないよ。わたしと一緒に母屋へ帰ろう」
「はあい」
不満げながらも、義兄を大好きな影玄は素直に輝夜に従った。
「輝兄さま、輝兄さまはどうして母屋には遊びに来てくださらないのですか」
「そうだな、仕事が忙しいからかな」
千にうとまれているからだと幼子に本当の理由も言えず、輝夜はそうごまかした。
「僕も一緒に房で仕事がしたいです」
「ほう、影玄はろうそく作りが好きなのかい」
「ろうそく作りって言うか。房にいればお父さまやお兄さまとご一緒に居られるではありませんか」
「なんだ、影玄、寂しいのか。母屋にはお母様やおばあ様がいらっしゃるではないか」
「寂しくなんかないです。でも僕は男ですよ。それにもう七つにもなるんです。男はやっぱり男同士ですよ。お母さまもおばあ様も女だからだめなんです」
鼻をふくらませて、一生懸命に話す義弟が輝夜は可愛くて仕方なかった。
影玄が生まれてからの数年間は、この小さな義弟が自分を脅かす存在になると思い、遠ざけてきたのであるが、修行に入り玄夜との関係も修復されるとその脅威も近頃は薄れつつあった。さらには少年となり房に顔を出しては自分になついてくる義弟の様子に、輝夜のわだかまりも無くなり実の兄弟のように仲良くなっていった。
「さあ、着いたぞ。わたしはここで戻るから、このまま家に入るんだよ。黙って出かけたりして母上に心配かけるんじゃないぞ」
母屋に繋がる中庭の枝折り戸を開け、輝夜は影玄を中に入れた。
「お兄さまも一緒に来てください。今日は美味しいお菓子があるんですって」
「いや、わたしはまだ作業の途中だから、これで帰るよ」
「影玄、どこに行っていたのですか。こちらに来なさい」
目ざとく見つけた千の厳しい声が飛んできた。
「早く行きなさい。おばあ様がお怒りだよ」
そう言うと千にまた嫌味を言われるのが嫌さに、輝夜は後ろを振り返らず歩き始めた。
「影玄、また房に行ったんだね。輝夜には会いに行くなと言ったでしょ」
千の叱る声が輝夜の背中に突き刺さった。
つづく