鬼灯堂奇譚 魔月の巻 前篇 6 | あべせつの投稿記録

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《お七夜》


その後、赤子は玄夜によって〈影玄〉と名付けられ、お七夜の儀を行う旨の招待状が親族一同に送られた。むろん輝夜も式には参列するようにときつく父から申し付けられた。

「お七夜の儀にはわたしも出ないとならないのだろうか」

「まあ、輝夜様、弟君のお七夜なのですよ。お兄様が出ない訳には参りませんでしょう」


ぐずる輝夜を瑠璃が明るく諭した。

「またお祖父さまもお見えになるだろうか。お母さまの法事の日以来お会いしていないのだけれど」

「それが輝夜様」

瑠璃が言いにくそうに声をひそめた。

「この度のお七夜の儀はこのお屋敷の者たちだけで執り行われるそうです。ですからお祖父様はお見えには」

「ふうん、そうなのですか。いつもなら盛大にお祭り事をするお父さまにしては珍しいことですね」

「ええ、何でもご招待したご親戚の方々が全員、ご欠席だそうで。致し方ございませんわ。だからこそお兄様の輝夜様がお祝いして差し上げなければ影玄様もおかわいそうです」


(誰一人来ないなんて、そんなことがあるのだろうか)

さすがの輝夜も影玄を不憫に思い快く祝ってあげようと思った。

お七夜当日の朝、影玄に祝いの挨拶に延べようと部屋の前まで来た輝夜の耳に、千の憤る声が聞こえてきた。

「いったいこれはどういうことなの。次男とはいえ本家の男児のお七夜だというのに親戚の誰一人として来ないだなんて。それにこの祝いの品を見てごらんなさい。まるで義理でございと言わんばかりに、たったこれっぽっちなのよ。全く人をバカにしているわ」


「お母さん、仕方ないのよ。宝月にはもうご長男の輝夜様がおいでなのですもの。影玄はおまけのようなものなのですわ。私は玄夜様のお子を産めたのですもの。それだけでもう」

「茜、あんたがそんなだから皆から軽んじられるのだよ。あんたはお妾さんじゃない。れっきとした正妻なのだからね。正妻が産んだ子供は長男だろうが次男だろうが腹違いだろうが権利は同じなのだよ。輝夜一人が跡継ぎだと決まっているなんて、まったくおかしな話しだよ」


「ええ、でも宝月ではご長男が跡継ぎだと代々決まっているのです」

「いったい、いつの時代の話をしているんだい。この家にいると平安時代に戻ったような気になるけど、時代遅れもはなはだしいよ。茜、よくお聞き、あんたが、そんなんじゃ、影玄はこの家では日陰者の扱いを受けて育つんだよ。まずこの名前からして気に入らないね。影だの玄いだの、はなから輝夜の影だという名じゃないか」

「お母さん、それは違いますわ。この家では新月の夜に生まれた子供には皆、玄の字を付けるのです。玄夜様も大叔父の幽玄様も同じですわ」

「にしたって、影の字が気に入らないね。ともかく、わたしが来たからには、あんたたちに片身の狭い思いはさせないよ。輝夜など押さえ込んで今にとって返してやるわ」


千の言葉を聞き、輝夜は部屋に入るに入れず、そのまま離れに引き返した。

『新しい嫁に次の子が授かれば、輝夜が疎んじられることもあるであろう。冴のようにな』

かつて冴の父・蒼円が残した言葉が呪詛のように頭を巡り始めた。

自分はもう、この家には不要の者なのだろうか)

暗く沈んだ輝夜はその後、父に呼ばれても二度と影玄の部屋には行かず、その理由も誰にも話さなかった。それが後々遺恨につながるとは、この時幼い輝夜はまだ知らなかった。


つづく