「セクシー田中さん」ドラマが始まり、またベリーダンスブームが来そうですね。
そのまた昔々…私がベリーダンスを始めて、数年後にベリーダンスブームなるものがありました。
「TANKA~短歌~」(阿木燿子監督)
https://amp.natalie.mu/eiga/film/145921
この影響かどうかは不明だけど、当時まだ教えてる所が少なく、スタジオは講師を探していた時代。
当時はまだレッスン生で毎週通っていたけれど、旦那が仕事が変わりレッスンに行けなくなり、環境も様々あり、鬱になってしまった私。
当時のクラスは1週休んだら置いてかれる、という緊迫感があり、また、同期でチームを作り精力的に活動していました。
当時は子供がまだ小さく、私も仕事をしていて、土曜に保育園に預けてはレッスンに行く、もしくは夫にみてもらう。一回朝に行くレッスンでその後にランチ、から2回目は先生の本拠地スタジオでまた別の先生から習い、夜は先生方のでるイベントを観て、という日々。
毎日働いてましたが、収入はほぼ、それに消えました。地方だったので交通費もかかる。
まぁそれ程夢中だった訳です。子育てとベリーダンスに夢中でしたね。子供は本当に可愛い![]()
しかし、レッスンに行けなくなり、取り残された感が募り、鬱に…
鬱になっているなんて自覚は勿論自分ではありません。
周りが心配して、都内の心理内科受診を勧められ予約をしてくれ、夏のお盆前時期に行き、「間違い無く鬱です」と診断されたものの、医師がお盆休みでいなかった為、薬は処方されず、お盆明けにまた来る様に、と言われ帰宅し、そのまま行きませんでした。
当時は朦朧としていたので、自分からは動いて無いのですが、周りが心配し、引越しをして母と一緒に一軒家に住み流れに。
引越し後も夫婦間の悩みは尽きず行き詰まっていて、八方塞がり と思っていたのだけ、覚えています。
しかし、埼玉のスタジオで講師を募集しており、私より年数の浅い人達が講師展開しているのを見て、私も出来るんじゃないか…と応募して採用になり、毎週春日部まで通っていました。
そこが講師スタートでした。自分で振付を考えて、教えて、1レッスン90分。
桜の時期に桜の公園を抜け、行きも帰りも楽しく講師活動をしていたら、鬱が消えてました。![]()
その後、越谷のスタジオに変わり生徒さんも増えて夢中でレッスンしていました。
そのうちに1クラスから2クラスになり、私がそこで教えているのを知ると、茨城の石岡でも、と言われ、引き受けました。そこのクラスは数年前からベリーダンスを開講していたのですが、講師がヒップホップやジャズダンスの先生で、何となくな振付を3カ月で教えては消えていく、というクラスで、皆困っていたので、それはいけない!と思い、懸命にやってました。12年程続けました。
その流れで、ではここでも、と、どんどん増えて行き、パートを辞め講師活動に専念しました。毎日様々な場所と契約をし、日々レッスンの仕事をしていました。
その間に、いつの間にか、毎週踊るお店も出来、そこからの紹介で金曜、土曜は様々なお店に踊りに行ってました。本当に元気でしたね。
そうこうしている間に、講師たるもの、本場エジプトで修行しないと、皆に示しがつかない!と思い、丁度知り合った、Almazさんの指導やアドバイスを受けながらエジプト通いも始めました。
コンペに出なきゃ!優秀しなきゃ!などのミーハーな価値観で年に2回エジプトに行き、勉強していました。しかし、やはり一度行くと、WS代、衣装代などで50万はかかってましたね。
今思えば、全てが糧となったので、ムリをしてでも行っておいて良かった、と思います。
しかし、2019年に大病をし、そこで全て価値観が変わります。
ここまでは公開にします。後は段々裏事情を書かなきゃなので…。書かないと何故今自分の気持ちがこうなってるか、説明つかないから。
なんだか長くなったので、一旦おしまい![]()
今回のオチは、夢中になれる時になっちゃって![]()
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きっと道は開けるから
がオチかな![]()
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鬱も、人生の辛い事も、いつもベリーダンスが助けてくれました。
失礼して辛かった時に不思議と舞い込んで来た、新たなオファーだったり。。いつも助けてくれたのはベリーダンスでした。
※11月13日はザクロショーです

是非いらして下さいね
































































































