鬼灯堂奇譚 魔月の巻 前篇 7 | あべせつの投稿記録

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《蝋月房》


六年の月日が過ぎた。その間に宝月の家も大きく様変わりをしていた。あのお七夜の儀の後、千はすぐに行動を起こした。自らが台所や帳場に入り使用人たちの陣頭指揮を取り始めたのだ。そうした家内の雑事や財政のことはすべて奥方の仕事であったため、冴亡き後は使用人たちの勝手に任せたままで、実際のところ奥はかなり荒れていた。


当主である玄夜は、そもそも職人気質の御曹司であり、そうした雑事の管理は不得手であった。そこのところも再婚を急いだ要因の一つであったのだ。

その弱い部分を千はうまく掴み取った。千は玄夜を言いくるめると宝月の財政を一手に握った。さらには茜に対して反感を持つ若い侍女たちや、幅を効かせている古参の侍女頭を体よく理由をつけて追い出し、代わりに家事の腕はあるが雇い手のない高齢の女たちを好条件で雇い入れた。


老婆たちはありがたがって千の言うことをよく聞いた。今や若い侍女は輝夜付きの瑠璃ただ一人となっていた。千の策略が効をそうし、茜が再婚をしてから屋敷内に立ち込めていたトゲトゲしい空気は見事に一層された。そのお陰で玄夜は仕事に集中することができ、ただただ千をありがたがっていた。そうした中、輝夜は十八歳、影玄は六歳になろうかという秋を迎えていた。

その夜、ろうそく作りの工房である蝋月房の窓という窓は開け放たれ、そこから差し込む満月の光で房内は満たされていた。その月の光を浴びて輝く父子の姿があった。

「輝夜、いよいよお前も十八歳になった。今宵から宝月の家に代々伝わる奥義を授ける」

「はい、お父上、よろしくお願い申し上げます」


十五歳の時、家訓に従い、輝夜は工房での修行が許されるようになった。そうなると、やはりそこは血を分けた親子、それまでの間ギクシャクしていた二人の間柄も一気に元の仲の良い親子へと戻った。その後三年の修行を経て通常の和ろうそく作りを一通り学んだ輝夜に、今宵玄夜は宝月の書の奥義を伝授しようとしていた。


「お父さま、これが宝月の書にございますか」

千年は受け継がれてきたという古い書物であるはずなのに、その表紙は冴え冴えと白く、一点の曇りさえない清らかな光を放っていた。


「そうだ。これは表の書。表裏の一対ですべての技を得るが、若いお前にはまだ裏は早すぎる。まずは表の技からだ」

「はい」


古来、月には不思議な力があるとされてきた。宝月ではその霊力を蝋燭に封じ込める儀式が代々伝授されてきていた。〈表〉は健康増進、病魔退散、恋愛成就、子宝祈願など人が生きていくための悩みに応える技であるが、〈裏〉は死人願いや亡者参り、怨念晴らしなど冥界や呪詛に繋がる魔道の技であった。


表は宝月一族のものであれば、誰にでも伝授されるものであったが裏は一子相伝。代々当主から次の当主への直伝の技であった。

今、裏を扱えるのは唯一人、玄夜だけであった。


つづく