日比谷公園から神田神保町までタクシーで1,500円だった。神田神保町から上野駅まで1,800円だった。もう何時死んでも可笑しくない年齢だ。この盛夏とまどう街を歩くはしんどい。最寄りの有楽町駅まで歩くを止してタクシーにした。健康第一にするタクシー代であった。
神田神保町では出版の話を詰めたのである。原稿は積み上げた。
昨日はわざわざ南牛に本を出せと言ってきた方の出資条件を伺い、今日は神田神保町へ出向いたのである。
もっと早く気付くべきであった。スポンサーが付くことに気付くべきであった。この糞爺死ねの罵声に押されていた。
隠して来た「知識」を遅すぎているが表に出す事にした。満鮮からの引揚者の冥福を祈りつつ。