小説「それから」 | mimiの独り言

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今、朝日新聞では1909年に連載された漱石の小説「それから」が再度連載されています。
さる7月24日には、この小説の主人公である代助が、日露戦争で1904年に戦死した広瀬中佐について思うことが以下のように書かれていました。

「・・・広瀬中佐は日露戦争の時に、閉塞隊に加わって斃れたため、当時の人から偶像視されて、とうとう軍神とまで崇められた。けれども、四、五年後の今日に至ってみると、もう軍神広瀬中佐の名を口にするものもほとんどなくなってしまった。英雄の流行廃(はやりすたり)はこれほど急激なものである。・・・」

でも「それから」執筆当時忘れ去られていた広瀬中佐は太平洋戦争では軍神広瀬として復活し、修身の教科書の教材になり、文部省唱歌で歌われました。(私も歌ったことがあります)

「今はボートに移れる中佐 とび来る弾丸にたちまつ失せて 旅順港外恨みぞ深き 軍神広瀬とその名残れど」と、こんな歌です。

そして軍神広瀬は終戦とともにまた消えました。もっとも数年前NHKのテレビドラマ「坂の上の雲」(司馬遼太郎)にも登場しました。この時は軍神ではなくロシア人女性とのロマンスがかなり丁寧に描かれたと思います。

このブログで言いたかったこと、実は広瀬中佐のことではなくて、漱石の次の言葉から受けた感慨です。
「・・・一時的の剣の力よりも、永久的の筆の力で英雄になった方が長持ちがする。」

漱石はそういう風に生きたのだと思いました。